第6話 ヒョロとガリとチビ


 エナは聖域を出ると、蛇の紋様のある外壁コアテパントリの隅にしゃがみ込んだ。

 そこは王宮の穀物蔵の横で、三段ほどの段になっていて、日陰でもあり、人の背丈より高く朝貢人夫を見下ろすのにちょうどよかった。


 搬入門に向かって、ずっと長蛇の行列があり、はしけを持っている者は横の水路を使って運び込んでいるようだった。


 テノチティトランの目につく所は、白漆喰で塗り固められ、碁盤の目のように運搬用の水路も整備されている。

 インカ帝国の、髪の毛一本が入る隙間のない石垣技術も美しかったが、アステカ王国の首都は、頭抜けて見事だった。


 運搬用水路の脇には、上水道が2本あり、片方は常に掃除と補修をしている者がいる。


 水路の中には、露草ツユクサというきれいな水の中でしか生きられない蔓が入れられており、掃除の際も露草は残すようにしているらしい。もし水が汚染されれば、すぐに露草は枯れ果て、一目で異変が分かるようにしてある。

 至る所に、そういう先祖からの知恵が生きて凝縮し、アステカ王国は出来上がっているのだった。


 汚物は、回収する者、集積して発酵させ肥料にするの者、農地に分配するなど各係りの者がいて、再利用が徹底されているせいで、湖に汚れはなく生け贄の死臭以外の汚臭もない。


 いつも、大神殿の上から見下ろしてはいたが、市井に混じって見ると、普段とはまた違う迫力があった。


 エナはヴィオ爺から、寝る時以外は巫女服を着るように言われていて、白い前合わせの服の上に、黒い綿の上着を羽織っていた。

 巫女服は、目の粗い作りで想像以上に涼しいが、上級神官の象徴でもあり、前を通る人夫が必ずエナを見て、すぐ目を逸らして去っていく。


 しゃがみ込んで膝に肘を当て、両手のひらに顎を乗せ、やぶ睨みで見ているという、上級神官らしからぬ態度の悪さもあって、周囲にはいつもと違う緊張感が漂っていた。


 大神殿や王宮のある区画は、神々の住むテオカリ区と呼ばれ、蛇の紋様のある外壁コアテパントリで囲われていて、その内部を特に大テオカリ聖域という。


 要所には、豹の戦士か鷲の戦士が立っていて、活気があっても騒然とはしておらず、周辺には食べ物屋台や公衆便所、裁判所があり整然と年貢の搬入が進んでいるように見えた。


 そんな美しい街並みも、一通り観察してしまうと、一気にやる事がなくなった。


 毒を見分ける能力と言っても、飽くまで自分にとっての毒であって、よほど特殊な毒物でもない限り、年貢に混入して運び込まれる毒を、眺めただけで見つけることは不可能だった。


 ましてや、なんの手がかりもない状態で、毒物を王宮に入れようとする連中を見つけ出すのは不可能だ。


「よし」


 適当にやって、無理だったと報告しようと決めた時、見たことのある三人組を発見した。


 背の低い奴、痩せた奴、痩せて背の高い奴。

 三ヶ月前、エナがテノチティトランに来た日、テオ婆と一緒の時に襲おうとしてきた連中だ。

 身ぐるみ剥いで、持ってるカカオ豆を徴収して、体は湖に捨てておいたが、まだテノチティトランで労働をしていたようだ。


「♪」


 重そうな麻袋を担いで、朝貢の列に並んでいる三人に軽やかに近づいていった。


 真横に立つと、エナの影に気づいて三人が顔を上げた。怪訝な顔をする三人に、ニッコリ微笑んでいると、一人が気がついた。


「あ、おめぇ、いつかのチビジャリ!」


 とりあえず、一人目の頬を張りたおした。


「あぁん? ちょっとよく聞こえんかったんやけど、もっぺん言うてくれる?」


「カカオ豆返せ」


 二人目も、有無を言わさずしばき倒した。


 ホクトルの真似をして、残る一人に顔を寄せながら体が引っ付くまで擦り寄っていった。

 腹に握り拳を当て、いつでも虚砲を撃てる気配も滲ませておく。


「あぁぁん? うちがこうして頭下げてんのに、その態度はないんちゃうの?」


「え? いつ頭さげ……」


 三人目の鳩尾みぞおちに肘を入れ、足を引っ掛けて転がしたところで、近くにいた豹戦士が異変に気付いて向かってきた。


「どうした?」


「え? いやなんか、食あたりで気分が悪いらしぃです〜」


 前に出て、にっこり微笑むと豹戦士はエナの巫女服を見て頷いた。


「どこか木陰で少し休ませてやれ。大丈夫そうなら、運搬に戻れ」


「はい〜」


 前と同じように、三人の足を持って道路の端まで引きずっていった。




 この都市は、四つの区画に分けられていた。神々の地テオパン水門のある地アツァコアルコ花の咲いている地クエポパン蚊のいる地モヨトランの四地区である。

アステカ文明の謎 p31 講談社現代新書 高山智博著


 長さ5kmからなる、この水道は二つの水路からなっていて、その一方は他方が清掃されている間、使用される。

アステカ文明 p62 白水社 ジャック・スーステル著


 衣装の(中略)、ある種の色は役職に対応している。神官たちは、黒または黒緑色のマントをまとっていた。

アステカ文明 p67 白水社 ジャック・スーステル著






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アステカ王国と滅びの巫女 第二部 ホルマリン漬け子 @formalindukeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