第49話 テスト勉強

 夏が近づいてくる。それはつまり……定期テストが近づいてくる時期でもある。


「ねえ、テオ。勉強って本当に必要?」

「……必要だ」

「えー? でも私、もう結構解けるよ?」

「中間テストが低かったからな。文句ならシャルのお母さんに言ってくれ」

「ちぇー」


 今日は勉強会であった。シャルのお母さんから頼まれたのである。


 理由は中間テストの点数が低かったから。というか、教科によって点数の高低が激しかった。


 でもまあ、実際そこまで問題はないと思う。


 中間テストはシャルがまだこっちの授業に慣れておらず……なんなら日本語も完璧とは言えなかったから。たまーに読めない熟語があるくらいだけども。英語は満点だったんだけども。


 今となっては日本語も問題ないし、地頭も良いので授業にもある程度追いついている。



 古文漢文に至っては『もう一つ言語覚えるって思ったら簡単じゃない?』ととんでもない事を言って……実際、かなりスラスラと意味を理解しながら読めるようになっていた。


 マルチリンガル強すぎる、と俺が言うのもあれだけども。


 自慢……にはなるか。俺もかなりの言語は話せる。英語はもちろん、フランス語やポルトガル語。中国語や韓国語など。他にも色々と。



「……思えば俺とシャル、結構な言語喋れるよな」

「うん、そうだね。将来は通訳とかやってみる? 色んな国でさ」

「それもありかもしれないな」


 幸い俺も……多分シャルも現地に適応するのが早かったし、そこまで苦じゃなかった。なんなら楽しんでいた。


 今日来は両親のように考古学をやるのだと思っていたが、通訳とかでも良いかもしれない。


「……シャル、将来は色んな所行きたいだろ?」

「うん。テオと色んな国を旅するの、すっごい楽しいと思うんだ。――でもね」


 すっとシャルが顔を寄せてきて、ふわっとと甘く爽やかな香りが漂ってくる。


 そのまま耳元で……



「子供が産まれる時と、大きくなるまでは日本に居ないとね」



 吐息混じりの声。それが耳の奥から脳をくすぐってきて、ゾワゾワとした快楽に身を包まれる。


「もちろん子供が『海外行きたい!』って言ったら行こうと思ってるけどね」

「し、シャル……」



 でも、彼女の言葉も分かる。


 ある程度日本の事も知っておいて欲しいし、俺の場合は……割と海外でも楽しめる口だったので問題ないが、子供が出来たとして。同じとは限らない。


 それはそれとして。


「気が早すぎないか?」

「人生設計は早くて損はないよ」

「……それはそうか」


 これ、あれだな。俺が意識し過ぎてるやつだ。


 一回落ち着こう。そのためにノートに手を伸ばし――途中で手を握られて止められた。



「ところでさ。ずっと座って勉強してると健康に悪いらしいよ」

「……まだ一時間しかしてないけど?」

「もう一時間だよ。だからさ、テオ」



 ニコリとシャルが笑い――


「運動、しよ?」

「……勉強するぞ」

「ちぇー」



 そこでシャルが解放してくれた。さあ、頑張ろう。


 ◆◆◆


「終わったぁ……大変だった」

「日本史、意外と難しかったな」


 他の教科は問題なかったのだが、最後にやった日本史が思っていた以上に苦労した。


 俺も日本に帰ってきてそうだったのだが、今まで外国に居て学ぶ機会がなかったからだろう。


「世界史ならまだ分かるんだけどね。さすがに覚えるのしんどかった……かな。授業である程度覚えたって思ってたんだけど」

「まあ、数が数だからな。お疲れ様」


 その大変さは俺も少し分かる。……それでも俺がこっちに帰ってきたのは小学校四年生の秋からなので、シャルの方がずっと大変だと思う。


「……ほんと疲れたよ、テオ。ん」


 腕を広げてくるシャル。その手を握って引き寄せると……胸の中に顔を埋めてきた。


「疲れたー……んー!」


 ぎゅうっと音が鳴りそうなくらいにシャルが力いっぱい抱きしめてくる。普段二人で居る時はあまり勉強をしないから、相当疲れが溜まっていたらしい。


「……っはぁ。うん」

「満足したのか?」

「八割はね。次、テオの番だよ」

「わっぷ」


 今度はシャルに手を取られ……胸に抱かれた。甘く爽やかな匂いが強くなって、柔らかいものに顔が埋まってしまう。


「ふふ」


 シャルは楽しそうに笑い、俺の頭に顔を埋めた。匂いを嗅がれているのだと気づき、顔に血液が集まってきた。


「ちょ、さすがにそれは恥ずかし――」

「ダメ。リフレッシュしたいから」

「し、シャル……」


 しかし、名前を呼んでも彼女は何も言葉を返してくれない。ただ強く抱きしめられ、身動きを取ることも出来ない。


 そのまま十分ほどすると、シャルが小さく欠伸をした。



「ちょっと眠くなってきちゃった」

「ベッド、使って良いぞ」

「じゃあありがたく使うね。テオも」

「俺は良いんだけど」

「私がダメなの」


 シャルが手を繋いで引き寄せる。……仕方ない。


「分かったよ」

「ありがと」


 シャルがふらふらと立ち上がって、ベッドに倒れ込むように横になった。そしてぽんぽんと隣を叩いてくる。


 大人しくそこに寝転がると、シャルがまた抱きついてくる。その目はとろんとしていて、本当に眠そうだ。


「おやすみ、テオ」

「……おやすみ」

「寝てる間、好きにしていいからね」

「そ、そういうのはしないから」


 小さく微笑むシャル。目を瞑って――寝る前に一度、唇を重ねられた。


「ふふ。テスト終わったら、いっぱいしようね」

「……色んなところ行こうな」

「うん。色んなとこ行って、色んなことしよ」



 そこまで話して、ぷつりとシャルの意識が途切れた。



 呼吸が規則的なものになり、胸が小さく上下に動く。


 それはあんまり見ないようにして、天井を見上げてしばらくぼうっとした。



 ……そうでもしないと良くない感情が溢れてしまいそうだったから、という理由があったりする。


 やがて、襲いかかってくる眠気に俺は逆らう事なく。彼女の隣で眠りについたのだった。

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