邪心惹起

 大型クアッドモートは、そこそこ身長タッパがないと乗り込むことも苦労する。それが防護スーツを着た状態ならなおさらだ。ひと苦労して乗り込みドアを閉めると、足元には管理者殿とその警護者たちが苦い顔をして此方を見上げていた。これから起きることへの哀れみなのか、逆恨みされないかという不安なのかさっぱり分からないが、心配しなくてもコロニー内でのクアッドモートは、いくらアクセルを踏み込んでも規定路を規定速度でしか走れないように電子制御がされている。


『QM385-G130、識別番号7010起動しました。初回起動につき主体利用者の認証登録イニシャライズを行います。掌紋認証……完了』

接続アクセス

『――特殊経路上の接続を確認。認証情報と照合、権限保有者と認識。詳細仕様の開示と特殊オプションを表示します』


 けど、認証済みの車体システムに『アクセスLv.1』で介入して安全装置を外したらどうか。死んでこいと言われて、はいそうですかと頭を縦に振れるほど俺も真面目だった覚えはない。視線によってオプションメニューを操作し、『安全装置』の項目を見つけ、思わず笑ってしまう。

『安全装置を解除し、任意運転をアンロックできます。実行しますか? Y/N』

 これに同意して、ハンドルさばきなんて知らないから視線誘導とアクセスを駆使して暴れ回れば簡単に管理者殿はお終いだ。あとは俺が処分されるまでクアッドモートを暴れさせて……そんな想像が思考にちらついたのは確かだ。大多数の人間にはできない『ブレーキ』を壊す能力……もしかしなくてもこの能力、『Lv.1』なんて雑音抜きでも強力すぎるのではないか……?


<You must not be desperation>


「あ、ヅっ……!?」

 瞬間、まず義眼が熱を持ったような感覚とともに視界を赤く染めた。次に、感覚すら疎らだった左目の奥を雑に針で串刺しにされたかのような痛みが走る。

 『自棄やけを起こすな』? 知ったようなことを言う!


<NO><NO><NO><NO><NO>


「痛っ、てェ! くっそ……!」


<Automaton ON>


「オートメ……あぁ? 自動運転……!」


 いきなり、視界に次々と長ったらしい世界共通語えいごの文字列が浮かんで消える。その量は明らかにクアッドモートの機能そのものへ介入しているようであり、本来の自動運転とも違うような、そんな“雰囲気”があった。

 そのまま出口ゲートへとお行儀よく車輪を転がしたそれは、三重に隔てられたコロニー通用口を抜けて『外の世界』へとその身を躍らせた。


『当機のコロニー外への進出を確認。機密輸送プロトコル……不一致。広域探索プロトコル……一致。目的地、もしくは移動指向を設定してください』

「……さっきまでの無理やりな制御じゃないのか。なんだったんだ、アレ……」


 コロニー外へと転がりでたクアッドモートから、先程同様の無機質な音が響く。世界共通語による一連の文字はこいつのせいではなく義眼のせい、更に言うと拡張機能のせいだとここで気付いた。視界が赤から通常の色合いに戻ったが、そうはいっても当たり一面真っ暗だ。ある程度の光量が確保されていたコロニーじゃない、本当の闇。辛うじて見えるのは、クアッドモートのライトで照らされた先と左側に見えている『Access』のカーソル。

 機能拡張後にずっと張り付いているカーソルは、そっちに迎えと怒鳴りつけてくるようにも見えた。


「面倒臭……接続」

『アクセス承認。管理者の視界データの共有完了。目標地点を更新しました……移動経路上の地形変化をサーチしつつ前進します』

「サーチ……?」

『旧神暦時代の交通網の殆どは、前期終末戦争とその後の荒廃で喪失していると思われます。衛星神により特段の管理が成されていなければ、通行可能経路を探りながらの迂回路策定を要します』


 聞くでもなく吐き出した疑問だったが、即座にスピーカーから返答が返ってきた。最低限の会話ができる人工知能が積まれているというのは面白い発見だ。


「了解。ぼちぼち進もう……と言いたいけど、何も見えないうちから動くのもつらいし、ちょっと寝てからにしよう」

『肯定。後部ハッチのラダーを展開します。居住区画に乗車し休息を提案します』

「そうする。くれぐれも知らんうちに移動を始めて動けなくなりました、はナシだぜ……ええと」


 妙に物分りのいいAIもあったものだ。そして、会話ができると自然と呼び名が欲しくなる。言葉を迷わせた俺の機微を拾ったのか、クアッドモートは『そうですね』と一言置いて、


『私の識別番号は7010、“ナオト”とでもお呼びください』

「人間臭い名前しやがって……」


 そんな名乗りを、返したのだった。

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