ハロウィン・ナイト・フィーバー

MIROKU

ハロウィン・ナイト・フィーバー

 今年もハロウィンは近い。


 それは暗い気を吹き飛ばす活力であり、命の躍動である。


「兄貴はどうすんだ? 俺はギテルベウスと出かけるけど」


「ゾフィーさんと出かける予定だ」


 大学生の剴(がい)と翔(しょう)の二人も、ハロウィンを前にして浮かれた様子だった。


 生徒会長の翔と応援団長の剴は、祖父同士が兄弟であり、遠い親戚になる。


 剴の方が数ヶ月早く産まれたので、翔は兄貴扱いしていた。


「ゾフィーさん……」


 剴は脳裏に恋人ゾフィーを思い浮かべた。


 日本に来ている某富豪の家でメイドをしているというゾフィー。


 彼女の笑顔と豊かな胸に剴は心惹かれている。


 剴が頼めば、ゾフィーもコスプレしてくれるのだろうか。


「俺はさあ、ギテルベウスにコスプレ頼んだらぶん殴られたぜ」


「何を頼んだんだ?」


「セーラー○ーンなんだけどよお」


「……それはお前が悪いんじゃないか?」


 剴は弟分の翔の煩悩に、少々呆れた様子だった。


 翔は茶髪のチャラ男だが、寺の跡継ぎだ。今から先行きが心配だ。


 性格は悪くないが、寺を継ぎたくない反発心からチャラ男を装っている。


「兄貴は何を頼むんだよ?」


「ハロウィンだからといってコスプレを頼むのか?」


「いや頼むだろ。男だし。ゾフィーさん美人だし」


「な、なんと……」


 剴は唖然とした。


 実家は神社であり、神代から続く武術の遣い手にして、大学では応援団長の剴。


 現在では絶滅危惧種の純情硬派男子たる剴も、ゾフィーには弱い。


 彼の脳裏ではナースのコスプレをしたゾフィーが、艶めかしく誘惑してくる。


「おわ、兄貴が鼻血を!」


「も、問題ない……」


「エロい事あると本当に鼻血が出るなんて、初めて見たぜ!」


 翔も剴も、なんだかんだでハロウィンを楽しみにしていた。






 もちろんゾフィーとギテルベウスもだ。


「コスプレしろとか言うのよ」


 ギテルベウスはゾフィーに愚痴っていた。いや、ノロケ話かもしれない。


「はあ」


「あ、あたしにアニメの女のカッコしろとか…… 男って馬鹿すぎない?」


「わ、私だったらしてあげてもいいかなー?なんて」


「かあー、全くあなたバカねえ…… 都合のいい女にされちゃうわよ?」


 と、ゾフィーとギテルベウスもバーで話が盛り上がっていた。


 なんだかんだで彼女達もハロウィンが楽しみなのだ。


 そして女性は恋する瞬間が最も美しいかもしれない。






 バカップルの集う夜の公園に悲鳴が響いた。


「ヒャッハー!」


 なんという事だろう、五十センチほどの人形がナイフを手にしてバカップルを次々と襲っている。


 これがハロウィンの悪夢なのか。かつてハロウィンの夜には「この世」と「あの世」がつながり、無数の魔性が現れたのだ。


 ハロウィンイベントのパレードには様々な姿の怪物魔物が練り歩くが、それはかつて現実にあった光景だ。


 正体不明の魔物、それゆえに妖魔と呼ばれる。


「チ、もう誰もいやがらねえ!」


 人形は公園内を見回して毒づいた。


 狂気と暴力を体現する殺人人形の名はチャッピー。


 ハロウィンナイトには早すぎる来訪者。


 その彼は暴力的衝動を満たすためにバカップルを襲撃したが、最近はみんな逃げ足が早くなった。


「つまらねえぜ……?」


 その時、チャッピーは公園の片隅に現れた人影を見た。


 それは女の子の姿をした人形だ。


「は〜ん……?」


 いぶかしむチャッピーの見ている前で女の子の人形は、左右に両腕を振って準備体操のような事を始める。


 両腕は骨を失ったようにグニャグニャと振られている。これは恐るべき柔軟性を秘めているという事だ。


 大型のトラなどは柔軟な肉体を駆使して木に登り、疾走し、獲物を一噛みで仕留めるのだ。


