ムラサキ

文重

ムラサキ

 大きさ的にはちょうど昔売っていた梅仁丹ぐらいか。佳奈は、正座の足が痺れかけているのを気取られないように居住まいを正すと、床の間に活けられた紫の実をもう一度凝視した。

 家政婦に案内され、先生が執筆中の部屋に通されてからかれこれ1時間が経つ。その間、先生は一度もこちらを振り返ることなく、文机に向かって一心不乱に万年筆を動かしていた。静謐な空気の中、紙の上を走るペンの音だけが畳の縁を通して伝わってくる。


 新米編集者の佳奈が前任者の急病を受けて、恋愛小説の旗手との呼び声高い先生の担当になったのは異例の大抜擢だった。しかし、メディア露出の全くない、気難しそうな作家宅への初訪問に体中がしゃちほこばる思いだった。


「お待たせしてしまってごめんなさいね」

 艶やかな声音にはっと顔を上げた先には、長い真っすぐな黒髪をかき上げながら笑いかける先生の切れ長の目。その刹那、焚きしめた香のような匂いが佳奈の鼻腔をくすぐった。

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ムラサキ 文重 @fumie0107

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