第21話呼び出し

 大きく重いドアがゆっくりと開かれ白木課長、ピカソ、キララ、めぐみ彼らは赤いじゅうたんの上を、ゆっくりと進んでいった。

天井には巨大なシャンデリアがあちこちで煌めいている。

赤い絨毯の先にある高い場所に座っているのは、なんと女王。

女王は高齢にもかかわらず、薄いブルーの瞳には知性の輝きが見られ、重そうな金の王冠を被っても背筋をまっすぐに保っていた。

女王は金糸で縁どられた、美しい空色の衣装に身を包み、マントを羽織っている。

どうして、彼らが女王の前にいるかと言うと。

今朝、突然にめぐみ達に王宮への呼び出し状が届き、宮殿からの車が彼らを迎えに来て、訳がわからぬ間に女王に謁見する羽目になったのだった。

四人は決められた場所で立ち止まり、片膝をつき、頭を下げた。

「表をあげなさい。天の事業(株)に仇なすものの逮捕に協力したあなた達、四名に感謝を込めて、幾ばくかの報酬をあたえます。

一人ずつ前へ。」

女王陛下のお声の通りに、彼らは一人ずつ順に女王から金一封をいただいた。

「天の事業(株)に仇なす所業は、ひいては天に仇なす所業となります。今回はそれを未然に防いだ、そなたたちの思慮深い行動に感謝いたします。ところで、めぐみとやら、私の事を覚えてはおりませんか?。」

いきなり女王陛下に名前を呼ばれ、動転しためぐみは、

「はい、いいえ、つまり、以前お目にかかる栄誉がございましたでしょうか?。」

と、かろうじて答えた。

「熱中症で倒れていたわたくしを介抱した上、墓地まで運んでくれましたね。あの時の礼がまだでした。」

「え、あの時の?。まさか女王陛下とはつゆ知らず。ご無礼いたしました。」

「お忍びで幼馴染の墓参りに出たはいいが、いきなり倒れてしまったところを、めぐみが現れ、適切な処置をしてくれて、本当に命拾いしました。後で、主治医にひどく叱られました。高校生だったそなたが、適格に熱中症の対応をし、なおかつわたくしをお姫様抱っこして一キロもの距離を移動したおかげで、幼馴染の墓参りを、無事に済ませることができ、本当に満足しました。お姫様抱っこされたのは50年ぶりのような気がします。そなたの功労にも拘わらず、未だに礼が出来ておらず、申し訳なかった。よって、わたくしの命を助けた功により、めぐみに子爵の位を授けます。」

「ウオー。」

部屋の中で、女王よりも下がった場所に座っている位の高そうな男女、警備の兵士や、召使いたちがどよめきの声をあげた。

わけがわからないめぐみは、高杉とキララに耳打ちされ、

「ありがたき幸せ、謹んでお受けいたします。」

と、かろうじて言って頭をさげた。

謁見の広間から、解放された四人は、宮廷の従者によって自宅まで送り届けられることになった。

広い車内でキララがめぐみを問いただす。

「熱中症の手当てして、女王陛下をお姫様抱っこしたってどういうこと?。」

めぐみが話し始める。

 高校三年の夏、猛暑日の事だった...

「今日、暑すぎ!。あ、セミが死んでる。セミだってこの暑さで外にいたら、死ぬよね。早く帰って、アイス食べたい。あれ?、誰か倒れてる。死んでる?。うそでしょ。おばあさん、大丈夫ですか?。生きてますか?。すごい汗。おばあさん、どうしました、返事して?。」

