冥王の教室--授業編

万吉8

第1話 法学入門

 ヘクトール冒険者学園のZクラスの教壇に立った冥王は生徒全員の出席を確認し、授業を開始する。


「ホホホ。それでは、法律の勉強をしていきましょうかねえ」


 --えぇ?


 冥王の言葉にクラスが騒つく。冒険者が法律を学ぶことに違和感を感じた生徒がほとんどだった。


「ホホホ。意外でしたかねえ。しかし、アナタ方が冒険者として依頼を受けたり、装備品を調達する中でトラブルが発生した場合、どのように解決するのでしょうかねえ?」


「それは……、まずは話し合いです。依頼のトラブルは依頼者、装備品の調達についてのトラブルは調達先と話し合うことになると思います」


 銀髪に青眼の少女、アーシェが答える。トゥール侯爵家の養女であるが、亡父のオーヴェル男爵の爵位継承し、女男爵となる予定だ。


「ホホホ。そうですねえ。では、それで解決できなかった場合はどうなりますかねえ?」


 冥王は更にアーシェに質問する。


「最終的には裁判となりますが、その前に冒険者ギルドや商人ギルドに仲裁してもらうことも可能です」


「ホホホ。裁判外紛争解決手続(ADR)ですねえ。まあ、多くのトラブルは当人間の話し合いやギルドの仲裁で解決しますねえ。では、このような一般人・冒険者の日々の仕事を解決するルール(私法)として法律は不要なのではないでしょうか?」


「それは違うと思います。当事者間の話し合いやギルドの仲裁でトラブルが解決しなかった場合、裁判所での解決となるため、裁判所で解決の基準となる法律が話し合いや仲裁の際に参考とされるからです。また、『法は社会の子』と言われるように、法律自体が社会の慣行や私たちの規範意識を無視しては成り立たちません。結果として法律は私たちの常識を明示したものとなり、明示されることで日々の仕事がやりやすいものとなります」


「ホホホ。故に法律は不要とはならないんですよねえ」


 冥王は満足そうに言うと、アーシェの隣に座る男子生徒に目を向ける。


「では、ベル君。法律は大きく分けて3つに分類されますが、どのように分けられるでしょうか?」


 ベルと呼ばれた小太りの生徒が動揺する。隣に座るアーシェが「頑張って!」と視線を向ける。


「え、ええっっと……、一般人の法関係を規律する私法と国家と私人を規律する公法があるデュフ……。それと……刑事法デュフ!」


「ホホホ。刑事法は犯罪者に対する刑罰とその手続を定めた法律ですが……、国家が一般人に刑罰を科すので公法と言えるんじゃないですかねえ?」


「そ、それは……、刑事法も公法の中に含まれるデュフ……。でも、国家の仕組みと一般人との関係を規律する公法と犯罪者に刑罰を科す刑事法とでは内容に隔たりがあるため、分けて考えるのが一般的デュフ!」


「ホホホ。そうですねえ。というわけで、これから私法の一般法である民法を学習していこうと思います」


 そこにアーシェの後ろに座る黒髪の少女、ローズが声を上げる。


「腐腐腐。ワタシとしては、創作活動に関わる著作権法に興味があるので、そちらを勉強したいということと……、何故、公法や刑事法ではなく私法となるのか、先生の見解を伺いたいわ〜。腐腐っ」


 ローズは英雄譚に登場する人間関係を捏造……、もとい想像の翼を広げる『びいえる』と呼ばれる作品群の創作活動を趣味としている。


「ホホホ。著作権法は私法の特別法に属するため、これを理解するためには、一般法である民法を理解しなければなりませんねえ。そして、公法と刑事法については、論者の思想による論争が激しいことから、初心者がいきなり手を出すには危険なんですよねえ。また、公法で用いられる概念は民法を参考にしたものがあること、公法における裁判手続は私法における民事裁判手続を修正したものになるため、私法の理解が第一になるんですよねえ」


「腐腐腐。ありがとうございます。法律の勉強、楽しみにしてます……。腐腐っ」


 ーーマジか! 勘弁してくれ!


 クラスのほとんどの生徒はそう思うのだった……。



 参考文献

 我妻栄他「民法1 総則・物権法」

 板垣勝彦「公務員をめざす人に贈る行政法教科書」

 浅田和茂「刑法総論第2版」

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