彷徨(1)
思えば、当たり前のようにコロニーで使っている水も循環するようになっているし、その装置の基礎概念は旧神暦の技術の流用だ。最終戦争のきっかけも水だったし、人間は思っている以上に水とは切り離せないらしい。
「……とか考えてると渇くんだよな、喉」
ボトルを一つ、無造作に取り出すと何度かに分けて喉に流し込む。この潤いが尽きる恐怖を思えば、確かに争う価値はあったのかも。そんな物騒な考えが頭を過ってしまった。
余り深く考えようとした所で、今はまだ十数分前に湧き上がった感情を整理しきれてないのを自覚する。雑に扱われたから傷跡を残してやるだとか、見返してやるだとか、色々とドス黒い感情が有ることは否定しないけれど、俺自身がまったく知らない『機能』でそういった暴挙を簡単に止められたことを考えると、多分『権限内でしかアクセスできない』以上に沢山の制限がついて回ることが明らかだ。
ひとまず寝よう。寝て起きたらまた考えが変わるかもしれない……変わらなくても旅路が面倒になるばかりなので変えるしかない。
「せめて、目的地までのルートが……確保……」
義眼をシャットダウンさせると、視界は完全な闇に染まった。毎度ながらこの一点においてだけ、この体は便利かもしれな……い……?
<Access Lv.1>
<機能保有者が所有権を有す、または所有権を放棄された機械類・ネットワークへアクセスし、その管理者権限機能を使用することができる。ただし該当しない機械・ネットワークの使用が制限される>
<安全機能として、所有者の生命や権利を脅かす行動選択に関してはシステム主導権が■■■へと移行する場合がある>
「安全機能……? これが、勝手に運転したヤツか」
意識が途切れる直前、脳裏を過った文字列。機能拡張の詳細らしいが、それがどこから出力されて思考に割り込んだのかがいまいち分からない。義眼はシャットダウンしていたはずだし、それ以外の機械置換はした覚えがない。が、深く考えても多分答えは出ないだろう。今はまず、マーカーが浮かび続けてる場所……西だろうか? そちらに向かうしかなさそうだ。
『マスター、現在時刻は6:00AM、マスターのコクピット離脱からおおよそ8時間の経過を確認しました。起床準備が完了し次第、防護服着用のうえコクピットへの移動をお願いします
「まだ六時なんじゃねえか……」
全然、時間に余裕がある。だからもう少し休んでいたいと思ったが、よく考えればここはコロニー外郭部。追放されたばかりの人間が居座っているのは何かと都合が悪いので、ナオトに大人しく従うしかなさそうだ。
それより何より、水分補給と食事だけはさせてもらうけれど。
呼び出しからかれこれ十分ほどで完全食と水を補給した俺は、防護服を着てエアルームを通って外へ出た。肌に外気は届かないが、その情景を見ただけでちりちりと肌が乾く感覚を覚えた。それくらい、四方が地平線の向こうまで殺風景だったのだ。
栄養価という面で皆無に近そうな土壌と、それでもしぶとく生える草の姿。少し先に行けば繁茂帯……『森』とか『林』というやつか? それが広がっているが、旧神暦の書物アーカイブで見たものよりずっと小規模だ。
それでも見るべき植生を残しているところがちらほら見えるのは、水の流れが残っている為だろうか。コロニー内にはないが、あれが『川』というやつでいいのか。
後ろを振り返ればコロニーの外壁が鎮座していて、固く閉ざされた扉は拒絶の証のようにも思えた。
しかし悲しいかな、すべて片目の不安定な視界で視認するしか出来ない。それも、グリッドラインが表示された、いかにも機械的な視界で、だ。もう少し自由な視界なら良かったものを。
文句を言っても始まるものではなし、俺はそのまま車両の運転席に無理やり体を滑り込ませた。
「来てやったぞ、ナオト。軽く現状確認したら目的地に向かうぞ」
『話が早くて助かります、マスター。話が早いついでに、詳細説明は移動しながらと致しましょう』
「急かすなお前」
『後ほど説明しますが、マスターと私の命に関わることなので』
「人工知能に命って言われてもな……でも俺も死にたくないし、急ぐか」
『では、安全走行モードで向かいます。ルートは安全経路を選択しつつ、半径五十キロメートルをサーチしつつ状況判断を随時更新します』
「命に関わる」という物言いに不穏なものを感じるが、コロニーから排斥目的の攻撃が飛んでくるとか、運搬車両のルート上で潰されるとか、そういった理由が有り得ないワケでもない。何しろ知らない場所なので危険がいっぱいだ。ひとまずナオトの助言に従う形で、俺達は移動を開始することになった。
AA2011~独眼の接続者は神に触れて天を目指す~ 矢坂 楓 @Ayano_Fumitsuka
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