第19話竜崎相談役の写真撮影
「聞いた?。竜崎相談役が株主総会を開催する手続きを始めてるって。」
「うん、でもなんで、株主総会なの?。時間のお金もかかって大変なのに。」
「よっぽど、勝又代表取締役がまずいことしたんじゃない?。」
「まずいこと?。そうじゃなくて、なんか、二人の仲が悪いらしいよ。」
「それだけで、会社から追放はないでしょ。」
「背任とかなかったら、リコールまでやらないしょ。」
天の事業(株)の中は株主総会の噂話で持ち切りだった。
勝又代表取締役社長がとんでもない悪事を裏で働いたのを、竜崎相談役が会社から追放することにしたという噂がSNSで流れていた。
「株主総会で、勝又代表取締役社長の悪事を暴いてみせるらしいぞ。」
「まさか、あの勝又代表取締役社長がそんなことを。デマだろう。」
「そういうお前は勝又社長派か?。」
「いや、そういうわけじゃあないが。」
「ヒラメ先輩はどっち派ですか?。」
とうとう聖子までが乗っかってきた。
「株主総会でちゃんと話し合うんだったら、派なんて関係ないんじゃない?。」
「でも、岸人事部長が勝又代表取締役社長支持を表明したって。盛り上がってきましたよね。」
「私や聖子さんには関係のない話でしょ?。」
「そんなことありません。今後の出世レースに関係大ありです。」
「誰の出世?。聖子さん幹部希望だった?。」
「違いますよ、未来の旦那の出世にです。」
「まだ誰ともお付き合いしてないのに、未来の旦那さんの心配をどうやってするの?。」
めぐみにとって、聖子の思考回路は永遠の謎だった。
もちろん、逆も然り。
「ところでめぐみ先輩、高杉先輩との仲は進展しました?。」
「え?、とくに何も。」
「本当にめぐみ先輩って、何を考えてるのか、理解できません。」
そんな会話が聞こえたかのようにキララがやってきて、
「めぐみを理解しようとしたら、出家して滝にでも打たれることね。ところでめぐみ、総務から、写真同好会に竜崎相談役と勝又代表取締役のポスター撮影の依頼が来たって。」
と、言いながらめぐみに目配せした。
「キララ先輩、どうしてポスター撮影にそんな力が入ってるんですか?。いま、めぐみ先輩に目配せしましたよね。」
さすが聖子の人間観察は抜け目ない。
まさか、竜崎相談役の影を剣で突く好機だとは言えないキララは、ごまかすのに必死になる。
「もちろん、写真同好会の宣伝にもなるし、なおかつ、総務課から報酬もでるから同好会にとって二重に美味しいの。」
「そうですか?。キララ先輩って相変わらず姉御肌ですよね。写真同好会もしきっているんですね。」
撮影当日、高杉とめぐみは撮影機材を山と抱えて、相談役室前のセキュリティーチェックを受けていた。
「どうしてカメラが三台も必要なんですか?。」
「一台はニコンのデジカメで最新の機能を備えている。二代目はライカのM3、これはコスト度外視の質感、シャッター音や巻き上げの感触、ファインダーの見えなどで、史上最高のカメラだ。三代目はダゲレオタイプ、または銀板写真と呼ばれるもので、我が家の先祖のコレクションだ。丁重に扱ってくれ、みな非常に高価なものだ。」
「機材を入れた蓋をあけても、なにを、どうやって組み立てられるのか全く想像もできません。金属探知機はピーピー鳴りっぱなしだし。仕方ありません、お二人を信用します。こんな高そうなもの下手に触って壊れでもしたら、一生借金を背負うことになりますから。どうぞ、通っていいです。」
案の定、セキュリティの人間は、機械に疎いらしく、すんなりと二人を通してくれた。
「では、竜崎相談役、ポスター撮影に入ります。写真同好会の高杉と助手の平井です。よろしくお願いします。」
撮影は順調に進んでいった。
「最後に銀板写真を撮りますので、よろしければマントをつけていただけますか?。」
「マントだと?。」
「はい、このカメラはしばらくじっとしていなければならないのが難点ですが、重厚で気品のある作品に仕上がります。このマントをつけていただければ、天の事業(株)の創業時代の趣が出るかと思います。」
