第7話 ヒロインは世界がどうとかはどうでもいい
学園に潜入することになって、どこから用意したかわからないがルイヴィスさんが制服を持ってきた。着て見せてくるりと回ってみれば、「尊い」とか言いながら、ルイヴィスさんはしゃがみ込んだ。
エミリオさんが背中をバシバシ叩いて現実に戻してたけど。
「ベルは転入予定の見学に来た設定だからな」
「エミリオさんとルイヴィスさんはどうするの?」
「俺は兄の代役として。ルイは婚約者という肩書を盾に無理やり割り込んだ」
「へ?」
「俺が行くって行ったのに、絶対に俺も行くってルイが譲らなくて……」
三人で学園前で最後の打ち合わせをしながら、ルイヴィスさんが拗ねた表情を見せる。可愛さにちょっと胸がとくんっと鳴った。
学園長に挨拶をしたところ、騎士団長と副団長という肩書きのおかげかすっかり信頼されているらしく自由に見学していいとのことになった。
「まぁ俺ら卒業生だしな」
それもそうだ。お兄ちゃんもルイヴィスさんも、学園で友達になったんだもん。エミリオさんも、卒業生でもおかしくない。
渡り廊下を三人で歩きながら目的の図書室へと向かう。
「あの時の子じゃないか!」
後ろからの声に、振り向けば私の前と後ろをエミリオさんとルイヴィスさんがガッチリとガードする。
「ルイヴィスじゃないか。どいてくれ」
ライリー殿下が、私たちの間に割り込もうと歩みを進めれば、ルイヴィスさんが私を抱き上げる。
「ルイヴィス?」
「私の婚約者ですので、それ以上近づかないでくださいませ殿下」
「ルイヴィスの婚約者? この女が?」
私とルイヴィスさんを交互に見つめて、ライリー殿下は悪い顔をする。ふーんなんて呟きながら、じっくりと私の顔を見回す。
「ルイヴィスの婚約者か……俺と婚約しよう?」
手を差し出されても、私が取るわけもなく。無碍にもできずに困っていれば、いいタイミングであの女の子。
「やっぱり、ライリー様に付き纏いに来たのね! 悪役令嬢なんです、って言った通りでしたでしょ! ライリー様!」
縋り付くようにライリー殿下の腕に触ろうとした女の子を、振り払う。可愛い顔してるのに……私より百倍可愛いのに。
「馴れ馴れしくするなと何度言ったらわかるんだ!」
「私は、ライリー様の運命の人です! この女は、悪役令嬢なんですよ! ライリー様は騙されてます!」
二人のやりとりに、口も挟めずに黙りこくる。エミリオさんもルイヴィスさんも、今すぐに逃げ出したい顔をしてため息をついてる。でも、この二人がきっと答えに近いはずだ。
「これ以上私の邪魔しないでよ!」
怒った顔で標的を私に変えた女の子が、大声を張り上げる。ずっと気になっていた言葉を口にしてみた。
「私が死ねば、あなたは幸せになれるの?」
「はぁ?意味わかんない、頭のネジ五本くらい飛んでんじゃないの?」
頭をトントンと人差し指で叩いて、バカにした表情にする。ライリー殿下も、ルイヴィスさんも見ているのに、取り繕うのを忘れたらしい。
「私が死んだらこの世界を救ってくれるの?」
「ますます意味わかんないんだけど。なに、この世界を救うって」
「邪神の話よ」
「邪神なんてライリー様との仲を深めるイベントでしかないでしょ」
鼻で笑う女の子に、心の中からさぁっと熱が引いていくのがわかる。この世界がどうなるとか、この子にとってはどうでもいいことなんだ。イベントの一つとしてしか見ていない……。
「邪神……? あぁ、学園の地下室に保管されてる秘具のおとぎ話か?」
ライリー殿下が口にした言葉を、聞き逃さず、エミリオさんとルイヴィスさんに目配せをする。二人ともきっちり聞いていたらしい。
図書室で資料を探す手間が省けた。あとはこの二人をどうやって撒くか……だ。
「二人して、俺を取り合わないでよ」
黙りこくった私たちに、何を勘違いしたのかライリー殿下は、自分に酔った顔で全然違う話を口にし出す。取り合ってもないし、私は断ってるんですけど……
どうやったらこの場を切り抜けられるだろうか。私が婚約すると言えば、一旦離してくれるかもしれない。でも、そしたら、ルイヴィスさんがとても傷つく顔をする気がする。
「秘具を知ったところでどうなのよ、あんたなんかじゃ扱えない。私がヒロインだから!」
私じゃ無理……突きつけられた言葉に、絶望感が襲ってくる。邪神を倒せば、解決すると思ってた。この子が私に不快を抱いているのはそれだけじゃないってわかってたのに。
それに、私には倒せない……。
やっぱり、私が死ぬしかないの……?
