三八五コロニーの貧しき日常

『おはようございます。本日はA.A.二〇一一年五月十三日。放送区域標準時、午前七時をお知らせします。『機能拡張』せいじん前の皆さん、学業への準備は万全ですか? 成人の皆さんはメインモニタの通りに資材調整をお願いします。三八五コロニー内、本日の『機能拡張』予定は十名となっております。該当者は速やかにメンテナンス・ゲートに向かってください。コロニー管理者については調整事項について確認し――』

「朝……? 朝だな、そうか……」

 快活な、しかし明らかに機械合成をイントネーション調整という皮で包み込んだ女の声が周囲窓を震わせ、部屋の中にしっかりと響いた。コンクリート打ちっぱなし、窓を締め切ったこの部屋にもはっきりと聞こえてくる……技術的な話はさっぱりわからないが、コロニー内のすべての窓は基本的に『あの声』を共鳴させて内外に届く仕組みとなっているらしい。そのため、部屋の中に籠もっていても十分に聞こえるのだ。尤も、足りないづくしの三八五工業コロニー内で部屋に籠もりきりで居られるやつなど、生得性質ギフト1が脳機能重視型で外出に多大な負荷を伴う未成年の若者か、『機能拡張』後にコロニー運営業務に際し、ほぼ機械接続状態で食事と排泄を管理された特異性質者ぐらいだが、生憎と俺は生得性質は「腰部・脊椎強化型」に分類される未成年なので関係はなさそうだ。

 俺、ヨガネ・アサツキは六月に『機能拡張』を控えた若造に過ぎず、今日も今日とて学習施設で今後を生きるための事前研修やら歴史の再履修やらが待っているわけだ。意識が覚醒してから視界……人造器官ギフト2である右目しか機能してないのだが、そちらも視界がやや特殊な見え方をしているので頭の処理が追いついていない。そして片目しか見えないので、いちいち何かを手にしようとして距離感が掴めず空振るのだ。

 因みに今日は、枕元のサングラス――左目が見えていないことへの偽装だ――を手に取ろうとして3回ほど手が空を切った。

 壁にセットされた引き戸、その横のスイッチを押して引き出すと、そこには樹脂製トレイに乗った薄手の直方体が4本ほどと薬草を煎じた茶、そのパッケージが並んでいた。栄養学的に完璧な食事で、繊維質が豊富だからか腹持ちも完璧……『血肉の麦ブラッドウィート』に合成栄養素を混ぜた完全食に銘打たれた『味』が、旧神歴に於ける『料理』という概念の残骸を残している。

 だからどうというわけでもないが、俺はこの「ヤキソバ」という味が特に好みだ。本物という概念があるのなら、いつか食べてみたいとは思う。

 食事を茶で流し込んだ俺は、高度防塵処理を施された詰め襟の制服に身を包み、部屋を出……ようとしたが、その前にドアノブに引っ掛けられた紐をひっつかみ、乱雑に頭に巻いた。片目が見えない弊害で伸び放題の髪をバランスよく整えたり、まして他人に触らせて『バランスどうですか』と言われても分からない以上は、背中を越えたらバッサリ切る以外の処置ができない。一纏めにして後ろに流すぐらいしか、処置のしようがないのだ。斯くして、サングラスにひっつめ髪の野暮な男ができあがる。

「行ってきます」

 誰に言うでもなく家を出る。その昔、『新しい暦』の黎明期までは『家族』という構成単位があったそうだが、詳しくは知らない。

『本日の新生児発生予定はゼロ。隣接の三八七農業コロニーにおける生産環境の改善までは新規製造はストップされます。人造器官の製造に関しては、四七八-四八一コロニー共同体への輸送を伴う為製造を継続しています……』

 朝方のものと同じ声が地上に慈雨のように福音のように降り注ぐ。この声はどこか安心する……当たり前か。

「おい、何呆けてんだヨガネ。そんなに神様のお告げが恋しいのか? そもそも『恋しい』って感情が分かんねえよなハハハ!」

「お互い様だろうがアマゼ。なんて言えばいいのかね……ここんとこずっと、新しい子供が生まれねえなって話」

 ぼうっと突っ立っていた俺の後頭部を軽く叩いて声をかけてきたのは学友のアマゼ・カイ。生得性質は腕部機能増強、人造器官は両足代わりの機械……要するに四肢が無駄なく強化された肉体稼働の申し子みたいなようなものである。

 その印象は外見にも及んでおり、三八五コロニーのある土地……『旧日本国』と呼ばれる地の住民には珍しい、茶と金の中間の明るい髪や彫りの深い顔がまあ目立つ。旧神暦なら『異性ウケ』というものをしたろうが、残念ながら今現在、生まれてくる性別は単一である。

 顔を上げ周囲を見る。アマゼは両足、俺は右目、あちらの御仁は左腕……現代地球の人類は、その殆どが『ロストチルドレン先天的人工置換児』として人工子宮から排出される。

「しかしなんだ、三八五ウチは他所様に人造器官を提供してるのに、自分のトコは無産地帯だなんてな。三八七は何やってんだか」

「言うなよ。コロニーのエネルギー管理だって“施し”ですべて賄ってるんだから、照射計画が少しずれ込むと農業管理もカツカツになるんだ。特に三八七は受信装置がイカれた時に補修にエネルギー使いすぎてる。次の“施し”までの間の空白期間で管理できなかった血肉の麦がダメになっちまったらどうしても出産計画は落ち込むに決まってる」

「でもよ、あっこのコロニー共同体は農業と食品加工のベースコロニーだろ? 余分に作ってくれねえもんかなあ」

「それこそ無茶言えよ。生産計画も出産計画も、『神様』の計画通りに進んでるんだから余分とかそういうのは安定したコロニーには求められてねえの。教官も言ってたろ? それこそ放棄されたコロニーでも復旧しねえと……」

 不満たらたらといった様子のアマゼに、心中では同意しつつも通り一遍の話を返した。地球にあまた存在する電力受信生活圏コロニーは、旧神暦末期に開発され『裁きの日々』の際にさらなる数が建造されたと聞く。が、二千年も経てば人々の流動により放棄されたコロニーも少なくなく、しかも電力供給源は天空に座す神がもたらす“施し”頼りだ。

 均質に供給される“施し”の機会を逸することは、それこそ各コロニーの生産レベルと発展に大きく影響を与えるのだ……主に悪い方に。

「神様や『旧人類』が建造したコロニーの再起動なんて、それこそ技術的に無理かあ……。精々、俺達はコロニーに有益な『機能拡張』をしてほしいモンだがねえ」

「そうだな。出生制限で済んでるならマシだけど……それより悪い話にならない保証もねえんだしな」

「悪い話?」

 アマゼがオウム返しをするので、俺は自分でもわかるほどに苦い顔で応じた。もう学舎前まで来ているのだ、無駄な会話で目をつけられたくはないが……。

「追放だよ、ツイホー。『コロニー外への探索任務』とか言って必要物資与えて放り出されるやつ。汚染大気まみれのコロニー外に防護スーツ着て放り出されるなんて嫌だね俺は」

 ……思えばこれが盛大な予言であったことを、知る由などないのだが。

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