第48話 雨デート 続き

「〜〜♪」


 雨が降りしきる中歩く。

 去年までは考えられなかった事だが、想像以上に楽しい。


 それも隣から聞こえてくる鼻歌のお陰かもしれない。


「ねえ、テオ」


 雨の中だと言うのに、日だまりの中に居るような笑みを見せるシャル。


「なんだ?」

「次はどこ行こっか。思い切って海とか行っちゃう?」

「水辺は危ないからダメだ」

「ふふ、知ってる」


 くすくすと楽しそうに笑うシャル。さすがに冗談だったらしい。行きたいと言ったら本当に行ってしまいそうなのがあれだけども。


「次、どこ行くかな。一応目的地は決めておかないとな」

「別に決めなくても良いんだけどね」

「気がついたら二つくらい隣の市に行ってるやつだろ。昔それで一回迷子なったし」

「覚えてたんだね、ふふ。じゃあ私、行きたいところあるんだ」

「どこだ?」

「ゲームセンター。着いてきて、テオ」


 小指を絡めて前を歩くシャル。彼女に指を引かれ、俺も足を速めたのだった。


 ◆◆◆


「ほんとにあんまり人いないね。小葉が言ってた通りだ」

「委員長達もこういう所来るんだな」


 シャルに連れられてきたゲームセンターは近いとも遠いとも言えない場所にあった。

 もっと近くにゲームセンターがある大型ショッピングモールもあったが……ここは委員長に教えられた場所らしい。


 なんとなく意外で呟いてしまうと、シャルがニコリと笑った。


「小葉と委員長、二人で色んなところにデート行くらしいよ。……にね」

「……? 学校では割とあんなだけど、ちゃんと仲良いんだな」

「そうだね。小葉が色々話してくれるけど、二人の仲はすっごく良いと思うよ」


 シャルの笑みがどこか含みを持ったものになる。なんだろう。


「私とテオも負けないくらい仲良しだって話もしてるからね」

「まあ……そうだな」



 少しだけ照れくさくなって視線をシャルから周りへと向けた。さっきシャルが言った通り、ゲームセンターは意外と人が少ない。


「ここ、意外とバスとか交通手段が少ないから穴場なんだって」

「へえ。確かにこの辺駅ないもんな」

「そうそう。だから来るとしても親子とかで、周りに学校もないから学生もあんまり来ないんだって。夏休みとか長期休暇の時は増えるらしいけど」


 なるほどなと頷きつつ、何があるのか見ていく。


 クレーンゲームやカードゲーム、シューティングゲームやレースゲームなど種類も豊富だ。


 シャルも同じように見渡して、そのブラウンの瞳がとある場所で止まった。


「あれやろうよ。エアホッケー」

「良いな。やるか」


 エアホッケーなんて何年ぶりにやるだろうか。あの頃シャルとはやらなかったし、めちゃくちゃ小さい頃にお父さんとやった時以来かもしれない。


「おおっ、空気が出てるのってこんな感じなんだね」

「初めてなのか?」

「うん。向こうではゲームセンターもそんなに治安良くなかったからね」


 あー。確かにそうだったな。

 こうして見ると、日本って全体的に治安が良いんだなって思う。もちろん例外も居るけど。


「よし、じゃあやろっか。……テオには負けないよ?」

「俺だって負けないからな。もうあの頃とは違うんだ」


 あの頃は何をやってもギリ負けてたが、今は違う。



 ――あの頃から俺も成長してるんだ。


 ◆◆◆


「ふふん。まだまだ私の方が強かったね」

「……そうだな」


 スコアは15-14。ギリギリ負けた。


 どうして負けたのかと聞かれれば――


「テオもちゃんと男の子だったんだね。揺れるものに目が行っちゃうんだっけ」

「返す言葉がありません」


 エアホッケーは意外と動く。反射神経や動体視力、そして駆け引きが重要となるゲームだ。


 ……そういうゲームなのだが、シャルがいきなり激しい動きをするという事はつまり、凄く揺れるのだ。何がとは言えないが。


 まあそれ自体は俺が悪いと言える。見なければ良いだけの話だ。しかし――


「さ、最後のあれはちょっとずるくなかったか?」

「んー? 何の事かなー?」


 ニヤニヤとしながら俺の隣に来るシャル。先程の事を思い出してしまって、彼女から視線を逸らしてしまう。


「……ずるいと思う」

「ふふ、暑かったからね。仕方ないよ。周りにも誰も居なかったからさ」

「そういう事を心配してるんじゃ……」


 シャルがニヤニヤとした目で俺を見てきて、耐えきれずに目を逸らしてしまう。


 一瞬の出来事だったと言うのに、頭の中からは離れてくれない。



 ……本当にシャルはずるいな。


 ◆◆◆


 最初に色々ありはしたものの、それからはまた色々なゲームを楽しんだ。


 レースゲームやシューティングゲーム。フィッシングゲームやダンスゲームに……スロットコーナーは未成年はご遠慮願いますと書かれていたので出来なかった。

 ……全部シャルにギリギリスコアで負けたのは何かの運命なのだろうか。


 それと、プリクラも撮った。


『そういえば高校に入ってから持ってる人を見なくなったな』と呟いた時に返ってきたシャルの言葉がとても印象的だった。


『今はスマホで済むからね。でも、そういう時代になってきたからこそ私はテオと撮りたいな。テオとプリクラを撮ったっていう思い出になるからね』


