地球蒸発
ごいし
第1話
我々は、雨を知らない。
川、湖、海、過去の映像でしか見たことがない。或いは、伝え聞いた限りにおいて、知るのみである。飲み水をこぼしたときの地面の染みを見て、どんなものだったのか、想像することもある。もっとも、飲み水をこぼすなど、想像したくないことだ。
この星の大陸のほとんどは、地面がむき出しで、砂に覆われている。熱気で息もできない。生命の居場所はごく限られたところにしかない。かつては、水と緑のある生命の芽吹く環境があったらしいが、今は、記録の中だけのものだ。
今日も給水に並ぶ。スーツの窓から見る景色は、いつもの通り。自分の運ぶタンク。タンクを積む台車の取っ手。周りを見渡せば、同じようにタンクを台車に乗せて待つ人々。皆、スーツがなければ生きてはいけないだろう。この給水が途切れることがあれば、死を待つのみだ。生命線。この列は生命線の束だ。列を乱すようなことはしない。そんなことをすれば、このスーツの耐熱冷却を破壊され、苦しみ悶え生き絶えるしかないからだ。地球全体が窮地の今、少ない資源を分け合うために、徹底した監視の目がある。
監視は、平等のためだ。水を奪うような行為を極力少なくするためにある。日々の給水はあるものの、不安を持つものは少なからずいる。自分の安心のために、他人を踏みにじってでも、水を奪おうとする人間はいる。欲のために他人を蹴り落とすのは、人の性か、生物としての本能なのか、絶えることはない。さらに言えば、水を貰えない人間が荒い手段に出ないように見張っている意味もある。全員が、給水の恩恵を受けられるわけではないのだ。選んでいる。それほどに、追い詰められた状況に、人類は直面しているのだ。
現在の地球には、海がない。衛星写真を見ると、海峡と呼ばれたクレバスが、ぱっくり口を開いている。海だけではない。川、湖も、なくなってしまった。かつて、気候変動問題を唱え、様々な手を尽くして、環境の物質代謝と共存する体系を、人類は獲得したはずだった。どこで間違ったのだろうか。水というものが、人類の前から遠のいていった。わずかに残った水を探し、井戸のあった場所など、生きている水脈を探し、なんとか命を繋ぐ日々である。
技術革新は、この逼迫した状況を回避するためには、間に合わなかったけども、限られた資源を有効に使い、人々の生活を守るために、活用されている。
空気中のわずかな水分を集めるために、吸熱反応や分子エネルギーの調節など、様々な方法がとられているらしいが、詳しいことは上のものが知るのみだ。
人類の叡知は、水の消え去った環境に立ち向かうことに、いささかながら成功しているのである。
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