第20話違和感

 竜崎相談役が退職した後、勝又代表取締役社長解任の話はなくなった。

まるでそんなことがなかったかのように、天の事業(株)は通常に戻った。

ただ、一つの事を除いては。

岸人事部長が副社長を兼任することだ。

副社長になる、つまり次期代表取締役社長になるということだ。

勝又代表取締役社長が決め、相談役たちの誰からも異議がでなかった。

竜崎相談役の失態のせいで、相談役の権力が弱まったようだった。

「なんだろうな、この感覚?。まるで、誰かにいいように利用されたような感覚。」

「自分たちの役割を勝手に決められて、それを無理やり演じさせられたような?。」

「自分がマリオネットになって、糸で何者かに操られたような。」

「一番得をした人間が犯人だとすると、岸人事部長か。」

ピカソの言葉にキララと白木課長、めぐみも頷いた。

「前世の記憶が蘇ったのも、前世の記憶を消す装置を操作していた、人事部長が一番怪しい。」

「岸人事部長も天の事業(株)の創業メンバーの一人だけど、その時、竜崎相談役となにかあったのかな?。」

「そういえば、天の事業(株)の創業時について調べている彼からの報告だけど、岸人事部長、創業当時、天災の機械のオペレーターをしていたんだって。」

「今はコンピューターが自動制御している天災を下界に起こす機械をかい?。」

「そう、その時岸人事部長が精神的に病んで数年仕事に復帰できなかったから、オペレーターではなく、コンピューターの自動制御にしたんだって。」

「天災を操作したら、自分の操作のせいで、多くの命を失う訳でしょう?。それは、精神も病むでしょう。」

「竜崎元相談役に連絡してみる。人事部長について確認したいことがある。」

ピカソは貴族の伝手を使って竜崎元相談役に連絡をとった。

「突然お電話差し上げて申し訳ありません。一つだけ伺いたいことがあります、岸人事部長と過去に何らかのトラブルがありませんでしたか?。やはり、そうでしたか。ありがとうございます。助かりました。お体にお気をつけてください。失礼します。」

ピカソは電話を切ると、皆に

「岸人事部長が天災の装置を操作していた時、殺人衝動を持っているように見えたので、竜崎元相談役が、天の事業(株)で人事部長以上には出世にさせることに反対したらしい。」

と、伝えた。

「殺人衝動をもっているように見えたって、どういうこと?。」

「天災を起こして、多くの命を奪っている時、喜びを感じているように見えたそうだ。のちに、人事部長を診た精神科医にも確認したところ、それを肯定したそうなんだ。」

ピカソのつらそうな表情を見ためぐみが、

「もしかしたら、あなたは人事部長のこと、昔から知っていたの?。」

と、尋ねた。

「ああ、うちの先祖とつながりがあったらしいくて、幼いころからよく知っていた。」

「つまり、人事部長は高杉くんの性格や行動パターンを知っていたことになるんだね。」

「はい、彼は前世の記憶を消す装置を操作していたし、我々の前世の記憶を知ることができたかもしれない、尚且つ僕の能力も性格もよく知っていた。僕を操ることができたのでしょう。」

