第38話 あなたにはメイド服を
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
部屋に戻るなり枕に顔を沈めて叫んだ。こうすりゃ音も気にならないだろ。
「ハルト様、いささか不気味ですよ」
「仕方ないだろ、めっちゃ疲れたんだぞ?」
体もだが、心も疲れている。気疲れってやつだろう。
「白銀の魔女よ、お主もその格好はそろそろ改めたらどうだ?」
確かに今のエルサは俺の制服の上着を着ているだけで、ほとんど半裸だ。目のやりどころに困る。
「まだホカンスは1日あるしな。服、買ってくるよ」
「よろしいのですか? お疲れでは……」
「気にするな」
「…………」
俺は部屋を出て、さてどこで服は買えるのかと頭を悩ませた。
というか、どういう服がいいのだろうか。自分の服ですらセンスがなくて困っているのに、女物で正解の服なんて買える気がしない。
刹那を連れてくるべきだったか。……いや、あいつがいたら余計に疲れていたな。
あれだけの戦闘があったというのに、館内は静かだ。まるで俺たちなんていなかったかのように。
「……まぁ、今はこんなんでいいか」
高級ホテルでは浮いているコンビニで、普通のトレーナーとパンツを購入した。合わせて3500円。お安い。
色気も洒落っ気もないセレクトだが、無難に勝るものはないだろう。俺はそう自分に言い聞かせた。
部屋に戻りエルサに服を渡すと、エルサはすぐに立ち上がった。
「着替えてまいります」
「おう」
「覗かれますか?」
「誰が覗くか!」
余計なことを言うのは相変わらずだな。
シャワールームでトレーナーに着替えたエルサは、どこか物悲しい雰囲気だった。
「やはりスタイルいいな」
「刹那もそう思うか」
「むぅ、羨ましいことだ」
この賛辞も、エルサには届いていないようだった。どこか、抜け殻のような雰囲気を漂わせている。
結局残りのホカンスを楽しむことは出来なかった。エルサはどこか魂が抜けた感じがしており、刹那は依然として警戒しており、俺は疲れていたからだ。
竜頭蛇尾な旅になってしまったな、と帰りの車の中で思った。
車内は気まずくなるほど静かだ。空気は重く、澱んでいる。
そんな沈黙を破ったのは刹那だった。
「なぁ晴人、結局あのボウガン男は何者だったのだ?」
「組織に飼われている、特異体質者って認識でいいよな?」
なんとなく、エルサに確認をとった。
エルサの今の雰囲気を、感じたかったのだ。
「……はい。その認識で間違いありません」
「そう、か」
やはりエルサはどこか物悲しい様子だった。
その理由を、俺はなんとなく察してはいた。
「なぜ我の家に奴は来ていたのだ。奴は白銀の魔女を狙っていたのだろう?」
「たぶん、刹那はエルサを釣るための餌にされていたんだろう」
俺がそう告げると、刹那の瞳孔が大きく開いた。
「バカな! なぜ我が……」
「思い出してみれば、刹那の家に行く道中、バスでルーカスらしき人物が乗っているのを見た。たぶん、車内でエルサを殺すつもりだったんだろう。狭い車内ならクナイが不利だしな」
「ならば刹那さんにハルト様の情報を伝えたのも……」
「いや、それはたぶんたまたまだ。刹那が俺たちの家に来たのを知って、ルーカスはバスでの襲撃を思いついたんだろう」
「でも、わたくしはバスには乗らなかった」
「ここまでの貧乏とは想定していなかったんだろうな」
怖がらせるつもりはないから口にはしないが、スーパーで働いていた外国人もおそらくルーカスだったのだろう。
虎視眈々と、自分が有利になる展開を探していたはずだ。
そんな中で俺たちがホカンスという、最も警戒心が薄まりやすい状況を生み出した。
だからカラオケ屋などで、俺の気がどこまで緩んでいるか、そしてそもそもホカンスに来ているかのチェックのために接触したんだろう。しかし、ルーカスにとっても想定外だったのが一之瀬星華だ。
一之瀬星華は俺たちの警戒心を最大限まで引き上げた。しかしルーカスにとってみればもう俺たちを殺す道具は整えてしまった。だから想定外な状況で戦わざるを得なかったんだろう。その点だけは一之瀬星華に感謝だ。
俺が発した貧乏というワードで、また車内は重苦しい空気になってしまった。
相変わらず金がない。これからまた仕事を入れなければならない。はぁ、憂鬱だ。
それでも、俺は今から借金をする。
「刹那、恥を忍んで金を借りたい」
「何に使う気だ?」
「まぁその……絶対に返すから今は聞かないでくれ」
「む……」
刹那は首を傾げたが、とりあえず3万円貸してくれた。
最寄りの駅に着くと、送り届けてくれたドライバーさんは深く頭を下げて見送ってくれた。最後まで最高のサービスだったな。
「ハルト様、そのお金は生活費ですか?」
「いや、まぁ先に刹那と帰っていてくれ。俺はやるべきことがあるから」
「いえ、メイドとして同行しないわけにはいきません」
「……待て白銀の魔女よ。ここは晴人に従うぞ」
「え?」
「いいから来るのだ!」
刹那は無理やりエルサの腕を引っ張って家へ帰って行った。たぶん、俺の行動を読んで気を使ってくれたのだろう。ありがたいことだ。
俺は数分歩いて外観の派手な店に入って行った。ここに来るのは約半年ぶりだ。まだ置いてあるかな?
しばらく店内を物色したらお目当てのものが見つかった。
お目当てのものを即購入した俺は寄り道せずに、まっすぐ家に帰った。
ドアを開けるとエルサが駆け寄ってくる。心配性だな、まったく。
「いったい何を買われていたのですか? 刹那さんも部屋に戻ってしまいますし」
「いや、まぁ……エルサへのプレゼントってことで」
「プレゼント? 借金してまでですか?」
「いいから、開けてみろよ」
赤い袋をエルサに手渡した。
エルサは丁寧に赤い袋から商品を取り出した。するとエルサの目が、少し大きく開いた。
「これって……」
エルサが広げたもの、それは新品のメイド服だった。
半年前に買ったものとは細かい点で違っているが、ほとんど同じモデルだ。
「まぁその、エルサはメイド服が気に入っていたみたいだし、だからその……」
上手く言葉を紡げない。俺ってこんなに口下手だっただろうか。
「ハルト様……」
エルサはメイド服を抱き、風呂場へと駆けて行った。
布が擦れる音がする。きっと大慌てで着替えているんだろう。
風呂場のドアを開けて出てきたエルサは、もう普段通りのエルサに戻っていた。
「はは、やっぱりエルサはメイド服じゃないとな」
俺がそう言うと、エルサは俺に飛びつくように抱きついてきた。
「え、エルサ!?」
「ハルト様……ありがとうございます」
「お、おう……照れるな、なんか」
「ふふ」
「え? 笑ったか? 今エルサ笑ったか?」
抱きついてきたエルサを引き剥がして顔を見ると、ほんの一瞬だが笑顔が見えた……気がする。
「もう一度笑ってみてくれ! ほらエルサ!」
俺が急かすと、エルサはため息を吐いた。そして……
「メイド服のために借金をされるなんて、ハルト様は本当に……おバカな主人ですね」
エルサはもう一度、笑ってくれた。
不死身な俺と笑わないメイド 三色ライト @kuu3forget
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