第1話 武術指南

 我ながらチョロいなと思う。


 皇国の首都、王城の中庭で剣を振りながら、頭の隅であの日のことを思い返していた。

(いくら一目惚れしたからといって、奴隷になって魂を移されるのは、ねえ?)

 ホムンクルスへの魂の定着は無事成功した。クロエ様はそう言ったし、以前の記憶、地球で生まれ育ち異世界に連れてこられたことも覚えている。ただ、“健全な精神は健全な肉体に宿る”という言葉もあるように、肉体に引っ張られているのか、以前の自分のことがどうにも他人事だ。実感が希薄と言えばいいのか、自分の記憶だということは理解しているのだが、思い入れが薄い。

「997、998」

(俺は藤岡理央じゃなくて、リオになったってことかね…今度クロエ様に苗字もらお)

「999、1000」

 千を数えたことで、素振りを止める。滝のような汗をタオルで拭う。

「…さすがは皇帝陛下の肝入り、ど素人がまさかここまでやるとはな…」

 呆れと称賛(俺へではなく、クロエ様へのだ)の混じった声を漏らしたのは、俺の指南役となったミリーさんだ。

 そう、この体は、鋼鉄の剣を休みなしで千回振り続けてもなお余力を残す、バケモノじみたスペックをしていたのだ。

 …とは言ったものの、目の前のミリーさんは、俺の手本として同じ回数剣を振っていたにも関わらず、汗一つかいていない。この世界の人間は、いったいどういう身体能力をしているのやら。


――


 近衛の私に下されたのは、陛下が生み出した人造生物ホムンクルスの指南役となり、武術を叩き込め、という命だった。剣を握ったこともない素人に、1から指導をしろと。もちろん、命令であれば従うのみだが、陛下の御側を離れさせられる腹いせも込めて、目一杯厳しくしてやろうと望んだのだが。

「ごっ、ごっ、ごっ、ぷはっ」

 引き合わされた人造生物――リオとやらは、体こそ出来ているが、立ち姿、体捌きは赤子同然で、指導には長い期間がかかることを覚悟した。まずは基礎の基礎、素振りから仕込むこととした。

「あの、ミリーさん、次は?」

 一振り目。これでは如何な名剣でも紙一枚斬れんだろう。

 二振り目。剣筋のブレを腕だけで押さえつけている。

 五振り目。上体に芯を通そうとし始めた。私の動きを観察し、改善しようとする姿勢は悪くない。

 十振り目。上体に芯が通る。

 二十振り目。手振りでなく、上体が連動していく。

 三十振り目。下半身が連動し始めた。

 四十振り目。踏み込みの力が剣に乗り始める。

 …

 百振り目。

「ミリーさん?」

「ちょっと黙ってろ」

「あっハイ」

 百振りだ。たった、百。

 私も若き天才と呼ばれ、異例のスピードで近衛にまで登り詰めた。初めて剣を振ってから十数年、ひたすらに腕を磨いてきた。その自信と自負があった。ただの振り下ろし?否。私の人生が乗った一振りだ。

 それを、たった百回で?

「私にこの役目が与えられたのも頷けるな」

 プライドの高い男どもなら発狂しただろうことは想像に難くない。私とて平静だというわけではないが、これは陛下からの信頼の証でもある、そう自分を宥めすかした。

 大人しく待っていたリオをジロリと睨む。

「次の型に移るぞ。剣の型は無数にある。この際だ、徹底的に仕込んでやるからな。覚悟しろ!」


――


 それから一ヶ月。俺は毎日剣を振り続けた。いや、剣だけでなく、足さばきや体の流し方、直剣や刀、短剣や盾と合わせた型、果ては徒手空拳まで!(ミリーさんに、これは剣術なんですか?と聞いたら、実戦で剣が折れたら新しい剣が届くまで敵に待っててもらうのか?と返された。答えになってない)あらゆる型を叩き込まれた。

 毎日、そう毎日だ。休み無し。文句を言おうにも、ミリーさんも毎日付きっ切りで指導してくれている。最初の日から変わらず、同じ型を同じ回数だ。いくら仕事とはいえ、むしろ仕事だからこそ、頭が上がらない。

 まあ、と言っても、この体の潜在能力ゆえか、やればやるだけ上達する実感があり、さほど文句もないのだが。


 一ヶ月経ったある日の朝。いつも通り剣を持ち中庭で待つ俺に、ミリーさんはいつもと違う指示を出した。

「今日から乱取りだ。死なないようにはしてやる」

「はい!…えっ?」

 ミリーさんに叩き込めれた通り反射的に返事をして、遅れて間抜けな声が漏れた。

 意味は分かる。実戦形式の試合ということだろう。だが、待ってほしい。俺はいつも通りの準備をしてここに立っている。それはミリーさんも同じだ。つまり、今目の前で振りかぶられた剣はしっかり真剣で――

「――ッ?!」

 慌てて剣を持ち上げる。型どおりに剣を振るい、ミリーさんの剣を受け止めた。

「こ、殺す気ですか!」

「死なないようにと言ったろう!師の言葉を聞き漏らすんじゃない!」

「っ!」

 さっきよりは余裕を持って、ミリーさんの剣を迎撃したはずだった。

「ぐっ!?」

 俺の剣は空を切り、左腕に鋭い痛みが走る。浅く切り裂かれた腕に目をやってしまい、当然、

「戦闘中に敵から目を離すとは何事だこの自殺志願者が!!!」

 バキィ!!

