獣人の契約と聖女の力
山の中を歩き始めて約二週間。草木に覆われた道が徐々に人の手の入った道へと変わる。歩きやすくなった道を進むと程なくして開けた場所へと出る。
「つ、着いた」
歩き疲れたイオリは小屋が見えた途端、その場でへたり込みイオリはなさけない声をあげる。
「もう一歩も歩けない」
足は棒のように硬く強張り足の裏はじんじんと痛い。
「しょうがないな」
「え? うわっ」
いきなりリオに横向きで抱き上げられる。
「この大勢なら問題ないでしょ」
以前担ぎ上げられ時よりは大勢が楽ではあるが、これは落とされないかと不安になる。
「こ、怖い」
「ならしっかり捕まってて」
リオの首にしっかりと腕をまわす。
「そんな必死に掴まなくても落ちないけど」
「だって怖いんだもん」
「気にしないなら別にいいけどさ」
もごもごと言うリオの顔が少し赤い気がする。もしかしたらあまり体調が良くないのかも知れない。抱きついている感じでは熱はなさそうだけれど、見張りで休めてないため疲れが溜まっているのかも知れない。出来ればリオにはゆっくり休んでもらいたい。
小屋の前まで行くと扉が一人でに開く。この小屋に魔法でも掛かっているのかと目を凝らすがその形跡はない。不思議に思っていると下から声がする。
「よく来たな」
「お久しぶりです」
下を見ると小柄なお爺さんがいた。
「そちらのお嬢さんは?」
「一応いまの主人です」
「ほう。魔女さんか」
「分かるんですか⁉︎」
驚いてお爺さんのほうへ身を乗り出すと体勢を崩し、落ちそうになり慌ててリオに掴まる。
「ちゃんと降ろすから暴れないで」
「暴れてない」
ゆっくりと足から降ろされるが足に力が入らず倒れそうになり、リオが受け止めてくれる。
「まだ回復してないじゃん。とりあえず掴まってなよ」
「ありがとう」
遠慮なく掴まり、お爺さんに向き直る。
「はじめまして」
「よく来てくれた。疲れているようだから中で座って話をしよう」
「ありがとう」
小屋の中に入ると、きちんと整理された室内は清潔でほのかに木の香りがしてくる。外から見た時よりも広く感じるのは天井が高いからだろう。
「すてきな家」
「そう思うかい」
「とても魔法をかけやすそう」
「ちょっ、変なことしないでよね」
「しないよ」
焦るリオににっこりと微笑み返すとリオは疑わしそうな目をしてくる。すすめられた椅子に座るとお爺さんがトロッとした琥珀色の液体をマグカップに注いでくれる。
「これをどうぞ。疲れがとれる」
「ありがとう」
渡されたマグカップを手に取り湯気の出ている中身に息を吹きかけつつ、そっと口にする。
「おいしい」
「それは良かった」
イオリは温かく甘い飲み物をゆっくりと飲む。体が温まり強張っていた筋肉がほぐれるような気がする。
「お前も元気そうでなにより」
「なんとか。捕まった時はどうなるかと思いましたが、普通の獣人のふりを貫き通しました」
お爺さんとイオリが話している内容に聞き耳を立てていたイオリは獣人のふりと言う言葉に反応する。
「そうだ! 耳! それにお爺さんはどうして私が魔女だって分かったの」
「お爺さんじゃない」
「まだ名乗ってなかったの。わしはアダン」
その名前にイオリは首を傾げる。
「大賢者と同じ名前」
「アダン様に失礼。同じ名前じゃなくて本人」
「えぇっ⁉︎ でも大賢者は何年も前に亡くなったって」
「違う、姿を隠しただけ」
「そうなの?」
アダンのほうを見ると、にこにこと笑みを讃えている。あまり偉い人には見えない。
「色々煩わしくてな。今はここでひっそり暮らしている」
「へえ」
大賢者のような国から重宝される人物でも色々とあるのかと驚く。てっきり悠々自適な生活を満喫しているのだと思っていた。
「それよりさっきの話だけど」
「ああ、まずはこやつのことからかな。見せてやりなさい」
「わかりました」
リオは大賢者に言われて立ち上がるとイオリのほうを向く。
「よく見てて」
そう言うと頭に付いていた獣耳がうすっらと透けて、徐々に消えてなくなる。
「やっぱり! 最初見た時なかったから、なんで檻に入れられてるのかと思った」
