対 峙

Yokoちー

 対 峙




 討つのは魔王城。

 誰が決めたのか? 


 そんなセオリーがあるのであれば、今、荒野で対峙している我々には勝ち目はないということか? 


 四天王、側近、腹心の部下。

 必ずいるとされる敵も蹴散らした。気力体力も限界に達している。ここで討たねば、この世界の未来はない。


 だが、ここはただの荒野だ。

 この星の荒れ果てた場所。


 昼は強い陽の光に晒され、夜は急激に気温が低下する。その変化にパキリとひび割れる地面。空気中の微々たる水分すら染み込んでもなお乾き切ったこの場所に、草木という命は育たない。

 氷河や砂漠にすら生き延びる強靭な生命があるというのに、この地に育まれた命の気配はない。

 そんな場所だからこそ、魔王と出会えた。こんな場所だからこそ、思い切り剣が振るえた。だがーーーー



 ここで奴を討てるのか? 

 このまま俺達は討ちきれるのか?



 ヒュウと鳴った喉。つつと流れる汗。

 転がされた仲間達。よろよろと立ち上がる従魔。その瞳の力は限界を超えている。


 

ーーーー対して

 もうもうと立ち昇る湯気と砂埃。絶望なまでに大きく膨らんだ魔王は、どす黒い血をペロリ舐め、なおほくそ笑む。



「お前達が守る命。そして俺が食い尽くす命」

 低く垂れ込めた地響きのような声に俺は剣をグッと握り直す。


「くくく……。どちらも命の数は平等だ。」


 片眉を上げて真意を探る。何を言いたい?


「だが、命の価値は不平等。ならばお前はどちらに価値を見出す?」

 挑戦的な赤い瞳。酷く冷静な奴に呑まれそうだ。

ーーーー強い!


 満身創痍の俺達に対し、奴はまだ余裕を感じさせる。

 

 奴を討つのは俺達のはずだ。

 人々の期待に唯一無二の仲間。そう、俺は勇者なのだ。この世界を救うべく強者。こんなところで負けるわけにはいかない。

 

 グラグラと揺らぐ自信と決意に、ふっとよぎる旅の思い出。

 『走馬燈』

 いつか聞いた仲間の話。彼女の国では死ぬ直前に自身の人生の夢を見るのだと。


「ーーーーア、アレキサンドリア!」


 茶黒い大地に視線を走らせる。

 いつもは通称で呼ぶくせに、こんなピンチのときに何故クソ面倒臭い本名なんかで呼ぶんだよと、くだらなさに舌打ちをする。


▪️▪️▪️▪️


「アックス! 何してんの? もう、信じられない!」

「ほえっ?」


 野営の準備ができて一息。安酒をごくりと飲み干し、チーズに乗せられた薄肉をひと攫いして口に入れた時だった。


 漆黒の長い髪、漆黒の瞳、サーチ。よく言って美人、悪く言ってガサツ。この星を救うために地球から転移してきたという女は、今日も俺を責め立てる。


「まぁ、言うなって。こいつは天然、まっすぐ馬鹿なんだから仕方ないって、諦めろ」

 助け船を出したのはシル。堅物の司祭の癖にサーチにゾッコン。


「ふぉふぉふぉ。ほれ、わしの分をやろう。若いもんはいいのぅ。なぁドッコイ」

 小皿に盛られた薄肉チーズを差し出したのは熊爺のスットコ。まぁ本名はスコットだが。

 そしてドッコイはブラックベア。森の魔獣、最強クラス「ゴールドベア」の亜種らしい。ゴールドの神々しい体毛が漆黒に艶やかに変化し、通常より大きい肢体。獰猛で屈強な性格。何でも喰らう雑食の凶暴な奴だがスットコの前では赤子のようにおとなしい。


 緑髪で光の加減によって赤にも緑にも色を変える特徴的な瞳を持つ俺は、アレキサンドリア。女神に勇者として選ばれた男。( 超美形!) コイツらと魔王を倒すために旅をしている。


「あーもう。これはねぇ、ピックを刺してチビリチビリ食べるのがいいの。甘トマトにメロン、これから作るところだったのに」

 チーズだけになった皿を取り上げて憤っている。知らねえよ、んなもん。腹減ってんだ。とっとと喰わせろ。


「いつもの肉と何が違うんだよ。一緒だろう? がっつり喰わせろ」

 安酒をカップに注いで文句を言えば、俺の胸ぐらを掴んで食い下がる。


「全然違うでしょ? いい、これは生ハム!

