火を噴く拳銃

 美里の銃から、迫り来る大悪霊の腕に向けて弾が発射される。


 バン! バン! バン!


 本物の銃の反動がいかほどのものか想像もつかない美里のイメージした大口径の銃は、美里の手の中で軽く跳ねただけで収まった。

 弾が当たった大悪霊の腕の一部が大きく爆ぜた。


「ぐおおお……。」


 大悪霊が撃たれた腕を引っ込めて美里たちを大きな目玉で睨む。無数の黒い手足は美里から距離を取りウヨウヨとうごめいているだけだった。


「もしかして……大悪霊が怖がってる? 先生のことを怖がってるよ!」

「そ、それなら……。」


 美里は更に何発も銃を大悪霊に向けて撃ち込んだ。大悪霊の手足が次々に弾け飛んで消えていった。


「よーし! 今のうちに。」


 美里が優勢と見るや、かのんは床に散らばった荷物の中から新聞の切り抜きを見つけると拾い上げて折り始める。


 バン! バン! バン!


「おお、おお……。」


 大悪霊は美里に手を何度も伸ばすものの、美里の銃によって全て防がれていた。やがて、美里の弾は大悪霊の中心部にも当たり始め、大悪霊に取り込まれた校長の姿が見え隠れするようになっていた。


「美里先生! 校長先生を狙おう! あれが大悪霊の本体に繋がってる!」

「わかったわ!」

「……あっ!」


 美里がかのんの方を向いた一瞬を見逃さなかった大悪霊が美里の足下を狙って腕を伸ばしてきた。


「ハッ!」


 しかしそれを美里はひらりと躱し、更に銃を撃ち込んだ。


「すごい、先生!」


 美里に押されて大悪霊がジリジリと後退する。


「逃がさないわ!」


 美里が大悪霊を追い詰めるため、前に出たその時。


「きゃああ!」


 後方からかのんの悲鳴が聞こえた。

 美里が振り向くと大悪霊の黒い腕がかのんに絡みついて体を持ちあげていた。かのんの首には大悪霊の腕が巻き付いている。


「かのんさん!」


 姑息にも大悪霊は美里がかのんに気を取られた隙を狙い別の方向から伸ばした腕を美里に巻き付け、美里の銃をはじき飛ばした。


「ああっ……!」


 床に転がる銃。すぐに美里は大悪霊の腕を振りほどいたが選択を迫られる。銃を拾いにいくか、かのんを助けにいくか。いや、迷う理由など無かった。美里はかのんを助けるため、真っ直ぐにかのんの元に走った。


「かのんさん!」

「先生!」


 かのんに向けて手を伸ばす美里。それに応えるようにかのんが差し出したのは、新聞の切り抜きで折ったふたつめの銃だった。


「先生、これを使って!!」

「かのんさん!!」


 かのんから折り紙を受け取って美里はそれを一瞬で銃に変えると、かのんに絡みついた大悪霊の腕を次々と撃ち落としかのんを救出した。


「ありがとう、先生。カッコ良かったよ。」

「私、なんだか自信がついたかもしれないわ。」


 美里は落としてしまったもうひとつの銃を拾い、二丁の銃を両手に構えて大悪霊に向き直った。かのんを背中に隠して守ることを誓う。もう同じヘマはしない。

 美里の二丁の銃から交互に撃ち出される弾撃は大悪霊の体を削り取っていく。


「ぐあああああ……。」


 美里の猛攻にもはや為すすべの無い大悪霊は、やがて校長の頭の上に少しばかりの黒いモヤと目玉を残すのみとなった。


「これで終わりよ。」


 美里が右手の銃を大悪霊の目玉に当てて引き金を引いた。


 バンッ!!


 撃たれた大悪霊が霧になって消えていく。

 気を失った校長の顔色が少し良くなっているように見えた。きっと意識を取り戻した校長は自ら警察に出頭し、ことの経緯を明らかにするだろう。



「全部終わったのね……。」

「うん……。先生……。」


 校庭の桜の木が白く光る花びらをはらはらと散らしていた。


「この桜も役目を終えたんだ。」


 かのんが美里の横で寂しげに言った。

 季節外れの桜は今、本来の姿に戻ろうとしている。

 夜が明けようとしていた。

 

「先生。これからどうするの?」

「どうって……。私、てっきり成仏するんだと思ってたわ。」

「するわけないよ。だって今や先生は大悪霊にも勝った最強の霊なんだよ?」

「えぇ? 最強だなんて私、全然そんなつもりじゃなかったのに。」


 桜の木を背景に、かのんが美里を振り返り微笑む。

 かのんが言った。


「先生。これでお別れじゃないよ。また会いに来るからね。」

「かのんさん。ありがとう。」

「ううん。お礼を言うのは私の方だよ。先生にはいっぱい助けられたから。」

「かのんさんは本当に生きてるのよね?」

「そうだよ、先生。」

「……それじゃ、また。学校で会いましょう。」

「うん。またね。先生!」


 かのんの姿が桜の花びらに隠されるように消えた。

 そして校庭の桜の木も消え、校庭は何事もなかったかのように朝を迎えようとしていた。


     ◇


 少女が街を歩く。ピンク色のメッシュの髪で目元の化粧をバッチリきめて。

 フリフリの服装は少女が歩くたびに揺れて少女の存在を際立たせていた。


「かのん! 久しぶりじゃん!」

「うららちゃん! えへへ、久しぶり。」

「もうっ! 休学するのかと思ったよ!」

「ええ? 私、そんなに来てなかったっけ?」

「そうだよ? 一年前期からヤバイって。教授も怒ってたよ。」

「マジかー。」

「ねえ、それよりさ、なんか良いことあった?」


 少女のクラスメートが少女の顔を見て聞いた。


「ふふふ。そうだよ、良いことあったんだよ。」


 少女は青い空を見上げた。もうすぐ夏が終わろうとしていた。

 少女の背中から数枚の桜の花びらがひらりと落ちた気がした。


     ◇


 その学校には噂があった。保健室の先生に関する噂。

 その女性教諭は歳を取らず何年も美しさを保っていたという。普段から気配を感じさせず、昼間の存在感はゼロ。夜間に一人で保健室にいるところをよく見かけられていた。誰も彼女のプライベートを知る者はいなかった。時折、卒業生の少女が訪ねて来る以外は。



 ある時、生徒が彼女に相談をした。


「美里先生。聞いてほしいことがあるんです。」

「なあに?」

「こんなこと信じられないかもしれないけど、夢を見るんです。」

「夢?」

「はい。怖い夢。黒い影が私のすぐ横に立っていて、こっちをずっと見ている夢。それからずっと疲れやすくて。」

「なるほどね。私に任せて。」

「え?」

「ちょっと目をつむっていてね。」


 女性教諭は机の引き出しから折られた紙を取り出すと少女の背後に向けた。彼女の目には黒い悪霊の影が見えていたのだ。


「すぐ終わるから。」



 生徒が目を開けると、にこやかに笑う女性教諭の顔がそこにあった。


「どう? 軽くなったでしょ?」

「ほんとだ……すごい。」

「困ったことがあったらいつでもいらっしゃいね。」


 その学校には噂があった。

 その保健室の先生は生徒たちに慕われていて。優しくて、明るくて、どんな相談にも乗ってくれて。

 悪霊を退治してくれるのだと。

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そもそも彼女は死んだはず 加藤ゆたか @yutaka_kato

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