拡張と追放

『おはようございます。本日はA.A.二〇一一年六月十五日。放送区域標準時、午前七時をお知らせします…………該当者は速やかにメンテナンス・ゲートに……』

 そんな神様の声、それより二十分ほど早く目覚めたのは、ちょうど俺が『機能拡張手術』成人の義を受ける当日だったからだ。いつもはギリギリまで寝ているものだが、流石に今日を境にコロニーに貢献する身となると言われれば、緊張だってするだろう。左目が見えない分、義眼ギフト2が補って余りある機能が付与されれば……少なくとも、健常者と同じ程度に働ければコロニー内に居ても問題ないはずだ。『探索任務』ついほうを言い渡された正確な人数は定かではないが、『機能拡張』が行われた日の三日後までの範囲内で人工が減っているのは電光掲示板を見ればわかる。

「ヨガネ・アサツキ、機能拡張手術に参りました」

「来たか。説明は必要か?」

「いえ。昨日までの教育プログラムで繰り返し説明を受けておりますので……お願いします」

 メンテナンス・ゲートを潜り、数回の認証を超えた先。『施術室』と銘打たれた扉の先にいたのは、当コロニーで三人しかいないという『機能拡張手術』担当医のセナ医師である。ヘアバンドで乱暴に髪を後ろに流した初老の人物は、あと数年も経てば『終了プログラム』安楽死送りなのだろうか。そんな失礼な考えをした俺の意図を知ることなく、彼は書類から顔を上げて俺を見てきた。

「話が早い奴は好きだよ、私は。そこのベッドに横になりなさい。手術とは名ばかりで、プログラムのインストール作業に過ぎない。それも含めて『神様』の決定だから、私の介入余地はない。万が一にも『外れ』を引いても、私に恨み言を叩きつけんようにな」

「『外れ』?」

「『機能拡張』、といえば聞こえはいいが、要はギフト2で予め決まっている方向性に広がりを満たせるための措置だ。分かりやすく言えば、足なら走力、跳躍力、荷重耐久……まあ、体の基礎みたいな部分はどう転んでもコロニーの維持には使えるから潰しが利く。でもお前さんは『片目』だったな? 感覚器は神経や、言ってしまえば脳と直結するから極端なんだよ」

 セナ医師の言い分が分かってきた。つまり、ただでさえ上下間の差異が激しい感覚器拡張で、二個一対の感覚器、その片側を拡張する選択肢はかなり少ないと言いたいわけか。なんだろう、これはつまりさっきまで考えていた理想の成人後のライフプランが早くも終了のアラートを響かせているのでは?

「とはいえ、問題になってる三八七は“施し”のローテーションが近いから現状も改善する予定だ。お前さんの拡張に使い所が無いなんてことがなければ、どんな機能でもやっていけるだろう」

「信じていいんですよね?」

「『神様』をな。私を信じるんじゃない」

 齢十五の少年に対して神頼みを強いるとはとんでもない医師だと思ったが、旧神暦ならともかくとして現代では神様なしでは、人類は生きられない。ならば信じて見る価値はある。というかその価値しかない気もする。

 ベッドに横になった俺は、目元に伸びるコードに少しの恐怖を覚えつつ、その接続を受け入れた。……数秒後、右目視界に文字が浮かび上がる。


<Actibated function:Access Lv.1>


「あ……クセス? レベル……?」

「…………こいつは……!」

 拡張機能をモニターしていたセナ医師の驚愕の声と引きつった表情は、きっとこれからの短い人生で忘れようのないものだろう。そして、この『拡張』が当たり外れどちらかというのは、とりあえず聞かなくても分かる気はした。

 いま、唯一分かることは……壁越しに見える『Access』のピンが、今いる場所から遥か遠くにあることだけだ。


 そして、半日後。地域標準時にして19時頃。

「準備は整ったな。ヨガネ・アサツキ、今からお前はコロニー外の探索任務に出ることになる。帰還は原則として不可、一ヶ月分の食料と水は用意してあるが万が一もある。この大型クアッドモート四輪駆動車には浄水機能と空気清浄機能も備わってるからそれを使うんだな」

「はあ……ところで動力は?」

「“施し”で与えられたエネルギーを分化貯蔵できる、交換式カートリッジ式だ。一ヶ月駆動し続けても保つ程度の容量はある。……それでも、お前がここに居座るよりは遥かに省エネルギーなのでな」

「さいですか」

 つまりは、コロニーで俺を使って得られる得よりも出ていくエネルギーが相当に多く、食料とエネルギー事情の改善まで置いておけるほど十分ではないと。コロニー管理者殿の有り難い言葉を聞き、改めてクアッドモートを見た。サイズはギフト2の輸送用よりふた回り小さい、積載限界四トンほどのもの。この中に生活空間と外部空間との緩衝扉、浄水・換気機能が備わっているそうだ。

「当たり前だが自動運転だ。が、視認していないと分からんこともある。移動時は常に運転席にいるように。居住デッキ外では運転席だろうとスーツを着ろ。でなければ命は保証しないからな」

「一ヶ月分の命は気遣ってくれるのに、放り出されるんですね俺」

 わかりきった嫌味を投げかけた俺に、管理者殿は深くため息を吐いて首を振った。これで昼間ならさぞかしその頭頂部が眩しかったことだろう。

「お前の左目が不能なのは一般構成員以外にとって周知の事実だ。それでも足腰回りが強い分、視覚面の拡張がうまく行けば人足にはなっただろうが……『アクセスLv.1』なんて拡張になるとはな」

「ああ、それなんですけど。一体何なんです? 拡張手術から今まで、家以外の機械類を見ると赤い矢印と変な文字が出ますけど。なんかいきなり不便になったっていうか」

「言葉通りの機能だ。『自分の制御下の機械類やシステムへのアクセス』が可能な機能。逆に言えば、お前に権限のない機械にはアクセスできない……出来なくなるんだ、それは。コロニーでの生活は機械操作や接続も多少なり必要なのに、お前はその大半ができなくなる。お前一人のために都度、操作権限を移動できない……そして、今のところ片目が使えないお前が割って入れる『管理者側』の席が空いていない」

「あー……」

「それと」

「まだあるんですか?」

 この口ぶりだと過去に『アクセス』持ちだった人間は少なくなく、しかし制限が多い機能なのは分かった。これが運営業務に携わる人なら役立つだろうが、そりゃ片目が見えなければ業務数もガツンと減るだろうな。というか何か言いたそうな管理者殿の『言っていいか?』という視線が痛い。

「そもそも『Lv.1』なんて表記を我々は見たことがない。昼の間に、公益や通信が開いているコロニーにも裏取りをとったが、そんな表記のある機能拡張は知らないと突き返されたよ。だから、今後管理者以外の道を進んだお前がなにかのきっかけで、コロニーに重大なエラーを起こす可能性も考えての措置だ。許せとは言わん。食料が尽きて死ぬか、その前に自分で死を選ぶことになるかもしれん。運良くコロニーを見つけて、更に運良く稼働できてもライフライン確保前に死なないとも限らん。だから、俺は外部にいく連中にこう言って送り出している。『俺達の為に死んでくれ』」

「わかったよ。そう言われちゃ仕方ねえな……あーあ、もう少し長生きしたかったなあ」

 そうして、この日。

 俺は三八五コロニーから追放された。

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