 チャッピーは女の子人形の恐ろしさに気づいた上でニヤリと笑った。


 最近になって出てきたニューフェイスだ。実はチャッピーは気になっていた。外見的には美少女だからだ。


「ヘーイ、夜のデートといかねえか?」


「遠慮するわ」


 女の子人形ミリガンは鋼の意志で断った。


 チャッピーとミリガンの間に殺気が満ちた時だ。


 場に新たな人影が現れたのは。


「フ✘ック!」


 チャッピーが毒づいた。ミリガンは無表情を崩さない。


 公園に現れた新たな人影は、まるで時代劇の忍者のような黒装束姿だ。顔は般若面で隠していた。


「なんだテメエはあー!」


 チャッピーはナイフを手にして、般若面に飛びかかった。


 次の瞬間には、夜空に二条の紫電が閃いた。


「か……」


 チャッピーは空中にある内に首を切断されて、地に落ちた。


 対する般若面は大小二刀を抜いている。


 般若面の左手の脇差しはチャッピーのナイフを弾き、右手の刀は横薙ぎに首を斬り落としていた。


 刹那の間に閃いた二刀の剣技は神業にしか思われない。


 それを見ていたミリガンの思考回路は激しく大回転した。


「一体ここは……」


 般若面は戸惑った。彼はこの時代の人間ではなかった。


 時空の歪みに飲みこまれて二十一世紀にやってきた剣人だ。


 般若面は十七世紀の――


 1640年代の江戸に生きていたのだが、彼もまたハロウィン・ナイトの招かれざる客なのかもしれない。


「ん?」


 般若面が振り返れば、笑顔を浮かべたミリガンが背後にいた。


 一瞬、気を呑まれた。それほどにミリガンの笑顔は輝いていた。恋する女性は一番美しいのだ。


 そのミリガンは般若面の胸に飛びこんだ。


「ダーリン♥」


 ミリガンの発言の意味が般若面にはわからない。


 だが彼女の体から放出された電撃に般若面は悶絶した。


「うおうえー!?」


 夜空に悲鳴を上げる般若面。ミリガンだけが楽しげだ。


「バカップルめへえ〜……」


 地に転がったチャッピーの首が忌々しくつぶやいた。首をはねられてもまだ生きて?いるようだ。






 ハロウィン・ナイトに向けて、招かれざる客が次々と現れた。


 日本ではツチノコを捕獲したニュースが報道された。


 アメリカではモスマンが撮影され、その不鮮明な映像は世界中に流れた。


 もはや世界中で招かれざる客が出現しているのだ。


 主にUMAと呼ばれる未確認生物の目撃情報は日増しに増えた。


 これは世界の終末が近いのではないか、などとネットを中心に騒がれている。


「世界の終わりか……」


「何する兄貴?」


 剴と翔は大学の学食で話しこんだ。


「世界の終わりだというのなら、俺はやり遺した事をするだけだ」


「俺もだ兄貴」


 剴と翔、二人の男は同じ事を考えた。愛する女性(ひと)を思い浮かべたのである。






 ギテルベウスとゾフィーの二人は、今人気のスイーツを食べに来ていた。


「食べ残すわけにはいかないわ!」


「ですよね、未練があるのはいけないと思います」


 欧州系の美女二人は流行りのスイーツに夢中であった。


 世界が終焉を迎える前に、彼女ら二人は気になるスイーツ店巡りを楽しんでいたのだ。


「何やってんだ、お前ら……」


「あら、翔。あんたらも座りなさいよ」


「剴さん、どうぞこちらに」


「か、かたじけない……」


「お、お前はスイーツが大事なのかよ?」


「うるっさいわね、女は心の準備が必要なの! 男みたいにすぐには死ねないのよ!」


「あ、いや、まあ…… 俺はゾフィーさんとスイーツを食べられるなら幸せだ」


「わ、私もです……」


 四人の男女が紡ぎ出す思いは、果たして未来へつながるのだろうか。


 来るべきハロウィンは多くの人間にとって試練となるのではないか?


