城へ
昨日は久しぶりに新鮮な野菜や柔らかい肉を食べ、暖かな湯を浴びてベッドでぐっすり眠れた。おかげで疲れ切っていた体は回復し、朝早くに目が覚める。
窓の外を見ると今朝は霧に覆われていて、近くでも掠れてよく見えない。しばらくすれば太陽の熱で霧が晴れるはずだ。朝の支度をすますとお世話になったお礼に朝食の準備をしようと部屋を出て台所へと向かう。
「おはよ」
昨日食事をしたテーブルにリオが座っていて声をかけられる。
「おはよう。早いね。もしかして部屋とっちゃった?」
「いや、早く目が覚めただけ」
イオリがいるせいで寝るところがなかったのかと心配するが、どうやら違うらしい。
「そっか」
「おれも行くよ」
安心して台所へ向かおうと足を向けると後ろから声がかかり、思わずリオのほうを振り向く。
「え?」
「城」
「本当⁉︎ 嬉しい!」
昨日は渋っていたので一緒に行けないのかと思っていたのだが、どうやらついて来てくれるようだ。
「一人じゃ心配だし」
「ありがとう。それなら気が変わらないうちに出発しないと」
「大丈夫だから、まず朝食の準備して」
急いで部屋に戻ろうとするイオリをリオがとめる。
「本当?」
「あんまり疑うなら行かないけど」
「別に疑ってる訳じゃないよ。ただ昨日はアダンのところに残りたそうだったから」
「そりゃ残りたいけど、イオリを一人にするのも心配だからついて行ってあげる」
素直ではない言い方だが、リオ自身から「ついて行く」と言われて嬉しさのあまり顔がにやける。
「ありがとう」
「わっ、ちょっと離れて」
思わずリオに抱きつくと、困ったような顔をされるが嫌ではなさそうだ。それに本当に嫌なら無理矢理にでも離すだろう。
「なんじゃ朝から元気だな」
「アダンさま! 見てないで助けてください」
「仲良しじゃな」
「はい」
「ちがう」
アダンの言葉に二人は同時に返事をする。息は合っているが気持ちは行き違う。
「さて朝食にするかの」
のんびりとしたアダンの声と元気なイオリの声、それに不満そうなリオの声が、いつもは静かな小屋から聞こえてくるのだった。
――――――
朝早くに出ていた霧はすっかり消え、木々の間から澄んだ青空が広がっているのが見える。
「それでは行ってきます」
「気をつけてな。それと魔女さんにはこれをやろう」
「なんですか?」
アダンは銀で出来たペンダントを渡す。受け取った魔女は目の前にかざし、ペンダントに彫られている天秤の紋章を不思議そうに眺めている。
「お守りのような物だ。薬を売るなら役に立つだろう」
「よく分からないけどありがとう」
素直な物言いに苦笑しそうになる。この魔女はあまり人を疑わないところがあり心配になる。
「二人とも気をつけてな」
「アダンさまも健康には気をつけてください」
「分かっておる」
「また会いましょう」
「じゃあ、行ってきます」
アダンに挨拶すると二人は来た道とは違う道を進んで行く。二人が見えなくなってもアダンはしばらく、小屋の前で佇んでいた。
「名付けを許すとはな」
小さく呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。
魔女は聖女になりかわる 三月春乃 @mitukiharuno
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