頼れる人を求めて

「もう無理、歩けない」

「なら先に行くから」

「待って置いてかないで」


 イオリは山道を颯爽と歩いていくリオのあとを必死に追うが、疲れた足はもつれ木の根っこに躓き倒れる。


「痛い」


 うつ伏せに倒れた状態で顔を上げると、だいぶ先を歩いていたリオと目が合う。リオは一瞬呆れたようにしかめ面をするが、こちらへと戻って来てくれる。


「ほら」


 イオリは差し出された手を取り起き上がる。


「ありがとう」

「じゃあ行くよ」

「え、もう? ちょっとくらい休んでもいいじゃん」

「誰かさんのせいでちっとも進まないんだから、休んでる暇はないよ」

「そんなぁ」


 イオリは先を行くリオのあとをしぶしぶついて行くが、先ほどよりゆっくりと歩いてくれているのに気がつき嬉しくなる。


「余裕そうじゃん。なら急ぐよ」


 思わず笑顔になったイオリを見たリオは意地悪く言うと少しだけペースを上げて歩いて行く。


「余裕ないから! ほんとこれ以上早く歩けない」

 

 二人が出会ってから一週間ほど。リオを解放するために手持ちのお金を全て商人に渡してしまったイオリは無一文だった。これでは食べ物を買うことも出来ない。手元にある薬草を調合して薬として売ろうとしたが、イオリの薬を買ってくれる物好きはいなかった。よく知らない人物が道端で薬を売っていたとしたら怪しすぎて買わないのは当たり前だ。途方に暮れたイオリを見兼ねたリオが以前お世話になった人がいると言うので、その人を頼ることにした。山奥に住んでいるらしく歩いて一週間ほどで着くと言われたのが一週間前だった。本来ならとっくに着いていて良いはずだ。


「まだ着かないの?」

「イオリがゆっくりだからまだかかるよ」

「どのくらい?」

「あと4日くらい」

「全然進んでないじゃん」


 不満を口にするとリオが呆れた顔で振り返る。


「置いていって良い?」

「やだ」

「なら文句言わない」

「はい」


 こんな山奥で置いて行かれたらイオリは食べ物もなく彷徨うことになるだろう。それは絶対に嫌だ。だからここは大人しくリオの言うとおりに黙って歩くしかない。しかし運動不足の体は悲鳴をあげ限界に近い。そろそろ本当に休憩しないと倒れそうだった。


「今日はここまでか」


 前を歩いていたリオが小さく呟き立ち止まる。気がつくと少しだけ開けた場所へと来ていた。


「疲れたぁ」


 適当な倒木の上に勢いよく腰掛ける。


「イオリはここで休んでて」

「どこか行くの?」

「何か食べられる物がないか探してくる」

「分かった」


 イオリが返事をするとリオは木々の生い茂る山の中へと分け入って行く。リオが毎回何かしらの果物や山菜を採ってきてくれるおかげでお腹を空かすことなくここまで来ている。イオリは鞄にもっと食材を詰め込んでくれば良かったと後悔する。歩きすぎて痛む足を手で揉む。なぜかイオリの回復魔法は自分自身には効果がないのだ。もし回復することが出来れば順調に山奥に辿り着いていたかも知らない。そんなことを考えていると木の枝を踏む音がする。おかえり、と言おうとして驚く。


「なに、それ?」

「鳥捕まえた」


 リオは人間の子どもくらいの大きさの鳥を背負っていた。肩先から鳥の顔が覗いており、濁った目がこちらを向いている。はじめて見る鳥だが食べられるのだろうか。


「食べられるの?」

「一応。でも普通は食べない」

「不味いとか?」

「いや、硬い。一部の地域では土の中で発酵させて食べたりしてる」

「そうなんだ」


 しかしそんな手間はかけられない。


「どうするの、これ」

「魔法でどうにかならない?」


 そう言われても魔法は万能ではない。


「出来ないけど、その果物は?」


 リオが抱えている果物を見つめる。


「これ? あっちの木に沢山なってた」


 そう言って渡された果物は形は悪いが赤く熟していて甘い匂いを放っている。これを使えばどうにかなるかも知れない。


「その鳥食べられるかも」

「本当? なら捌いてくる」


 そう言うと果物を置いて、木々の奥深くに行ってしまう。その間、イオリは火をおこし、鞄から水を取り出すと調理の準備を始める。

 



「いただきます」


 イオリはスープに入ったとり肉を口に入れる。歯応えはあるが食べられないほど硬くはない。噛めば噛むほど少しくせのある味が出てきて美味しい。もう少し時間を置いて煮込めばもっと柔らかくなると思うので今度時間が出来たら試してみようと思う。リオを見ると黙々と食べているので不味くはないはずだ。初めての食材を使ったため味の感想が気になり見つめていると、リオと目が合う。


「なに?」

「味どうかなと思って」

「……おいしい」

「良かった」

「イオリって料理は上手だよね」


 引っかかる物言いだが一応褒められたようで嬉しい。


「ありがとう」

「べつに褒めてない」


 それでも顔がにやけてしまう。イオリが作った物を美味しく食べてくれる人がいることが嬉しい。大魔女にも「魔法は半人前だが料理は一人前だねぇ」と嘆かれたのか褒められたのかよく分からない言葉を貰ったことがあった。その時のことを思い出しながら黙々と食べる。

 大魔女には生活の知恵から魔法のことまで色々なことを教わった。生活のことは長年やるうちに身についていったが、魔法はあまり上達しなかった。そもそもイオリの魔力はそれほど多くないらしい。大魔女の得意とする占いや攻撃魔法を何度か会得しようとしたが無理だった。そのかわりイオリは回復魔法は大魔女よりも得意だ。歳のせいであちこち痛む大魔女の体にイオリはよく掌に回復魔法を溜めてさすってあげていた。


「これ全部食べて良い?」


 鍋に残ったスープを指差しリオが聞いてくる。


「どうぞ」


 そう言うとリオは鍋のまま食べ始める。最後まで食べきるのを見るとよほどお腹が減っていたのか美味しかったかのどちらかだろう。イオリの作る料理を毎回綺麗に食べてくれているので後者だと嬉しい。

 食事を食べ終わった二人は綺麗に片付けをして寝る支度を始める。


「今日も先に寝てて良いよ」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」

「念のため。それに見張ってないと落ち着かないから」

「分かった。なら途中で起こしてよ」

「うん」


 夜は安全のために魔法を張り巡らしている。イオリたちにある程度近づくと警報が鳴る仕組みだ。しかしリオは夜の見張りをしてくれている。毎回途中で替わると言っているのだけれど、夜中に起こされたことはない。イオリだけが朝までぐっすり眠ってしまうのは申し訳なくあまり眠れていないであろうリオの体も心配だ。何度も念をおしてからイオリは眠りにつく。

 

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