 剴と翔、ゾフィーとギテルベウスが醸し出すのは幸福のオーラだ。


 テレビではチュパカブラが現れ、射殺されたというニュースが流れていた。






 夜を迎えるたびに招かれざる客は増えていく。


 その日の夜、公園に現れたのは……


「ふほおおおお!」


 白いドレスの女が長大なチェーンソーを振り回していた。


 ――バリバリバリバリ


 チェーンソーの回転する刃は、公園の木製のベンチを真っ二つに切り裂いた。


「た、助けてくれー!」


 ベンチに腰かけていたバカップルは逃げ出した。


 線の細い儚げな女性が振り回すチェーンソーは、狂気をはらんだ迫力があった。


 ましてや女性の顔には不気味なマスクがある。


 これは人の皮で作られたマスクである。つぎはぎだらけの痛々しいマスクを装着した彼女は「プリティフェイス」と呼ばれていた。


「ほわあああああ!」


 プリティフェイスはチェーンソーを縦横無尽に振り回した。


 その様子はまるでチェーンソーを握ってダンスをしているようだった。


 何が悲しくて、このような事をするのか?


 やはりハロウィンの一人身が寂しいのだろうと推測する。






 翌日、スーパーの一角で、ハロウィン用の展示物を飾っている女性店員の姿があった。


 ――チュイーン


 女性は小型のチェーンソーでカボチャをくりぬき、ジャック・オー・ランタンを制作していた。


 大小様々なハロウィン・カボチャのジャック・オー・ランタンが次々と展示されていく。


 子ども達のみならず、大人ですら思わず笑みがこぼれる光景だ。


「ありがとう、ヒューイットさん」


 スーパーの男性店員が女性店員ヒューイットに話しかけた。


「い、いえ……」


 ヒューイットは線の細い欧州系美女だ。長い黒髪は滑らかな滝のような麗しさだ。


 暗い表情とボソボソした小声だが、男性店員はヒューイットに惹かれていた。


「は、ハロウィンの日は何か予定が?」


「え、別に……」


 ヒューイットは男性店員から目をそむけ、巨大ジャック・オー・ランタン制作に取りかかる。


 このスーパーのパート店員であると同時に、チェーンソー名人として海外では有名なヒューイット。


 その経歴を買われて、ヒューイットはハロウィン用のジャック・オー・ランタン制作をスーパーから頼まれていた。


「ま、街のパレードに参加しませんか?」


「主任(しゅにーん)、仕事してー」


「若い娘(こ)だからってナンパしてんじゃないよ、たくっ」


 パートの女性店員に毒づかれた男性店員は慌てて店の奥へ戻った。


 スーパー開店前の小さなロマンであった。


 ヒューイットの小型チェーンソーを操る手が震えている。


 彼女の心に何かが燃えた。






 某大学の校門前にはメイド服の女性が立っていた。


 学生達は欧州系美人の彼女をチラチラと横見していた。


「剴さん!」


 メイド服の女性の顔が、パッと明るく輝いた。それは光の聖女の微笑みだ。


「あ、ああすまないゾフィーさん」


 メイドに近づく人物を見て学生達は皆一様に驚いた。