リトルスース(豚の魔物)の塩漬け。それにハーブを加えてシルの空間魔法でゆっくりじっくり寝かせながら作った一級品! ありがたーくいただく唯一無二の逸品よ。 それをあんたは……」


 迷宮に向かう途中の貧しい村。

 夜な夜な襲いくるウルフの群れを一掃し、女の魔法で柵を補強してきた。お礼にと貰った高級葡萄酒。今夜、飲むために用意したとっておきの一皿。


 それならそうと安酒を飲む前に言えと文句をつければ、ザルのように飲み干すだろうから先に酔っ払ってくれた方が都合がいいとのたまう。


 まあサーチが俺に突っかかるのはいつものことだ。なんだかんだと最終的に手合わせに持ち込まれる。ほら……。


「もう、アックスの分からず屋。いいわ、どっちが正義か、いつものように手合わせよ」


「おう、願ったりだ。その代わり、お前が負けたら俺が正義。あの生ハムとやらをガッツリ喰わせろよ」

「うっ……。いいわよ! その代わり私が勝ったら私が正義! ピック刺しを手伝う上にお上品に小指を立てて食べて貰うから」



 夕飯作りの戦線離脱。

 サーチの空間収納から竹刀(強化した木の棒)を取り出し、離れた森で相対する。まあ、いつもの光景だ。

(*空間収納……亜空間に物を収納する魔法。時間経過がなく食品や討伐した魔物を収納するのに便利。対してシルの空間魔法は次元に空間を作り出して物を入れる魔法。時間経過あり。短時間なら生き物も入れられる)



 ザッザッ。

 膝丈ほどの雑草を薙ぎ払い、ヒュウと風を感じれば俺たちの呼吸は小さく潜められる。漆黒の強い光を逸らさず、ピクリとさせる肢体の奥、筋肉や腱の動きまで肌で感じ取る。


 俺は生まれながらに勇者として、最強になるべくして、国を上げて鍛えられた男。17歳にして冒険者ランクの最高峰Sランクにまで上り詰めた男だ。どこかの星で最強と言われたとは言え、女になんか負ける要素はねぇ。


 薄曇る空に沈む太陽は容赦なく影を落とす。木々のざわめきに巣に戻りくる鳥達。チリリと虫らが声を上げる。


ーーーーそこだ!

ーーーーーーーーバシュン! ガッ! ダダン!


 瞬時に振り抜いた竹刀は空を捉え、俺の頬を叩いた漆黒の髪に怯んだ瞬間、俺は地面に転がされていた。


「はい、私の勝ち〜! ピックに小指、お約束よ」

「何だよ! 何をした?」


 突然のサーチの動き。だが読めない筈はない。俺はなぜ転がされた?


 地にうつ伏せて苦汁を舐めた俺が吠えた矢先、クスクスとシルが笑った。

「サーチも大人気ないな。でもうまくできていたよ、残像魔法」

「はぁ?! 魔法?」


 瞳を見開いて驚けば、ドッコイがどしどしとじゃれついてきた。わぁ、やめろって、遊んでるんじゃねぇんだよ!


「うふふ、ちょっと前から研究していたの!私の国には忍者っていうのがいて、分身の術〜なんて何人にも分かれる技があるの! 地球にいた時にはできなかったけど、ここで魔法を使えばこんなにうまくいくのねぇ。次は複数に分かれてみよう」

「き、きったねぇぞ! 魔法を使うなんて」


「だーかーらー、まっすぐ馬鹿って言われるの! 私、魔力が多いんだもん。何してたって魔力が溢れるって言うのは知ってるでしょ?」


 地団駄を踏んでも、勝負は勝負。


 俺は仕方なしに震える太い指でちっこい甘トマトを薄肉で包み、ハートの飾りのついたピックをグサと刺して皿に並べた。


「いい? こうやって食べてね」

 サーチは器用に親指と中指でピックを摘むと細い小指を立てながら口に運ぶ。


 あぁ、艶めいた薄桃の唇が色っぽい。

 サーチでなけりゃときめくのに……。


 この女はあれもこれもと口に運び、ハムスターのように頬をパンパンに膨らませて喰っている。

 俺と何が違うんだ?! 

 上品なグラスに並々と葡萄酒を注いだのに、下品なまでにごくっごくと一気に飲み干した奴をじっとりと見る。


 くそっ! 喰った気がしねぇ、こんなもん!

 そう思いつつ、小指を立てて口にしたピックは甘さとしょっぱさが極上の果汁を醸し出し、ただ美味いとしか言えない代物だ。

 