たまたま通りかかった先生にルイヴィスさんが声をかける。
「アナンダ先生! お久しぶりです!」
私を抱き上げたまま、逃げるように先生に近づいていく。ライリー殿下も女の子も許すまいと追いかけてくるが、エミリオさんが二人の前に立ちはだかってくれた。
「婚約者が転入を検討しておりまして……」
早歩きで先生の横をピッタリとキープしながら、ルイヴィスさんが進むから。二人の姿がどんどん遠ざかっていく。エミリオさん、引き留めるの上手いな。
地下室の手前で先生と別れて、ルイヴィスさんがやっと私を下ろしてくれた。
「俺はベルが死んだら、絶対不幸になる」
私の心の中を透かしてみたように、ルイヴィスさんが口にする。あの時から何度も伝えてくれる言葉に、胸の中が揺らぐ。
「私は、どうすればいいの? あの子も不快にして、この世界も救えない」
「一緒に生きる、それだけでいいだろ。誰も彼も幸せな世界なんて無理だ」
「あの子だけじゃない、邪神が現れたら世界が……」
「他の方法だってあるかもしれない、探そう」
きっぱりと言い切るルイヴィスさんに、言い訳は思いつかない。地下室に続く扉を開けて、階段を指し示す。
「見てみないことには本当に、ベルが無理かもわからない」
「でも」
「行ってみよう」
確信めいた顔で、私の手をそっと引く。ルイヴィスさんの手を握り返して、階段を一歩一歩降りる。
地下室は展示場のようになっていて、いろいろな武具や防具が置かれていた。一際輝く大剣と、盾が目につく。どうしてだか、それが、資料に載っていたものだと一瞬で分かった。
試しに盾に触れてみれば、馴染みのある言葉が浮かぶ。
「守るための力をあなたに」
日本語だ。懐かしい日本語……。私も使えるってこと……?
「ルイヴィスさん!」
ルイヴィスさんは、大剣を手に握りしめていた。驚いた顔で、私の方を見つめている。
「俺でも使えるみたいだ……」
「ルイヴィスさんも?」
「あぁ、これで倒せる! ベル、どうする?」
問いかけられれば、私の答えは決まっている。あの子のことはまだ考えなければいけないけど。この世界を幸せにするために、まずは邪神を倒さなくちゃいけない。
「倒すに決まってる!」
「そうだな」
ルイヴィスさんが私を抱き上げて、まっすぐ見つめる。
「そしたら、二人で幸せに暮らそう。何度だって言う。俺の幸せにはベルが必要不可欠だ」
「ごめんなさい、死ぬなんてもう言わない」
「まずは、邪神討伐からだな」
笑いかけるルイヴィスさんに、バカみたいに心臓ががなり立てるのは、緊張からだろうか。それとも……恋の予感からだろうか。
私を床に下ろして大剣を背中に隠そうとしたルイヴィスさんに倣って、盾を持ち上げればするりと消えていく。
「消えちゃった!?」
驚いて声にすれば、ルイヴィスさんの方も同じだったらしい、驚いた顔で何もない空間で手をぐーぱーぐーぱーしている。
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