 大学内で最も恐れられる男、応援団団長の剴ではないか。


 文武両道、質実剛健、絶滅危惧種の硬派男子。


 その剴が外国人女性と大学校門前で待ち合わせとは大胆不敵、傲岸不遜。


「はい、ヘルメットです。しっかり私にしがみついてくださいね」


 ゾフィーは後ろに剴を乗せ、大型スクーターを発進させた。


 電動バイクは静かだが学生の声は騒がしい。


「だ、団長が女を!」


「い、いいのかこれは! 許される事態なのか! 体育連合がだまってないかも!」


 などと騒ぎ出す学生たち。


 更に、校門前にはもう一人の欧州系美女がいた。


 緑の髪(※多分、染めているのだ)を持つ美女は化粧が濃いが、なぜか人を惹きつける。


 彼女の周りには数人の学生が集まり、話しあっている。ナンパされているのだ。


「あ、翔!」


 緑の髪の美女は、生徒会長の翔を見つけて小走りに駆けた。


 この美女はギテルベウスである。彼女は恋人の翔と待ち合わせていたのだ。


「何やってんだ、おめえ…… 男に囲まれて嬉しそうに」


「はあ、何言ってんのよアンタ? 暇つぶしに会話してただけよ」


「嘘つけ」


「何よ」


「何だよ」


 翔とギテルベウスの間に殺気が満ちて、ナンパ師達は早々と引き上げた。


 ギテルベウスは周囲を年下の男性に囲まれて、かなりウキウキしていたのは事実だ。


「お前ってやつは……」


「何よ、アンタだってバレンタインに他の女(メス)からチョコもらってたくせに!」


 翔とギテルベウスは恋人同士とは思えないような言い争いを始めた。


 侮蔑の感情をむき出しにした罵声を浴びせる二人だが、だからこそ二人は強い絆で繋がっているのだ。


「うおっしゅあー!」


 ギテルベウス、気合のドロップキックで翔は大学校門前でダウンした。


 生徒会長にして文化連合協議会会長、更には文化祭執行部長でもあった翔。


 彼は翌日から「年上の彼女を持つチャラ男」として、更に名前が知れ渡る。


「ラブコメなんか好かないわよ、ガツンといきなさいよ、ガツンと!」


 ギテルベウスは気絶した翔の胸ぐらをつかんで振り回した。女は恐いのだ。



   **



 ハロウィンが迫る。


 が、世間は盛り上がりに欠けているようだ。


 世界を覆う、戦争を筆頭とした悪意。


 それが人間の心を迷わし、悪の道に導く。


 悪意に満ちた世界は一切の光なき無明であった。


「覇王飛龍剣!」


 百八の魔星の守護神チョウガイの一撃が、無明を断つ。


 チョウガイの手にした黄金の剣は、不動明王の持つ降魔の利剣に等しい。


 その光の一閃は混沌(カオス)空間を斬り裂いた。


「俺はあの女(ひと)を守れれば、それで良い」


 天も地もない次元の狭間で、チョウガイは一人つぶやいた。






 別の混沌(カオス)空間ではフランケン・ナースが妖魔の群れと闘っていた。


「お仕置きですよー!」


 フランケン・ナースは右腕一本で大型妖魔を頭上に持ち上げた。


 土気色の肌の全身に、痛々しい縫合痕が刻まれたナース服の美女だ。


 そのフランケン・ナースの圧倒的パワーが炸裂する!