「檻に入れられておったのか」
「面目ありません」
「いや、別に良い。こやつは獣人のなかでも特殊でな、このように獣耳と尻尾を消して人間の姿になれる」
そう言われて見るとリオのふさふさの尻尾も消えている。
「本当だ」
「普段は消している。けどたまに制御出来ない時があって、その時に見つかって捕えられた」
「そうだったんだ」
リオの頭に手を乗せてみるが耳の感触はない。見えなくなっていると言うよりは本当に消えてしまっているようだ。
「いつまで撫でてるの」
「つい気になって」
リオの頭を撫でていた手はリオに払われてしまう。
「それと魔女については勘だ」
「勘で分かるもの?」
「長く生きてると気の流れのような物が分かるようになってな。とても煌びやかな黒色をしているよ」
「気の流れ……」
イオリはリオや大賢者を見るが、気の流れがどういうものなのかさっぱり分からない。
「ただ色が混じっているようだ。もし可能なら本当の姿を見せてくれんか」
鋭い視線を向けられ、イオリは一瞬怯む。
「え、なに。イオリも獣人だったりするの?」
「そんなわけないでしょ」
リオの言葉に張り詰めていた空気が緩む。見せて良いものか判断がつかないが、魔女だとバレてしまっているのだからそこまで問題ないはずだ。それにリオの秘密を教えてもらったのだからイオリも教えないのは友だちとは言えない気がする。
「少しだけなら」
イオリは椅子に座ったまま髪と瞳にかけた魔法を紐解いていく。
「ほう」
「え」
この国の人たちに合わせていた明るい栗色の髪と淡いピンク色の瞳が揺らぎ元の色が出てくる。どちらも闇に紛れそうな色だ。色が戻ると体内に魔力が満たされる感覚がある。
「これが本当の色です」
「なるほど。まごうことなき魔女の色じゃの」
「本当に真っ黒なんだ」
「このままだと魔女だとバレて面倒だから、色を変えてるの」
言い訳のように言うとさっさと前の色に戻す。人前で本来の色でいるのは落ち着かない。
「せっかく綺麗な色なのに勿体無い」
「え?」
「まあ、お前が獣耳を隠してるのと似たようなものじゃな」
「そうか……」
リオがまだ何やら言いたげだったがアダンに言われて納得したらしい。しかし綺麗だと言われたイオリはなんだかそわそわと落ち着かない気持ちになる。
「それで色なんじゃが、どうやらこやつの色が少し混ざっているようじゃな」
「え? リオの?」
「は? なんで?」
二人の疑問の声が重なる。
「仲が良いのう。それに名前を貰ったんだな。リオ。良い名前だ。二人は契約したのか?」
「してない」
真っ先にリオが否定する。アダンに視線を向けられるが、イオリには答えられない。
「そちらは?」
「わかりません」
「わからないと言うのは」
「契約の仕方を知らないから」
「知らないで助けたの?」
リオに問われる。
「だって契約しないで逃がそうと思ってたから」
「そう」
リオはそっぽを向いてしまう。なにかまずい事をしただろうか。リオの顔を覗き込もうとしたが先にアダンに声を掛けられてしまう。
「そうか。なら知っておいて損はないじゃろ。獣人との契約はな、血を与えるんじゃ」
「ちを?」
「そうじゃ。主人となる人の血が獣人を縛る」
「それじゃあ、獣人はずっと縛られたままなの?」
「そうじゃな。主人が亡くなるか、解放すると宣言すれば自由になれる」
「解放しなかったら?」
「ずっと主従関係が付きまとう。まぁ、人間より獣人のほうが寿命が長いからの、いつかは解放される」
それまで待たないといけないのか。良い主人に巡り会えば良いが、そんな人ばかりではないだろう。いつ終わるか分からない契約を辛い思いをしながらただじっと待つのはどれほどの苦痛か考えただけでゾッとする。
「ただし、聖女さまなら強制的に契約を破棄できるそうじゃ」
「どうやって⁉︎」
「それは分からん」
「そっか。でも今回獣人を解放するって話を聞いたから、聖女によって多くの獣人が解放されると良いな」
「それはどうだか」
期待するように聖女の話をするとリオから冷たい声をかけられてしまう。