「じゃあ、これから反撃しないとね。」

めぐみがピカソをみてニッコリした。

ピカソは皆にこれからの計画を説明して、何人かに連絡をいれた。

あっという間にそれは起こった。

警察官が、人事部長を業務上横領罪の疑いがあるとして事情聴取に連れて行こうと、やってきた。

それを事前に察知したらしく、岸人事部長は人事部にいなかった。

高杉がスマホをみると、総務課の長谷川から、例の地下道に入っていく岸人事部長を目撃した人物がいるというメッセージがはいっていた。

先ほど、高杉の友人や、写真同好会の全メンバーに、岸人事部長を見かけたものがいたら、その場所をメッセージしてほしいと頼んでおいたのだ。

高杉は警察署長に岸人事部長が地下道に入っていったのを見た人物がいると電話した。

「さあ、僕らも地下道に行きましょう。」

「一般の方は、地下道に入れません。」

既に、警官は地下道に侵入して岸人事部長を捜索しているために、地下道の入り口を警備している派出所の警官に彼らが地下道に入ることを止められてしまった。

「僕らは、最後に地下道に入ったものです、地下道についての知識があります。現場のリーダーにその旨、お伝え願えますか?。」

高杉のことばで、その警官が連絡をいれ、地下道に入ることを認められた。

「地下道全ての捜索を終えました。何者かがここに侵入した形跡はありますが、岸人事部長は見つかりません。人が隠れられそうな場所に心当たりがありますか?。」

高杉らは、数人の警官と共に、地下道を調べた。

地下三階の廊下の突き当りに来た時、高杉が首をひねり、何かを調べ始めた。

皆無言で、注目する。

高杉は廊下の突き当りに貼ってある大きな古い鏡に手を当て、警官に合図した。

高杉が大きな鏡を両手で力いっぱい押すと、鏡が移動し隙間が現れた。

そこに、隠し部屋があるらしい。

警官たちが身構えると、突然、隙間から黒い影が飛び出し、警官たちの間をすり抜け、キララに向かって突進した。

岸人事部長だ、彼の右手のナイフが光る。

ナイフをキララに向けて振り下ろす、警官たちはそれを阻止しようとするが間に合わない。

キララが体を捻る、すると、岸人事部長はナイフを持った手を捻られたうえ、投げ飛ばされた。

ナイフを手から放して、岸人事部長は気絶していた。

警官が手錠をかけた。

「天明8743年10月6日、15時35分、殺人未遂犯人確保。」

警官の声が地下道に響いた。

地下道の入り口で待っていた、白木課長とめぐみは話を聞いて驚いた。

「キララがナイフをもって襲ってきた岸課長を投げ飛ばして、気絶させた?!。」

「ああ、弱そうにみえる人物向かってくると考えたのは正解だった。キララはこう見えて、合気道、空手、柔道の黒帯なんだ。」

「私たちから見れば、キララはとても弱そうにはみえないけどね。」

「比較の問題だろう、周りにいたガタイのいい警官に比べれば、少しは弱く見えたんだろう。」

「岸人事部長がもし、ピカソに向かってきたらどうしたの?。」

「自分はフェンシングのチャンピオンだ。背中にちゃんと、エペをつけてあるだろう。」

確かにピカソの背中にはフェンシング用の剣が鞘に入れられ、肩から掛けられていた。

「廊下の突き当たりの鏡を押すと隠し部屋があるってどうして解ったの?。」

キララが尋ねると、周りにいた警官達も頷いた。

「ああ、他の場所にあった鏡は、ホコリまみれだったのに、あの鏡だけホコリがはらってあった。手の跡が残らないように、ホコリをはらってから押したんだろう。」

「なんだか、ピカソは名探偵みたいだね。」

「推理小説を愛読している甲斐があったかな。」


定年退職し、故郷に帰っていた元技術開発課の前世の記憶抹消装置の担当者が、岸人事部長からの依頼で、いくつかの仕様変更を行った事を証言した。

前世の記憶を抹消する際に、装置のオペレータに過去の記憶のサマリーが表示されるようにしたことや、オペレータの指示で前世の記憶が蘇るようにしたことなどだ。

後、禁書庫にあった、ピカソが読み解いた古代文字で書かれた預言書も、ある貴族の家にあったものを、人事部長が説得して、天の事業(株)の図書館に寄付されたこともわかった。

『七人の長老のひとりが悪に操られ、天を壊そうとした。地下道を下り、カギを開き、剣を探せ。悪を見破ったものが、その剣で、その長老の影をさせ。さすれば、長老は自我を取り戻すだろう。』

と古代文字で書かれた預言書の存在を前もって、岸人事部長は知っており、今回道具として使ったのだろう。

人事部長が過去に殺人衝動を持っていたという、診断書も提出された為、再度精神鑑定をうけ、現在も強い殺人衝動をもっているという診断をうけた。

また、家宅捜索で、いくつかの手記が見つかり、天の事業(株)の代表取締役社長となり、現在はコンピューター制御で行っている天災を起こす装置を自ら操作し、下界の人間たちを全滅させる意図があったことがわかった。

これらの警察の行動は、ピカソが、上位貴族を通じて、警視総監に進言して行われたのだった。

「結局、人事部長が狂った頭で、下界の人間たちを滅ぼそうとしたのが、今回の天の事業(株)の騒動だったの?。」

「ああ、そうらしい、ここ十数年前からそのような考えが抑えきれなくなって、今回の騒動を起こしたらしい。少し残念だ。子供の頃は良い人だと思っていたんだが。」

「天の事業(株)の良心と呼ばれていたでしょ。そういう一面もあったのかもしれない。」

「そうだな、それなら、今回の事が未遂でよかった。」

「もしかしたら、ピカソなら自分を止めてもらえるとどこかで思っていたのかも知れないね。」

「どうだろう、自分は精神科医ではないからね。」

四人は何故か複雑な気分になった。

自分たちの行動が正しい事は間違いないが、岸人事部長が天災の仕事のせいで精神を病んだのであれば、彼もまた被害者だと言えるのかもしれない。



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