「パワフル・ナース・バックブリーカー!」


 立てた右膝に妖魔の背を落とすフランケン・ナース。


 人間として死した後、主であるレディ・ハロウィンのために人造人間(フランケンシュタイン)として蘇った彼女。


 そのヒロイン強度(超人強度と同等)は7,800万パワーにも達し、パワーだけならば超神以上なのだ。


 フランケン・ナースの圧倒的な強さに、妖魔の群れは我先に逃げ出した。


 悪意のハロウィン・パレードはおしまいだ。


 ハロウィンの喜びは、相応しい人々に訪れるだろう。


「私は、あの男(ひと)が幸せならいいです」


 フランケン・ナースもまた、一人事をつぶやいた。それは愛だ。不滅の愛だ。






 「この世」と「あの世」の狭間で口論する男女の姿がある。


「だからよお、すいませんって謝ってんじゃねえか!」


 怒鳴り声を上げるのは、百八の魔星の一人――


 天間星「入雲竜」ソンショウだ。


「なによ、人の気も知らないで!」


 声を荒らげた女性は、右フックでソンショウを殴り飛ばした。


 ソンショウの体は空中で二転三転し、地に落ちた。


「せっかく今夜はさあ……」


 緑色の髪を持つ女性はブツブツ言った。


 察するに(真の意味での)ハロウィン・ナイトに、めいっぱいオシャレしてきたが、ソンショウは全く気にしなかったらしい。


「い、いや、だってよお…… 照れ臭えし」


「はあああ〜? それくらいできないで何の男よ? タマタマついてんでしょ?」


「お前! そういう女子力低い発言さえなきゃ美人なのに!」


「むきゃー!」


 緑の髪の美女は――


 女妖魔ギテルベウスは、うつ伏せになっていたソンショウの背に飛び乗ると、キャメルクラッチで彼の背骨をへし折ろうとする。


「いでででー!?」


「麺棒で伸ばしてラーメンにしてやっからね!」


「だ、誰か助けてくれー!」


 ソンショウとギテルベウス。


 惹かれ合う二人の男女の、愛の形は特製だ。


 ソンショウは百八の魔星の一人として、死した勇士を率いて混沌(カオス)の侵攻を食い止める。


 ギテルベウスは手にした「死者の書」によって、この世とあの世を繋ごうとする。


 この世とあの世がつながった時、地上には無数の妖魔が現れるだろう。


 正体不明の魔物である妖魔による地上侵攻、それが真のハロウィン・ナイトだ。


 それを阻止するためにチョウガイ、フランケン・ナース、ソンショウは戦うのだ。


 しかし、まさかソンショウとギテルベウスが恋仲になるとは。


 互いに敵だと理解している、それでも惹かれあっている。


 男女の縁は、永遠の形だ。


「死ねえー!」


 ギテルベウスは鼻息荒くキャメルクラッチで、ソンショウの背骨をへし折ろうとする。


「女はラブコメ好かないんだよ! ガツンといけや、ガツンとー!」


 ギテルベウスの狂気と、ソンショウの悲鳴が混沌(カオス)の一角、ハロウィン・ナイトにこだました。



   **



 ずずずずう


「ぷっはあー、美味しいー!」


 ギテルベウスは野郎ラーメン店のつけめん大盛を食べ終えた。同じテーブルについた翔、剴、ゾフィーの三人は目を丸くした。


「大盛食っちまいやがった、この女」


 男の翔ですら手こずるつけ麺大盛を、ギテルベウスは苦もなく完食してしまった。


 食べ終えた後の、さわやかでキラキラした笑顔にはときめいてしまったけれども。


「なんと……」


「すごぉーい……」


 剴とゾフィーは呆然としていた。二人とも野菜たっぷりタンメンを食べている。なんというか模範的な恋人のように見える。あるいは疑似夫婦というか。


「それにしても四人とも変な夢見るとはな」


 翔もつけ麺を食べ終え、ギテルベウスの口の周りをテーブルペーパーで拭いてやる。


「ふがふが……」


 ギテルベウスは当たり前のように翔に口の周りを拭かれていた。二人の関係が伝わってくる。


「ハロウィンの守護者(ガーディアン)か……」