「お、」

「『お』?、何か言いたいの?。」

「お、おばあさん、じゃ、な、い。」

めぐみは倒れでいる老婆の全身を見渡した。

どう見ても八十歳は超えているが、生地は高級そうだし、デザインもあか抜けている。

「そうか、お孫さんはいないんですね。たぶん熱中症で倒れたんです。いま、日陰に運びます。」

めぐみは老婆を軽々と持ち上げ、木陰に横たえ服のボタンやフックを外した。

そして、大急ぎてコンビニに走って、冷たい水とスポーツドリンクを買ってきた。

自分のハンカチに冷たい水を注ぎ、老婆の顔や、首や手足をふいてあげた。

「スポーツドリンク、自分で飲めます?。」

めぐみのバックを老婆の上半身にあてがい、上体を少し起こすと、老婆はゆっくりとスポーツドリンクを飲みほした。

「おうちの方に連絡しましょうか?、携帯持ってます?。」

老婆が首を横に振った。

「じゃあ、番号教えてください、私の携帯で連絡しましょう。」

「ダメ、まだお墓に行ってない。」

「もしかして、ボケてるのかな?。どうしよう。ボケ老人相手に、普通に応対してもいいのかな?。生きてるんだから、お墓に行かなくていいんですよ。」

「違う、幼馴染の墓参りに行く途中なのです。だから今はまだ連絡しません。」

「ごめんなさい。ボケて無いんですね。お墓参りって、ここをまっすぐ行ったメモリアルガーデンにあるお墓?、ですか?。」

「そうです。今日が幼馴染みの命日だから。」

「じゃあ、連れてってあげる。お墓参り終わったら、ご家族に連絡しましょう。」

そういって、めぐみはまた老婆を軽々と抱き上げる。

何故なら、背中にはたくさんの教科書が入ったバックを背負っていたから。

いきなりお姫様抱っこをされた老婆は狼狽した。

「ちょっとまって、わたくしをお姫様抱っこで連れていくつもり?。あそこまで、一キロも残っていますよ。」

「一キロくらいなら、大丈夫です。私、力持ちなので。」

めぐみは八十㎏以上はあるであろう老婆を抱えて、あっという間に、目的の墓の前まで連れて行った。

老婆は、墓の前にいくつかの飴を備え何か、ブツブツつぶやいていた。

「これは、十歳でなくなったわたくしの幼馴染のお墓なの。わたくし達、とても仲良しだったの。彼女は飴が大好きだった、だからお供えはいつも飴玉なの。ありがとう、あなたのお陰で今年は命日に会いに来られました。」

老婆がそう言った途端、数人の黒ずくめの男たちが駆け寄ってきた。

やくざの襲撃?。

「こちらでしたか!。お探しました。急にいなくなられて。」

いや、どうみても老婆を心配している。

「おばあさんの関係者の方ですか?。熱中症になりかかって、倒れていらしたんです。高齢ですから、お医者様に見せたほうがいいと思います。」

「大変だ、直ぐに主治医に連絡を。」

「スケジュール調整の連絡を。」

「次官に電話しろ。」

めぐみの言葉で黒ずくめの男たちは、大急ぎで老婆を抱え、近くに止めてあった黒い大きな車にバタバタと乗り込んだ。

「まだ、お礼もすましていないのに、名前と住所を...。」

老婆が何か言っていたが、それを聞く余裕もないようで、黒い大きな車は大慌てで立ち去った。

あの時の老婆が、女王陛下だったんだ。」

「八十㎏の人間をお姫様抱っこして一キロ歩ける女性は、めぐみと岩田さんくらいよね。」

キララが笑いながら言った言葉に、皆は同意した。

「うちの村の女性なら、誰だって簡単にできるよ。」

めぐみが少し頬を膨らませながら言い返したので、全員大笑いしてしまった。

「ところで、高杉氏、子爵との結婚なら問題ないじゃないの?。」

キララの言葉に、ピカソははっとして頷き、

「まずは、麗華からだ。」

と、言ってから携帯を耳にあてた。

「ルーク、今、麗華と一緒か?。じゃあ今すぐに、プロポーズしてくれ。」


麗華とルークは、高杉家の応接室で、お茶を飲んでいた。

「はい、麗華と一緒にいます。解りました。」

ルークはスマホを置くと、床に片膝をつき、麗華に向き直った。

「麗華、愛している。君の事はずっと、僕が守ってあげるよ。僕と結婚してください。」

ルークはそう言って、胸ポケットから、指輪を取り出し麗華に差し出した。

「はい、喜んで。よろしくお願いします。」

麗華は同意し、指輪を自分の薬指にはめた。

「兄さん、僕たち結婚します。」

ルークはスマホでピカソに報告した。

「おめでとう。二人には幸せになってほしい。」

スマホを切ったピカソは、床に片膝をつき、めぐみのほうを向いた。

「めぐみ、愛している。僕と結婚してください。」

「もちろん、喜んで。」

白木課長とキララが拍手がした。

キララはチシャ猫のような顔をして笑って言った。

「宮殿の車でプロポーズなんて、なかなかシャレてるわね。」

ピカソとめぐみは強く抱き合って、長い長いファーストキスをした。

「めぐみ、今から僕の両親に紹介する。一緒に来てくれ。」

二人は高杉家の屋敷の前で宮殿の車から降りた。

高杉家では、ルークと麗華が両親に今まさに、

「二人は結婚します。」

と報告しているところだった。

事態を飲み込めない両親に

「僕らも結婚します。」

と、ピカソが追い打ちをかけるように報告した。

「ちょっと待ちなさい。ピカソと麗華が婚約者同士だろう。たしかに、最近ルークと麗華が頻繁に二人で外出していたが、二人はもともと幼馴染みとして仲が良かったから。それに、ピカソの隣りにいる女性はいったいどなただい?。」

「天の事業(株)の同僚で、平井めぐみといいます。女王陛下のお命を助けた功績で先程、子爵の位をいただきました。自分は当主を辞退して、ルークに譲るつもりです。ルークの方が当主としての適正がありますし、麗華のほうがめぐみよりも、当主婦人にぴったりでしょう。」

