竹の花の星

清水らくは

竹の花の星

 風が、種を運んでくる。どこかの花が咲いたのだ。

 空を見る。今回も、衛星は見えない。勝手に僕は「竹の月」と読んでいるが、それが新月のとき、花は咲くらしい。

 十年ぶりに。

 目の前の竹(これも勝手にそう呼んでいる。地球のものとは似ても似つかない)にも、多くの蕾ができている。

 花は小さく、白い。僕が調べた限り、この花の他に植物はない。ここは、「竹に覆われた星」なのである。竹の幹は茶色く、至る所にある。栄養源はわからないが、晴れた日と雨の日が交互にやってくると、よく育つ。

 竹の花が満開になると、地面が蠢く。土がこんもりと盛り上がり、穴を開ける。そこから大きな虫のような、モグラのような生物がわらわらと出てくる。そしてお互いに向かって何やら声を出して、花や種を穴の中に運ぶのである。

 花が全て枯れると、その生物は穴の中にこもってしまう。その期間は三日ほどだ。

「あなたが、人?」

「そうだよ」

「ほんとうにいた!」

 生物は驚いた後、花や種を運ぶ仕事に戻る。初めて見た時は眺めるだけだった。彼らに知能があるとは思わなかったのだ。二回目、彼らは話しかけてきたが、言葉は通じなかった。だが、出会うことを繰り返すうちに、だんだんと言葉が通じるようになったのである。

 彼らは竹の開花ののちに穴の中で子孫を得る。一年間かけて、知識を子孫へと伝えるらしい。その中に僕の情報もあったわけだ。そして親は死に、子供は眠りにつく。九年たち竹の花が咲くと、栄養源であるその花や種を穴の中に運ぶのである。

 地上に残る生物は僕だけである。不思議なことに、もう三百年は生きている。水しか飲んでいないのだが、空腹も感じない。体が竹に包まれていることと関係あるだろうか。

 そう、身動きも取れないのだ。不時着してからしばらくは、非常食などでなんとか人間らしい生活をしていた。しかし空腹に倒れた途端、竹に包まれて、空腹も痛みも感じなくなったのである。

 ただ、寂しさは残り、膨らんでいく。十年に一度しか、変化は起こらない。花のことは詳しくないが、確か竹の花がそうだったと思い、何年か一度に花を咲かせるこの星の植物を「竹」と呼ぶことにしたのだ。

 竹の花、早く咲かないかなあ。それだけを思って日々を過ごしていた。


 上弦の竹の月が見える。最近は、雨が降っていない。竹も心なしかしょんぼりしている。そうなると僕も元気がなくなる。

 風が吹く。懐かしい匂いがする。何かの焼ける匂いだ。この星には火を使う存在などいないはずである。

 山火事だ。三百年目にして初めて。

 竹にも、そして僕にも逃げる術はない。どんどんと焼けていく。暑い気はしたが、苦しいという思いはなかった。ふと自分の下半身を見ると、焼け焦げて動かなくなっていた。やっとだな、と思った。

 しばらくして、雨が降り始めた。火はすっかり消えた。そして、地面から芽が出てきた。

 生物たちが穴から出てくる。十年経たずに姿を見せるのは初めてである。心なしかいつもより皆小さい。

「ああ、すみになってる」

「さよならだ、何か」

 僕はもう、声も出なかった。

 生物たちは焼け残った竹を穴の中に運んだ。種を芽吹かせたことで、食料が足りなくなったのだろうか。聞きたいが、もう声が出ない。

 生物たちは穴に戻った。雨がやみ、光が差し込む。芽はぐんぐんと伸びる。そして、僕の体からも竹の芽が生えていた。

 意識が薄くなっていく。視界がなくなっていく。ただ、死んでいく感覚はない。「竹になっていく」と思った。

 花を咲かせたい。そんなことを思った。十年後、竹となった僕が花を咲かせ、彼らとまた出会いたい。その時、僕だと気づいてもらえるだろうか。その時も、僕は僕なのだろうか。

 もう、空を見ることもできない。ただ、風が吹いていることはわかる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竹の花の星 清水らくは @shimizurakuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