 剴は夢の中では、百八の魔星の守護神チョウガイだった。大学にいる時と変わらぬ応援団の長ランに、長大な木刀のような黄金の剣を手にして、魔物を打ち払っていた。


「レディ・ハロウィンかあ……」


 ゾフィーは剴の隣でぼんやりと考えた。


 夢の中のゾフィーは、レディ・ハロウィンに仕える忠実な侍女フランケン・ナースだった。


 そして愛する男(ひと)の幸せを願っていた。


「全くよう……」


 翔は夢の中ではチョウガイの同志、天間星「入雲龍」ソンショウだった。


 そしてギテルベウスに半殺しにされていた。


「あたしは楽しい夢だったわ!」


 ギテルベウスは夢の中で女妖魔ギテルベウスとして、この世とあの世を繋ごうとしていた。


 が、そんな事よりソンショウを半殺しにした事が楽しかった。それでいいのだろう。


 きつい仕事より、恋人と過ごす時間は楽しいはずだ。


 そしてチョウガイとフランケン・ナースのように、愛する者の幸せを祈る事は尊い事だ。


 思いが始まりであり、それがやがて未来を創る事に繋がるのだ。



   **



 人の意識の及ばぬ混沌(カオス)空間。


 そこで戦いが始まろうとしていた。


「僕の体にお得意の精神銃は通じないよ。僕を倒す武器があるのかい?」


 クリスタル・ボーヤは言った。


 特殊偏光性ガラスのボディーを持つサイボーグだ。見た目は小便小僧だが、右手は鋭い鉤爪になっている。


 そのクリスタル・ボーヤの眼前には、魔女のコスプレをした欧州系美少女が立ち塞がる。


 彼女は不敵に笑った。


「あるわ…… 私の魂がね!」


 美少女はデザートイーグルを構えてクリスタル・ボーヤに銃口を突きつけた。


 クリスタル・ボーヤは狂喜と共に美少女に突撃した。


 銃声が混沌空間に響き渡る。


 ハロウィンの女帝レディ・ハロウィンは、ハロウィンの概念と存在の意義を守るために、妖魔と戦うのだ。



   **



 十七世紀の日本からタイムスリップで現代にやってきた男、七郎。


 般若面に黒装束という不審ないでたちだった七郎は、AI人形ミリガンに捕獲・餌付けされていた。


「美味しい? ねえ、美味しい?」


 ミリガンは料理が上手だ。AI人形の彼女はレシピをダウンロードし、そのままに料理する。


 七郎のお気に入りはカレーライスとハンバーグだが、ミリガンは七郎の欲求通り美味しい料理を作る。


「うむ、美味い」


 隻眼の七郎が美味しそうにカレーハンバーグ(※邪道かもしれない)を食べる様子を、AIとは思えぬ満たされた笑顔で見つめるミリガン。


 二人の仲は良好だったが、蜜月は長くなかった。


「俺は戻らなければ……」


 七郎はかつて十七世紀の日本にいた。


 江戸の人々の平和を守るために戦っていた。


 やがて来る平和を祈る――


 その思いが七郎の迷いを断ち切った。


「御免」


 七郎は黒装束に般若面、腰に二刀を差してハロウィン・ナイトの街中に飛び出した。


 過去への帰還、いや自由への逃走だった。






「チ、チクショー!」


 ミリガンは七郎が部屋から逃亡した事に激怒した。本当にAIなのだろうか。


 彼女はクローゼットを開いてハロウィン用のコスプレ衣装を取り出した。






 七郎が外に出れば、夜の街は仮装した人々であふれていた。


 仮装した子を連れた父と母の姿もある。


 七郎はそれが微笑ましい。彼が命を懸けて守ろうとしたのは、このような実りある未来であった。


「え、何それ? クオリティー高っ」


「忍者のコスプレ? しぶーい」


 コスプレギャルが七郎に話しかけてきた。自身が現れた公園を目指していた七郎は足を止めた。


 七郎に弱点があるとすれば色気に弱い事だ。


 今も七郎はサキュバスやキョンシーなど、肌の露出が多い衣装のギャルに話しかけられて、般若面の奥で鼻の下を伸ばしていた。


「いやあ、こんなにキレイな娘さんが……」


「え、な、何ナンパしてんの? リップサービス?」


「うわあ、おっさんやる気?」