ピカソ、ルーク、麗華が説明し、高杉家の両親は二組の結婚に同意した。

めぐみはただ真っ赤になってピカソの側に居るのが精一杯だった。

なぜって、貴族の屋敷に来たのが初めてで、改めて自分との違いを思い知った気がしたから。

つぎは、麗華の両親への説得が待っている。

「私は、麗華さまの御屋敷にいかなくてもいいでしょう。」

と、めぐみは抵抗したが、

「あら、ピカソさまの奥さまになるのでしたら、わたくしのお義姉さまになるのですよ。もちろん、両親にあっていただきます。」

と、麗華に言われて押し切られてしまった。

結局四人で、麗華の両親を訪れて、報告した。

「麗華と結婚させてください。」

と、ルークが言い、

「わたくし、ルークと結婚いたします。」

と、麗華がたたみかけ、

「麗華との婚約を守れず、申し訳ありませんでした。家督はルークに渡します、麗華は、高杉家当主の妻になります。どうか、高杉家との関係は今まで通りにお願いします。」

と、ピカソが頭を下げた。

はじめは驚いていたが、麗華がそれで幸せならと、こちらも無事に了解を得た。

最後に、めぐみの両親に合うために、ピカソとめぐみは休暇をとってピカソの運転でめぐみの実家に向かうことになった。

朝早くに出発し、つく頃には日が沈み、真っ暗になった。

そんな時間の到着でも、ピカソとめぐみは村人に大歓迎を受けた。

村長は二人に頭を下げると、コソコソと逃げ出した。

めぐみが子爵になり、貴族と結婚することが面白くないのだろう。

めぐみが送った金で、実家の建物もなんとか見られるようには、手が入れてあった。

ほとんどの金はめぐみの弟と妹の教育費に使ったらしい。

今日はもう遅いのでと、とりあえず一泊することになった。


次の日の朝、めぐみの両親は、初めての貴族さまとの対面に緊張していたが、めぐみの幸せそうな様子を見て、ほっとしていた。

「ありがとう、ピカソ。里帰りさせてくれて。」

「そうか、めぐみは入社後初めての里帰りになるのか。」

「そう、時間もお金もかかるから、なかなか帰ってこれなかった。」

「結婚したら、ちょくちょく帰らせてあげる。ただし、自分と一緒にだけれどね。あと、うちの屋敷の野菜はすべて君の実家から直接買い取ることにしよう。そうすれば、我々は新鮮な野菜が食べられるし、君のご両親には現金がはいる。市場に出荷するよりもかなりいい金額が手に入って、暮らしの足しになるだろう。」

「ありがとう。じゃあ、お礼に鶏の名前を教えてあげる。」

「鶏は勘弁してくれ、他のペットがいい。」

「猫でもいいけど、白猫が5匹居るんだけど区別がつくかな。」

「ペットの名前は追々覚えるよ。今は勘弁してくれ。」

ピカソの言葉に皆が笑顔になった。

めぐみの実家は笑い声がたえなかくて、ピカソはなんだか懐かしいような気がして、幸せだった。

めぐみ同様、ここも大事にしようと彼は考えた。

めぐみはピカソと二人で、村を散歩した。

大きな真っ赤な夕日が、黄金色の麦畑に沈んでいく。

「本当に美しい風景だ、めぐみはここで育ったんだな。」

「綺麗な村でしょ。天の事業(株)での仕事は楽しいけど、私はこの風景が大好きなの。」

二人は夕日が沈みきっても肩を寄せてそこにたたずんだ。

「この村の人達にも、幸せになって欲しいの。我慢ばかりするんじゃなくて。」

「そうだな。きっとこの村も代われるよ。僕らもできる限り協力をしよう。それと、一つめぐみに言っておきたい事があるんだ。」

「なあに?。改まって。」

「今まで言ってなかったが、実は自分も前世の記憶が蘇っていたんだ。」

「え?。本当に?。でも、どうして、そのことを今まで言わなかったの?。」

「実は、自分が前世でのめぐみの恋人だったんだ。めぐみがストーカーに殺されてから、かなり自暴自棄になって、早死にした。そのことを話さなかったのは、めぐみが前世の事件について乗り越えられてから、話すべきだと考えたんだ。それに、前世でめぐみと恋人だったから今、めぐみを愛しているんではなく、今のめぐみが好きだと信じてほしかったから。」

めぐみはピカソの言葉聞いて、少し考えた。

「ありがとう。今、話してくれて。もう、前世の出来事を乗り越えられたから、それを聞いても、大丈夫だよ。私って、いつもピカソに守られてばかりみたい。」

「そんなことはない。自分は自分がしたいことが出来るようになった。めぐみのお陰だ。」

「そうだったら嬉しいな。これからもよろしく。ピカソ。」

めぐみに隠し事をしているようで、ずっと気になっていたピカソはようやく肩の荷が下りたようで、ホッとした。

めぐみとは隠し事をする必要がない関係でいたいと考えていたから。


のちの話になるが、ルークと麗華は結婚し、ルークが高杉家の当主となって屋敷を相続した、ピカソとめぐみも結婚し、領地の一画に大きな畑がある家を建て、二人で天の事業(株)に通っている。

ピカソは相変わらず、天の事業(株)での問題や事件を解決していた。

めぐみもすっかりピカソの助手がいたについていた。

この幸せで穏やかな生活がいつまでも続くことだろう。

大きな畑には、めぐみの大好物のコロッケに使う、ジャガイモや、トウモロコシ、キャベツが実をつけていた。

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天の事業(株)の幸福の女神課の彼とひらめき課の彼女 高井希 @nozomitakai

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