拝啓、優しいだけの僕
宵町いつか
第1話
「話、聞いてくれてありがとうね」
話を聞き始めたときはまだ明るかったのに、もうすっかり空は闇に染まっている。スマホに浮かぶデジタル時計は7時を指していた。
「これくらい普通だよ」
僕は目の前の友人に向かってそう言い放つ。素っ気なく言ったのはそれが今、目の前の友人が求めているものだろうという勝手な憶測から導き出されたもので、それが合っているかの保証なんてない。
しかし、どうやら僕の憶測合っていたようで友人は夜に溶かすような優しい言葉を落とす。
「ありがとうね。お前に話せてよかったよ」
それだったら良かった。
僕は心のなかでこっそり安堵する。目の前の友人の心が軽くなったのなら、心の歪みが少しでも良くなったのなら聞いた甲斐があったというものだ。本当はそんな下心なんてない方が良いんだろうけど、どうしても思ってしまう。それはもう僕の性分だ。
友人がそっとピアスに触れる。自分を良く魅せるためにつけられたのではなく、自分を傷つけるためにつけられた、キラキラと光る金属がふわりと耳の上で踊った。
「お前は優しいよ」
友人はなんてことない風に言った。褒め言葉のように聞こえた。少なくとも客観的に見ればの話だけど。僕からしてみれば褒め言葉でもなんでもないような言葉を友人である彼は呟いた。
「優しいだけだよ。優しいだけ、なんだ」
それ以外僕は何も出来ない。
こぼれ落ちた言葉を友人は
「優しいのも立派だろ」
チラリと友人が伺うように僕を見た。これくらいは許してくれるだろうか。許してほしいと思う。そうだ、話を聞いた対価として愚痴のようなものを聞いてもらおう。
「どう……だろう。少なくとも僕にはそう思えない。立派に思えない。僕は、立派じゃない」
友人は黙って続きを待つ。僕はそれに甘えて、唇を濡らして話を再開した。
「優しいってだけじゃ何も出来ないんだ。優しいだけじゃ、僕は何も出来ない。学生だからとかそういう立場的なものじゃない。僕はきっとおとなになっても何も出来ないんだ。だって優しいだけだから」
友人はじっと僕を見る。これじゃさっきと反対じゃないか。心のなかでそう独り言つ。
「優しいだけじゃ、苦しみは取り除けない。
優しいだけじゃ、悩みは消えない。
優しいだけじゃ、助けられない。
優しいだけじゃ、目の前の君さえ救えない。
今みたいにね」
僕は彼を見る。通信制に通っている、ピアスを開けて金色に髪を染めて周りに裏切られている友人のことを。友人は何か言いかけてやめた。空気を吸っただけだった。
「優しいっていうのは何も出来ないってことなんだ。物理的に何も出来てないことなんだよ。少なくとも僕はそう思う。周りが違うと言っても僕だけはそう思う」
一息で、言った。喉の乾きを覚えたのは久しぶりな気がした。視界がわずかに霞む。それが鬱陶しくて目を瞑った。
「もう、歯痒いだけなんだよ」
目を瞑ると見えないはずの言葉が視覚化されたような気がした。それがポツリと地面に突き刺さって割れたような気がした。それくらい優しい、脆いもので出来ているのだ。
「人には適材適所っていうのがあるんだよ。
お前の優しさは誰かを救うために使うものじゃないと思うんだ。お前の感じている無力感はどうしようもないことで、お前の夢見ている場所はお前の向いていないところな気がするんだ。お前の優しさは救うためじゃなくて寄り添うために使われるべきなんだよ。きっとさ。少なくとも俺はそう思うよ」
友人がニッと笑った。その笑顔をみて安心と同時に絶望を得た。
夜の空気に溶かすように、僕はつぶやいた。彼に届かないように、自分にしか届かないように声を絞った。
「優しいってのは――」
何もない人間に送られる言葉だろ。
拝啓、優しいだけの僕 宵町いつか @itsuka6012
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