 側頭部を強かに打ち据えられ、俺は意識を失った。


 目が覚めたらベッドの上、となるわけもなく。

「起きんかバカモノ!」

 水をぶっかけられたことで意識が覚醒する。

「立て、続きだ」

「――はい!」

 この日は十回は気絶させられ、怪我をしていない部位がないくらい、ボコボコにされた。



 ミリーさんは、フルネームをミリー・ドラクリアという、魔人族の女性だ。

 この世界には多種多様な人々が暮らしており、大きく2種類に分けられている。

 ひとつが、天人族。もうひとつが魔人族。天人族、魔人族の中でも、身体的特徴などからさらに複数の種族に分かれるのだが、天人族と魔人族を分けることには、ある決定的な理由がある。

 頭に生える角の有無だ。

 天人族には角がなく、魔人族には角がある。加えて、天人族と魔人族の間で子を成すことはできない。極少数の例でも、子どもは若くして亡くなっている。

 血統が完全に分かたれており、外見的な区別も容易であることから、天人族と魔人族は歴史的に対立関係にある。

 閑話休題。

 ミリーさんは、魔人族の中でも運動能力に優れる竜魔族の女性で、クロエ様直属の部隊である近衛兵に、腕っぷしで選ばれた武闘派だ。

 近衛に選ばれるまでは最前線にいたらしく、実戦経験も豊富だ。指揮能力を抜きにしてみれば、皇国軍でもトップクラスの実力者である。


 そんな実力者にさらに一ヶ月間みっちりしごかれているのが、俺です。ずっとボコボコ。ミリーさん、強すぎるし容赦が無さすぎる。

 籠手を打たれて剣を取り落とせば

「刃こぼれもしていない剣を手放すとは何事だ!」

 とどやされ、

 大上段の振り下ろしを真っ向から受けてしまい、支え切れず膝を付けば

「相手の得意分野で競って負けるとは、お前は被虐趣味でもあるのか!」

 と罵倒され、

 変幻自在の高速ステップに翻弄され空振りすれば

「もっと足を動かさんか!亀にでもなるつもりか!」

 と煽られ…。

 またもや散々な一ヶ月だったが、ミリーさんのは悪態ではなくあくまで指摘で、しごきではあったがいじめではなかった。毎度あちこち斬られるので、きつくは、あったが。

 俺とてただ負けているわけではなく、何度か同じ手でやられれば対応できるようになるのだが、一つ対応しても次の手でやられ(そして罵倒され)、手を変え品を変え負かされ続けた。

 ミリーさんはとにかく戦法の幅が広かった。型を徹底的に仕込まれた後だからわかる。ただ型をなぞれるだけでは、技を修めたとは言えないのだと。決して種族的特性に胡坐をかかない、鍛え上げられた〝強さ〟がそこにはあった。

 これを間近で見続けて、憧れないものがいるだろうか。俺もあの高みへ行きたい、ミリーさんに追いつきたい。一ヶ月間苛烈なしごきを受け続けても、気持ちは萎えるどころか燃え上がった。ミリーさんと肩を並べられる存在になりたい。ミリーさんに認められたい。その目標に向かって、ひたすらに剣を振るった。

 そして、その日、ついに――


 振り下ろし、これはフェイント、突きをいなしてバックステップ、サイドステップで間を外され剣が空振る、反撃を逸らしてあえて内側へ、ショルダータックルで体勢を崩せた! 、ここからまだ急所を狙えるのか!?いやまだだ、これは苦し紛れの一撃、斬り落とされなければいい、左腕を盾に、

「っ?!」

「ハァッ!」

 ここだ!!!


 剣を振るうは右腕一本、だが威力は十分。ミリーさんの剣は俺の左腕に食い込み、俺の剣は、

 ミリーさんの首筋に、ぴたりと添えられていた。

「っっっ………っしゃあああああ!!!」

 初勝利だ!やっと、初めての一本だ!!

 歓喜が爆発し、咆哮が中庭に響き渡った。

「…参ったな。私の負けだ」

 そう言って笑い、右手を出したミリーさんを、俺は興奮のままに抱きしめた。

「ありがとうございます!ミリーさんのお陰です!!俺、俺、強くなりましたよね!?」

 この時の俺は冷静ではなかった。調子に乗っていた、ともいう。正直すっかり忘れていたが、俺は男で、ミリーさんは女である。いくら師弟と言えども、男に突然抱き着かれれば当然、

「――何をするかこのバカモノがぁああ!!」

 こうなるに決まっている。

「ぐっ、ゎ、どぅえ!」

 流れるようなボディー腹パン、振り払いからの背負い投げで地面に叩きつけられた。

「さっさと医務室で左腕を治してこい!説教はその後だ!!!」

 そう叫ぶミリーさんの顔は、あまりの怒りでか、珍しく真っ赤に染まっていた。

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クラスごと異世界召喚されて一人だけ悪の女王の奴隷になったら、超高性能ホムンクルスに魂を移されたので、王国魔法学園で無双する 燕鳥高度 @entyoucord

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