 その言葉に改めてシャルらしさを感じたのだ。そして、俺としてもシャルとプリクラを撮りたくなった。


 ……ポーズ指定とか少しだけ恥ずかしかったけど。でもシャルは喜んでたので良いと思う。



「最後は二人であれ取ろうよ」

「……ぬいぐるみか」


 シャルが見つめていた場所はクレーンゲームコーナーであった。


 思っていたより大きなぬいぐるみだ。両手が塞がる事はないだろうが、片手で抱えないといけないぐらいの大きさ。



「お互いに取ろ。プレゼント、って事でさ」

「合計で二つって事か? 取りたいには取りたいけど……」

「大丈夫だよ。小葉がここのやつは取りやすいって言っててさ。あんまり大きな声じゃ言えないんだけどね」


 声のトーンを一つ落として呟くシャルになるほどと頷く。そして、二人でクレーンゲームに近づき……シャルがじっと中を見つめた。


「んー、テオが好きそうなのはどれだろ」

「どれでも……っていうのは良くないよな。シャルが思う可愛いやつで頼む」

「任された。……んー、どうしようかな」


 悩むシャルを横目に俺もぬいぐるみを見る。


 うん、シャルならあれしか考えられないな。被ったら別のにする予定だが。


「よし、決めた! 一回で取るから見てて、テオ」

「うん、楽しみにしてる」


 シャルが百円を入れ、横から奥行きを確認する。360度動かせるレバー式ではなく、左右と前後に動かせるボタン式だ。慎重に行かねばならない。


 獲物を狩る肉食獣のように目が見開かれ、じっとタイミングを計っている。



「うん、行ける」


 シャルが確信したように頷いた。アームが降り――イルカのぬいぐるみをがっしと掴んだ。


 委員長から聞いた通り、アームはしっかりしているらしい。


 そして――


「よし! 取れたよ、テオ!」

「……凄い。まさか本当に一回で取れるとは」

「ふふ。こういうのも得意だからね。はい、テオ」

「ありがとう、シャル」


 シャルからイルカのぬいぐるみを手渡される。思っていた以上にふわふわで手触りが良いな。


「じゃあ次は俺の番だな」

「ん、楽しみにしてるね」


 こうなったら俺も一回で決めたいところだな。


 奥行きを確認しつつ、ボタンに手を置き……口を引き結んで集中する。



 少しだけ手が震えてるが……よし、大丈夫。行ける。



 その油断がいけなかった。



「あっ」


 手を離すのが一瞬遅れてしまった。降りたアームは目標のぬいぐるみを掴んだものの、途中で抜け落ちた。


「……こういうところ、決められないんだよな」

「ふふ。でも次は取れるんじゃない?」

「次は絶対取る」

「頑張って、テオ」


 大丈夫。もう感覚は掴んだ。


 改めて深呼吸をし、また集中する。


 そうしてどうにか――今度は途中で落とす事なく取れた。


「はぁ、緊張した。シャル」


 取り出し口から黒猫のぬいぐるみを取り出し、シャルへと渡した。


「ありがと。私が一番気になってたぬいぐるみ分かってたんだね」

「なんとなく、だけどな」


 シャルは猫が好きだし、この猫もデフォルメ化されてて可愛かった。


「大切にするね、テオ」

「俺も大切にするよ、ぬいぐるみ」


 イルカのぬいぐるみを抱え、気がつけば俺も笑っていた。



 また一つ、彼女との思い出が出来た……と感慨にふけるのは少しだけ早かった。


 ◆◆◆


「あー、楽しかった」

「楽しかったな」


 シャルの言葉は帰る時でも弾んでいる。昔からそうだが、体力が無限すぎるな。



 ゲームセンターで思う存分楽しんだ俺達は帰路についていた。


 片手には傘、片手にはぬいぐるみを持っているので今は小指を繋いでいない。大切なぬいぐるみを濡らしたくないしな。


「また行こう。今度は勝つからな」

「望むところだよ。……ふふ。揺れるものに耐性付けないとね?」


 イタズラっぽく笑うシャルに頬が引き攣ってしまい――次の瞬間。


「……ッ! テオ!」


 シャルに手を引かれ、俺の目は道路を向いた。



 別に車が突っ込んでくるとかそういう訳ではなくて、一瞬困惑し……道路の端にあった水溜まりを見つけて察した。



 ばしゃんっ、と水が跳ねる音がして。同時に俺は車道側に背を向けていた。


「……っとと。危なかった。シャルは濡れてないか?」

「私は大丈夫。ごめんね、テオ。気づくのが遅れて」

「大丈夫だよ。ぬいぐるみとシャルが無事だったからな」


 背中側がびしょびしょになってしまったものの、どうにかぬいぐるみは無事だ。見た感じ、シャルも大丈夫そうだ。


「……テオ、そういうところあるよね」

「ん?」

「なんでもない。早く帰ってお風呂入ろ。風邪引いちゃうよ」

「……まあ、そうだな」


 その言葉に頷き、足を早める。



「いっしょにお風呂入ろうね」

「……別々で良くないか?」

「ダメ。絶対いっしょに入るから」


 彼女の意志は固いようで……結局、帰ってからもまた一つ思い出が増える事になったのだった。

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