 酒、ピック、酒、ピック。

 交互につまみ、焼けた肉を口いっぱいに頬張って、熱いスープをぐいぐいと飲む。無限のループに俺達はガハハと品なく笑い合った。


「ふぉっふぉっ。いい飲みっぷりじゃ。さぁ、ドッコイ。こっちにおいで。わしらはこっちが様になる」


 米を発酵させて作ったどろりと粘り気のある酒壺を抱き抱え、親子のように酒を舐める熊と爺いは愉快そうだ。


 シルが腕を振るった料理を食べ、皆で酒を飲み、また明日は命を賭して魔物と戦い、魔王のもとに一歩近づく。

 俺達はこんな夜を過ごしてきたし、これからも続けていく。


「なぁ、わしらが持ってる命も、あの村の奴らが持ってる命も皆一つきりじゃ」

 陽気になってきた俺たちを見て、熊爺いがポツリと言った。ドッコイの腹に寄りかかり、しょぼしょぼと目をしばたかせている。


「じゃが、命の数は平等だが、命の価値は不平等じゃ」


 太硬いクマの腕をガシガシと撫で擦り、その毛をジャリジャリともて遊ぶ老人は、遠い目をしていた。俺は高揚した気分をそっと抱きしめ、空を見上げる。

 ぼんやりとした月とまばらな星々。焚き火の火と女が灯した派手なライトの先に漆黒の闇が広がる。


「こんなに老いぼれて、それでも仲間がいてくれる。わしの命なんざ、お前達に比べりゃちっぽけだ。いんや、この星や自然の壮大さに比べれば、誰の命もちっぽけじゃ」


ーーカチ。

 サーチが置いたグラスの音が響く。膝を抱えてうずくまる女に、シルがそっと柔らかな毛布をかけた。


「じゃが、子らの命は重い。未来を創る子らさえいれば、行く末はいかようにも明るくなる。そのためにこのちっぽけな命が役に立つならば、わしの老いも何と幸せなことか」


 ぐらり。

 ふかふかの腹毛に重い肢体を預けた爺いは、コトリ、空になった壺を転がした。

 すうすうと規則的な呼吸に、俺達はまたかと目を細める。


 ちっぽけな俺達が、またたき輝く命を守る。そう思うことでいつ終わるとも知れない旅の日々が愛おしくなる。そして揺るぎない信念となる。


 正気な神父を見張りに、俺は早々に食事の席を離脱して眠りについた。深夜の見張りは任せろと。

 さぁ、明日も早い。魔王を討ち取るアイテムをあの迷宮で手に入れるのだ。


▪️▪️▪️▪️


 旅を始めたばかりの頃。

 薄雲った月夜。


 青くあおく、にがく甘く、せつなくて愛しい旅の一夜。

 思い出した俺は、はやる鼓動をそのままに奥歯をギリと噛み締める。


 弱気になるんじゃねぇ! しっかりするんだ、俺!!

 表情そのままに必死で心を鼓舞した。



「ーーーーアレキサンドリア!」

 甲高い、頼もしい声に、知らず唇が弧を描く。

 荒野に広がった長い漆黒がぱらりと持ち上がり、そこから覗く痛みに歪んだ黒い瞳。鮮血が滲んだ頬をぐいと拭き、シュンシュンと集まる魔素を金の光に変えて立ち上がる女。漆黒の闇を秘めた瞳はまだ虹色の輝きを失ってはいない。


 パタタ。風になびく司祭服が不自然な音を立てた。

 じわり、杖を発光させた神父。地面を伝って幾重にも強化魔法が届く。

 有り難い。魔力回復薬も底をついているだろうに。


 ザッ。砂粒が低く飛び這う。

 ガサと這わせた指は、いつでも飛び起きれると言う合図。渾身の捨て身で、老体は俺すらも守ろうとしてくれる。ぐわりと感じる気迫にただただ感謝する。


 

 グルルル……ガルルル……。

 唸る従魔達が俺の側に集まってきた。

 悪い癖だと俺を励ます。


 そうだ。一人きりの奴は、勇者って言わねえんだった。


 ありがとう。俺にはずっと仲間がいる。俺こそが真の勇者ーーーー!


 俺が一番強えに決まってる! 最強の俺が沸々と蘇った。


 俺は切れ長の紫眼の中央、真紅に輝く奴の瞳を力強く見つめ返す。


「永遠の命を持つテメェに食われりゃ、そいつの価値は永遠になるって訳か?」

 口角をニッと上げた奴に問いかけた。


 鋭い爪を徐々に光らせ、嬉しそうな瞳をよこした奴は二股に分かれた長い舌をチロリと見せた。


「ーーーー俺たちは愚かだ。ちっぽけな寿命のちっぽけな命。一人二人じゃ、テメェの腹すら満たせねぇだろう」

 ちっぽけな俺の勇気に威圧をかけて盛大に膨らませる。従魔達も俺の意を汲み、盾となって魔王に対峙してくれる。



 あいつの剣に光が集まれば勝機はこちらに傾く。絶対に!!


「ほう……。随分物分かりがいい。ならば……」

「あぁ。……これが答えだ」


ーーーーカッ!

ーーーーーーーードガガガガ、ゴゴゴゴゴ


 俺たちの全力。

 転がった仲間と、みんなの従魔と。

 旅先で会った温かな人達。張り合ったライバルに育ててくれた師匠。


俺の手に、俺の拳に、俺の剣に…………


 全てを賭けて。





▪️▪️▪️▪️



 命の価値とは?


 答えは己の心にある。そして俺の命の価値は未来の子らに託そう。

 俺たちはきっと伝説になるから。





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対 峙 Yokoちー @yokoko88

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