第8話 やっぱり邪神は倒さなくてもいいかもです?


 こっそりと学園を抜け出し、執務室に戻ってきた。いつのまにかあの二人から逃げ出したエミリオさんもため息混じりに執務室に入ってくる。


「本当にあの二人話が通じなかったんですが……二人して青い顔してどうしたんですか?」


 いつものように、ルイヴィスさんの膝の上に座ってはいるが、私もルイヴィスさんも黙り込んでいた。せっかく見つけた秘具が消えてしまったんだから当たり前だ。


 エミリオさんに事情を説明すれば、エミリオさんは「はぁ」とよくわからない反応で答える。


「俺が渡した資料ちゃんと見ました?」

「へ?」


 ルイヴィスさんが慌てて机の上の紙の束をパラパラと捲り始める。ある一ページで手を止めて、深い安堵の息を吐き出した。


「そういうことか」

「どういうことですか?」

「ベル、少し待っててくれ」


 私を隣の椅子に降ろしてから、ルイヴィスさんが立ち上がる。何かを念じたかと思えば、大剣が目の前に現れた。


「へ?」

「念じたら、出てくるみたいだ」


 私も立ち上がって、目を閉じて盾をイメージすれば、どっしりと重たい感覚が手のひらの上に乗る。パッと目を開ければ、確かに先ほど触れた盾が現れていた。


「これで解決ですね! あとは、邪神の召喚っすか……わざわざする必要あります?」


 エミリオさんの言葉にルイヴィスさんも頷く。二人して私の方を見つめて心配そうな顔をした。


「でも、私が召喚しないと……」

「いや、だってあの子の言うことを突き詰めるとですよ」

「ベルが、嫉妬に駆られて召喚するんだろう?」


 こくん、と頷く。ルイヴィスさんが続ける言葉に、エミリオさんも重ねてくる。


「嫉妬に駆られるか?」

「ないですよね、だってベルネーゼ、別に好きでもなんでもないでしょ、殿下のこと」


 邪神を倒さなくちゃ! という思いばかりが先走っていたが、言われてみればその通りだ。邪神を召喚する理由もない。


「まぁ……ルイになにかあったらわかんないっすけど」


 ルイヴィスさんのことは確かに好き、だけど。嫉妬に駆られるほどかは自分でもわからない。一人で首を傾げていれば、言いづらそうにルイヴィスさんが私の両手を握りしめて言葉にする。


「ベルは、思ったより俺のことが好きだったんだな」


 どういうことかわからずに、パチパチと瞬きを繰り返せば、先ほど破り取った紙を目の前に差し出される。


「愛し合う二人が触れた時に……? へ?」

「つまりですよ、ルイが思うように、ベルネーゼもルイを思ってないとこの秘具は発動しないってことっすね」


 衝撃の事実に、足に力が入らなくなる。崩れ落ちそうになった私をルイヴィスさんが抱き上げて、また膝に座らせた。ニコニコと笑ってぎゅっと抱きしめるから、何も言えずにただ見つめる。


「思ってるよりも思ってくれてたんだな」

「自覚は、ないですけど……」

「俺を不幸にしたくないっていうのは、ベルなりの愛だったんだな?」


 繰り返し問われる言葉に、自覚もなかったルイヴィスさんへの思いを胸に突きつけられて恥ずかしくなってくる。


「資料が間違ってるかもしれないじゃないですか!」

「俺が嫌いってことか?」

「うっ……」


 好きは好きだ。お兄ちゃんみたいだし、優しいし。膝の上に乗ることも、頭を撫でられることも、嬉しくなるくらい。


「ベル、俺はベルが好きだ。いない世界は不幸だと思うくらいには」

「私は好きですけど、まだ、恋とか愛とかはわかりません」

「それでもいい。でも、好きではあるんだろう?」


 ちゅっと頬にキスをしながら、至近距離で私の目を見つめる。ルイヴィスさんに、答えられなくて唇をぎゅっと閉じた。


「ベル」

「なんですか」

「邪神はとりあえず置いておいて、愛でも深めようか。ベルが自覚できるように」

「わざわざ、言葉にしないでください……」


 掠れてく声で答えれば、心臓がルイヴィスさんを求めてるように何度も激しく鳴る。自覚してなかったつもりで、もうかなり惚れてるような気がしている。短略的な思考回路のせいか、共に過ごした時間のせいかは、まだわからなかった。


<了>

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短絡的悪役令嬢、騎士団長からの溺愛で幸せになります 百度ここ愛 @100oC_cocoa

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