「なんで」
「今回解放されるのは契約してない獣人だけ。契約している獣人は対象じゃないんだ。だから商人がさっさと売ろうとしてただろ」
「そういえば」
たしかに商人はイオリが獣人に興味を示すと、嬉しそうにすり寄ってきた。
「つまり一番解放されなきゃいけない獣人たちはそのままってわけ」
「なんで聖女はそっちも解放しなかったんだろ」
「さあ?」
「聖女さまにもなにか理由があるのかもしれん」
「理由?」
「そう。たとえば……まだうまく力を使えない、とかな」
そうなのだろうか。それなら出来るだけ早く力を使えるようになって欲しい。
「まさか。召喚されて十年もたってるんだよ」
リオはあまり聖女が好きではないようだ。きっと獣人として今回の解放について思うことがあるのだろう。特に捕まって契約させられそうになったあとだ。
「よし決めた! 私、お城へ行って聖女の力になる!」
イオリは勢いよく宣言する。
「それは良いな」
「は? イオリが行っても役に立てることなんかないでしょ」
「そんなの分からないじゃない」
「分かるよ。体力ないし一人じゃ辿り着けない」
リオに痛いところを突かれる。たしかに一人では城に辿り着く前に倒れてしまいそうだ。
「なら一緒に行こう」
「なんで、おれ関係ないじゃん」
「一緒に行って獣人を解放してくれるように頼もうよ」
「なにそれ」
「良い提案じゃな」
「私が魔女として聖女に何か教えられることがあるかも知れないし。それに、大魔女から城へ向かえって言われてるの。きっと聖女の力になれってことだと思う」
「なにそれ。そんなこと聞いてない。それに行くとしても資金はどうするのさ」
「それは……」
「それならわしが資金を貸そう」
「ほんと!」
「待って」
「なんだリオ。なにか問題か?」
「問題しかない。そもそもアダンさまはお金持ってませんよね。それに城へ向かえってだけで聖女の力になれとは言われてないんでしょ」
「うん」
「ならもう少し慎重になった方が良いんじゃない? それに資金は今後も必要になるから、自分で稼げるようにしといたほうが良いと思う」
リオはそれだけ言うと黙ってしまう。
「つまりは心配なんだろう」
「違う。心配とかじゃなくて、一応助けて貰ったし、またドラゴンに襲われるかもしれないから……」
「ドラゴン?」
「そうなの。リオの檻にドラゴンがばーんって突撃したんだよ」
手を大きく広げてドラゴンがどれだけ大きくて力強いか表現する。
「それは珍しいな」
「おれも初めて見ました」
「ドラゴンって山奥に住んでるんじゃないの?」
「いや、こんなところには出てこん。もっと人も獣も住めないような神聖な山に住んでるからの。しかしドラゴンが降りてきたとは只事ではないな」
どうやらドラゴンはイオリが思っていたより珍しいらしい。
「リオ」
「はい」
「魔女さんについて行ってあげなさい」
「なんでですか。おれはアダンさまの側にいたいです」
「わしのことは心配せんでも大丈夫だ。しかし魔女さんにはお前の力が必要だろう」
「それは……」
言い淀むリオにアダンは畳み掛けるように続ける。
「そうと決まれば早いに越したことはない。今日はゆっくり休んで明日出発しなさい」
「明日⁉︎」
イオリとリオの声が重なる。ここまで来るのに一苦労したのだからもう少し休んで行きたかった。
「やはり仲が良いな。城はここから遠い」
「どのくらい?」
「歩けば半年かかる」
「げ」
城へ向かうという決意が思いっきり揺らぐ。やっぱり行かずにこのあたりで静かに暮らしたくなってきた。
「行く途中に薬草が多く生えている土地がある。そこに寄ると良い。薬の調合は出来るのだろう」
「それなら得意」
「そうかなら良かった。なら今日はもう食事にして明日に備えるとしよう。手伝ってくれるか?」
「もちろん」
イオリはアダンについて行き台所で食事の手伝いをする。その間リオは何やら考え込んでいる様子で椅子にじっと座っていた。
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