「うむ、殺る気はあるぞ」


 七郎、字は間違っているが、闘志は間違っていない。無数の修羅場を越えた鋼の精神が、コスプレギャルの胸を打つ。


「えー、じゃあ飲み行くー?」


 と、キョンシーのコスプレギャルが七郎の腕に抱きつこうとした時だ。


 場に殺気が満ちたのは。


「フ×ッ~×ッ……!」


 殺気を放っているのはミリガンだった。


 十代半ばほどの美少女の外見を持つAI人形ミリガンは、今宵はセクシーな黒ボンテージファッションに身を包んでいた。


 刺激的な衣装に男達の目は奪われたが、同時にミリガンの手にしたタクティカルアックスの迫力に血の気が引いた。


「あたしというものがありながら……!」


「じ、じゃ! そーいうことで!」


 七郎はミリガンに背を見せて逃げ出した。幕府隠密として全国各地を行脚した七郎だ、逃げ足の速さは一流だ。


「待てコラァー!」


 ミリガンはタクティカルアックスを握って、七郎を追いかけた。


 悩ましい黒ボンテージファッションの可憐な美少女が、タクティカルアックスを握って夜の街を駆ける……


 画になる光景だ。


 そして、早くも七郎は公園にたどり着いた。


 ハロウィン・ナイトに浮かれる若者は薄暗い公園にはいなかった。数日前にチェーンソーを手にした不気味な女が現れたからだろう。皆、警戒して来ないのだ。


 更に七郎は見た。公園の噴水の前、空間に浮かぶ黒い穴を。


 それこそ七郎が寛永の江戸で見たものと同じだった。あの穴を通って、七郎は現代へタイムスリップしたのだ。


「待てえー!」


 背後からミリガンの蛮声が聞こえた。七郎はラストスパートで黒い穴に飛びこんだ。


(いや待て)


 七郎は穴に飛びこんでから、ふと思った。


 この黒い穴が寛永の江戸に通じているとは限らないではないか。


 行き着く先は時間も空間も越えた人跡未踏、伝説の秘境ではないのか。


 そう思った時、さすがの七郎も不安と恐怖を覚えた。


 生死を懸けた勝負は一瞬で終わる。


 だから死の覚悟もできる。自分が選んだ道でもある。


 だが異界で生きていくとは、どのような事だろう。


 七郎は背後に振り返った。穴の先は無重力の空間だった。背後には七郎を追って穴に飛びこんだミリガンの姿がある。


 七郎は手を伸ばしてミリガンをつかみ、そして彼女を抱きしめた。


「一緒に来てくれ」


 無心に放った言葉がミリガンのAI乙女心を刺激した。


「…………はい」


 ミリガンは七郎の胸に抱かれて言った。


 七郎は脳裏に島原で出会った少女ウルスラを思い出した。


 天草四郎と夫婦になる約束をしていたウルスラは、祝言を挙げる事なく亡くなった。


 そのウルスラは言った。


 かつて聖(セント)ウルスラなる聖人がおり、彼女は「女性にとっての善き結婚」と「戦場における善き死」の守護者だったという。


(ウルスラ、俺に善き死を……)


 七郎はミリガンを抱きしめ時空を越えた。ミリガンも七郎に力いっぱい抱きついた。


 ウルスラは二人を祝福したのかもしれない。






 ハロウィン・ナイトをヒューイットと共に楽しんだスーパーの主任。


 彼は今、ヒューイットのアパートの部屋にお呼ばれしていた。


 ヒューイットはシャワーを浴びている。時間は夜の十一時を過ぎていた。


 これで何もない方がおかしい。主任は憧れの女(ヒューイット)の部屋で、お茶を飲んでいた。期待と不安に胸が爆発しそうだ。


 その時、シャワールームが開いた。


「ヒューイットさん……?」


 主任が振り返った先には、胸にバスタオル一枚巻いたヒューイットが――


 いや、顔に不気味なマスクをつけた「プリティフェイス」がチェーンソーを手にしていた。


「フホオオオオ!」


 プリティフェイスはチェーンソーを手にして奇妙なダンスを踊り始めた。主任の顔から血の気が引いた。

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