心湊蓮花は神憑き。〜星降る島で〜

遥 かなた

第1話 人ならざる者が集まる学園

   1

「母さん。行ってきます」

今日も変わらず仏壇の前に座り、写真に向かってそう彼は語りかけている。

薄い黄色のような金色のようなキラキラした髪色に途中で段差のついたウルフカットで所々寝癖が付いている、そんな彼の名前は心湊蓮花。

蓮花にはそこではなく彼自身の近くに母親がいるのが分かっているのに。

それでも蓮花は仏壇の写真に向かって話しかける。

ほら、今も蓮花の後ろに居るのに。

胸の辺りまで伸びた栗色の髪に白色のワンピースを着た、写真に写っている女性と同じ人が。

「いってらっしゃい」

どこからかそう優しい声が聞こえてきた。

女性自身から発している声という感じではないのだ。

でも、女性の表情はとても優しく温かい笑顔だ。

声というよりは思いなのかもしれないな。


それを聴いても、蓮花は特に驚いた様子もなく目を開け小さく微笑んだだけだった。

彼にとってはそれは日常に過ぎないのだから。

何故ならここがお寺だからだろう。

彼はお寺の子なのである。


「それじゃ、父さん。行ってきます」

玄関で作務衣を着たガタイが良く浅黒い精悍な男である父親、竹虎に向かって母親と同じ挨拶をしている。

「おう。気をつけて行ってこいよ。お前、飛行機初めてだろ。それに今までずっとここに閉じこもってたんだ。何もかもが初めての事だらけだろう。もう、大丈夫なのか?」

腕を組み難しそうな顔をしたガタイのいい男というのは不釣り合いすぎて面白いものだな。

「この俺が大丈夫でもないのに外に出るなんてリスクを犯すと思うか?俺はそんなに愚かじゃない」

蓮花は不機嫌そうに顔を歪ませた。

「ワッハハハ。それもそうだな。すまなかった。それじゃ、せいぜい楽しんでこい」

さっきの心配そうな顔からは一転、豪快に笑ったあと真剣な顔になり謝った。

この男は息子の反抗的な態度に怒ることなくむしろ、嬉しそうにしただけでなくそんな息子に対して自分の非を認め謝る事が出来るのだ。

それは中々出来る事ではない。

そんな所が僕が彼に惹かれる理由の一つでもあるのだが。

「あぁ。もちろんそのつもりだ」

蓮花はキラリと光る八重歯を覗かせ、楽しそうに笑った。これからのことを考えてワクワクが止まらないのだろう。未知の事に胸に期待を膨らませている事だろう。なんせ、春なのだから。

「よし。じゃあ、行ってこい」

そんな息子の肩をその浅黒い大きな手で叩き、蓮花と同じ八重歯を覗かせて、息子の門出を見送った。


「行ってしまったな」

蓮花の背中が見えなくなると、どこか寂しそうにそう呟いた。男のどこか寂しそうな大きな背中を見ているとどうも切ないな。

「行ってしまいましたね」

誰もいないはずなのにどこからかあの女の声が聞こえてきた。僕の嫌いなあの、竹虎の妻である春花の声。

優しくて温かい声。

そして、竹虎の隣にフワーッと現れた。

ワンピースの裾と髪がそれに伴ってフワフワと揺れている。

「蓮花は本当に大丈夫だろうか」

男はさも当然のようにそれを受け入れている。

「私とあなたの子よ。大丈夫に決まってるわ」

不安げな竹虎とは対象的に春花は1ミリも疑っていない様子でそう言い切った。

「だが、あの子は神憑きだ。それも神に気に入られてしまっている。こんな事、前例にない事だ。何が起こるか分からないんだぞ」

それでも竹虎はまだ曇った笑顔のまま、蓮花が歩いて行った方向を見つめていた。

僕はそんな顔をした竹虎を見ていたくないのだ。

彼にはあの豪快な笑顔な笑顔で笑っていて欲しい。何も心配せず、私に任せてくれていたら良いのだ。

「まあ、そうだけど。でも、あなたのお友達が学園長なのでしょ。何かあっても何とかしてくれるわよ」

一瞬考えるような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻りそう断言した。

つまりは僕に丸投げしただけだな。

まあ、それでいいのだが。

彼女は基本、楽観主義だから深く考えることをしないのだ。心配しても仕方ない事を考えたりしないし自分が出来ない事は出来る人に任せる。

でも。それくらいがいいのだ。

竹虎はいつも考えすぎなのだから。

「そうだな。あいつが居るのなら、なんとかしてくれるか」

そうそう。僕がなんとかするから安心して。

竹虎の子供だもん。

僕にとっても大事な存在なんだから。

「えぇ。私達が出来るのは見守ることくらいよ。

あの子がどうするのか。どんな出会いをしてどんな未来を歩んでいくのか。うふふ。楽しみだわ」

春花は本当に楽しそうに笑ってフワフワと揺れている。

どこか遠くを見つめるように目を細めて笑っている。

そんな彼女の姿を見て少し安心したのか嬉しそうに笑って、楽しそうな春花を見つめていた。

愛おしそうに。

やっぽりまだ、愛しているなだな。竹虎は。


まあ、仕方ない。こんなに近くに居ては。

僕は僕の出来ることをする事にしよう。

竹虎の役に立てるならこれ以上の喜びはないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心湊蓮花は神憑き。〜星降る島で〜 遥 かなた @haruka4869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る