第5話 一日目

日が落ちて急激に真っ暗になった森はまるで異世界だった。もっちぃは正直に言って怖くて眠れなかった。文字通り、真っ暗。シモンが焚いてくれた焚火の明かりを除けば、そこには光源らしきものが皆無だったからだ。


沸かしたお湯に乾燥野菜と干し肉を入れて作った、なんちゃってシチューで腹を満たしたもっちぃは、シモンに促されて一人今にも崩れそうな掘っ立て小屋で一晩を明かした。


「あぁ、明日からどうしよう…」


誰に言うでもなく、もっちぃは弱音を吐いた。





翌日。


「おはようございます!もっちぃ様」


シモンの明るい挨拶から一日が始まった。


「おはようシモン…昨日はお陰でよく眠れたよ」


目の下に隈を作った、ぎこちない笑みを浮かべたもっちぃが言った。


気持ちは嬉しいが、寝る前よりも疲れた様子のもっちぃを見て、シモンは内心で「おいたわしや…もっちぃ様」と呟いた。


さぁ、新しい一日が始まってしまった。もっちぃとシモンはこの新天地で、ゲームの通りなら先ずは百日間は生き延びなければならない。その先に何があるのかはまだまだ謎のままだが、今は先ず目の前の課題を解決しなければ。


「さて、どうしようか…今あるものってどのくらいかな?」


もっちぃが尋ねると、シモンが持ち物の入った背嚢をガサゴソ。


「水は今日で無くなりますね。食料はあと三日分でしょうか…。節約しても一週間はもちません。蝋燭や薪、燃料になりそうなものも今日一杯で無くなりそうです。道具類は小ぶりな斧が一つ、ナイフが一振り、大鍋小鍋が一つずつ、食器は二人分揃ってます。釣り竿が一つ、弓と矢も、弓は一人分、矢は十本ほどございます。あとは…申し訳ありません。これで全部みたいです」


「うぅ~ん…初日からピンチだな。水の確保が最優先だとして、その次は食料だろう?…えぇっと、これって本当にゲームだよなぁ?」


シモンの言葉にもっちぃは唸った。


ゲームにしてはシビアすぎる環境である。なんたってこの森の大木は切り倒すのに何人も必要なくらい巨大なのだ。とても小ぶりな斧でどうこうできる代物ではない。


水にしたって、顔を洗うためににシモンに案内して貰ったら、かなり大きな川だった。フロロ川には魚も泳いでいるようだったが、飲料に適しているかは怪しかった。煮沸するにも薪がいる。建物を建てるためにも木材が必要だ。早い所二人分の寝床を用意したかった。


もっちぃが頭を悩ませつつ、シモンが早々に釣竿を担いで朝食の為に魚を獲る気でいると、またしても眩い光がもっちぃの目の前に現れた。


「ぐぅ!?なんだ?今度は?」


光が収まると、案の定そこには件の『スクロール』が浮かんでいた。


もっちぃが触れようとすると、『スクロール』が独りでに開き、中の文面をもっちぃに見せつけた。


『一日目 水と食料を確保せよ』


『報酬 魔法の工具』


簡潔な二文だった。


「水と食料の確保って…具体的には何すればいいんだ?」


もっちぃが疑問を口にすると、『スクロール』はまたしても光を放って消えてしまった。


「不親切なクエスト案内だな…でも、魔法の工具っていうのは気になるし…このままじゃあ埒が明かない。役割分担するか…シモンはどうする?」


「僕は魚釣りに行って参ります。もっちぃ様はお水のご用意をお願いします」


「何が必要かな?煮沸するための薪とか?」


「そうですね。薪は落ちていないと思うので、枯れ葉や落枝をお願いします。それから昨日の炭を消毒に使いましょう。それでなんとか川の水でも飲めるはずです!」


二人は早速動き出した。拠点となる掘っ立て小屋のある空き地から離れすぎないように注意しつつ、もっちぃは燃料になる物を拾いに周囲の森の中へ、シモンは川へ魚釣りに向かった。





丸一日かけてありったけの枯れ葉と落枝を集めて帰ると、拠点のある、森の中にぽっかり空いた空き地から見える空では、すでに太陽が傾いていた。集中しすぎて時間を忘れていたのか…。


もっちぃは森の中の静けさと同じくらい、時間間隔の狂う薄暗さに恐ろしさを感じた。恐怖をあおる要因には、何処かから現れるかも分からない獣の存在もあったかもしれないが、今日は遭遇することもなく無事に拠点に帰る事が出来た。


慣れない森歩きで疲労困憊のもっちぃが戻ると、既にシモンが帰って来ていた。昨日と同じ、掘っ立て小屋の前の空き地で火を焚いていた。森と拠点を何往復もして溜め込んだ枯れ葉と落枝が役に立っているようだ。


ちょっとした達成感を感じつつ、もっちぃはシモンの元に駆け寄った。


「おかえりなさい!もっちぃ様。随分たくさん集められましたね。お疲れ様です」


「シモンの方こそお疲れ様…と、それは?」


シモンの手元を見ると、黒い鉄の鍋がぐつぐつと煮立っていた。


「飲み水用にと今、煮沸していたところです」


「そっかぁ…お魚はどうだった?」


「この通り、なんとか釣れましたぁ~」


シモンはそう言って長い枝を目刺しにした四尾の小ぶりの魚を見せた。


「おぉ!じゃぁ、これで今日のクエストは完了ってことかな?」


もっちぃがそう言うと、あの眩い光と共に巻物が現れた。


「待ってました!」


また何かの文面が現れると思いきや、今度は変哲のないトンカチの絵が描かれており、そこから浮き上がるようにトンカチがもっちぃの元に落ちてきた。


「おっとっと…これが?」


これが『魔法の工具』なのか?という疑問に答えてくれるはずもなく、巻物は用は済んだと消えてしまった。


残ったのは本当に片手で振るえる小さなトンカチだった。何の役に立つのやら、これなら小ぶりの斧で木を切り倒した方が楽な気さえする。


もっちぃが落胆半分、呆れ半分でシモンの元に戻ってくると、シモンはもっちぃの様子を察してか、元気づけるように魚に枝を刺して火の回りにつき立てながら言った。


「もっちぃ様、どうか元気を出してください!まだ一日目じゃないですか。これからもっと好いものが手に入るかもしれませんよ?」


ゲームがなんなのかシモンには理解できないが、もっちぃには不思議な力があるということは理解していた。その力が特別なものである以上、きっと何か素晴らしいものを得られるのではないかと言うのが、シモンの楽観的な観測だった。


もっちぃにとってもシモンにとっても、突然始まった新天地での生活だ。前途多難は当たり前。寧ろ、今日一日だけでも飢えずに済んだら万々歳なのかもしれない。


そう思い直すことにして、二人は焚火を囲んで魚が焼けるのを待った。



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ニルブレの夜明け ヤン・デ・レェ @mizuhoshi24916

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