「うん、そうか、いいだろう。これでいいか?。」
「はい、よくお似合いで。めぐみ、マントの裾を広げてくれ。ああ、それでいい。では、フラッシュが眩しいですが、目を閉じられませんように。はい、撮ります。」
古い大きなフラッシュから強烈な光が放たれた、そこに現れた影をすかさずめぐみが短剣で刺した。
黒い影が断末魔の叫びをあげ、痙攣したかと思うとすうっと消えた、めぐみは短剣をもとの場所に隠した。
スローモーションのように竜崎相談役が倒れたが、丈夫なマントと、厚いカーペットに吸収され、たいして音もたたなかった。
それでも、叫び声に反応して廊下で足音がしたので、ピカソは自らドアを開け、
「大変だ、竜崎相談役が発作をおこして倒れた。直ぐに、救急車を呼んでください。」
病院に搬送された竜崎相談役は三日間眠り続けた。
眠りから覚めた後、ここ数週間の記憶が消えていた。
つまり、自分が勝又代表取締役社長を追放しようとして株主総会を開こうとしていたことさえ、思い出せなかった。
その数日後、竜崎相談役は健康上の理由で、相談役を辞退し、故郷に帰っていった。
「これで、終わり?。なんだか、拍子抜けね。」
と、キララが言った通り、四人には納得いかなかった。
「めぐみが感じた邪悪な気配は消えたのか?。」
「うん、消えたけど、あの影がそうだったと、思うけど。なんかね、変な感じ。」
「変な感じって?。狐に化かされたみたいな。」
「そうだよな、簡単すぎたよな。」
ピカソは自分が書いたメモを取り出し読み始めた。
「1.竜崎相談役に近寄るのが難しい。相談役は相談役会議の時だけに天の事業部にやってくる。竜崎相談役がどこでどうして、他の時間を過ごしているのかの情報がない。
2.天の事業部にやってきても、相談役たちのいる部屋に近づくには、セキュリティーを通らなくてはならない。
どうやって、短剣をもってセキュリティーをパスすればいいのか。
3.竜崎相談役の影を短剣で刺すには、竜崎相談役が一人でいるときを選ばなければならない。
4.竜崎相談役が一人の時、竜崎相談役に気づかれずに、短剣を影にささなければならない。万が一、短剣を影に刺しても何ごとも無かった場合のことも考えておく。
5.竜崎相談役の影を刺した後、誰にも気付かれずに、逃げ出さなければならない。
6.この件に、我々が関与していることを、誰にも気づかれてはならない。
1から4はポスター撮影ということでクリアした、5は、逃げ出さないで自分から救急車を呼ぶように言ってクリアした。6も、写真同好会という隠れ蓑を使ってクリアした。しかし、何かまだ見逃しているような気がしてならない。」
「天の事業(株)の創設メンバーに話を聞いたほうがいいかもしれない。」
と、白木課長が呟いた。
「そうですね、これは自分たちでなく、他の人間にやってもらったほうがいい。」
高杉もそれに同意する。
「天の事業(株)創設物語という本を出版することにしたら?。」
「すごいぞ、めぐみ。いい考えだ。キララの会社に作家はいるか?。」
「ええ、いるわ。そうね、うちのと会社と天の事業(株)の共同出版という形になればいいわね。」
「そこは、キララに任せる。創設メンバーに話を聞いて、彼らの会話を全て、チェックしよう。なにか出てくるかもしれない。」
四人は何故か、ワクワクしている自分達に気付いた。
「地下道での短剣の探索は、楽しかったですね。」
白木課長に同意して、めぐみが応える。
「あの時は言えなかったけど、子どもの頃、洞窟を探険した時の事を思い出しちゃった。」
「写真同好会をつくったり、新しい事をするのは、人生が充実していくような幸福感がありますよね。」
「白木課長もそう思われますか?。自分もそう思っていたんです。心地よい疲れがあって。」
「最近、毎日が充実してるよね。」
キララまでが同意した。
彼らの冒険は、まだまだつづくようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます