フルメナさんの秘密(1/2)

 いかなる生き物にも弱点は存在する。

 不老不死で知られるベニクラゲは、天敵のウミガメに補食されてしまえば呆気なく死んでしまう。

 斬るほどに増えるプラナリアは人差し指で潰すと死ぬ。

 あらゆる環境に適応するクマムシは殺虫剤で死ぬ。


 どんな生き物にも弱点は存在する。人間にも、そしてヴァンパイアにも。


 さて、定時制高校という環境に未だ適応できていない俺をクマムシ未満の生命体だと揶揄することは止めていただきたい。

 クラス親睦会の甲斐無く俺の孤立状態は続いていた。いや、"馴染めていない"ではなく、"馴染まない"を自らの意思で選択している。毎日の授業を聞き流す、クラスメイトと馴れ合わない、これらは声なき所信表明演説なのだ。


 ホームルームが始まるまでの時間を独り数学準備室で過ごすこともその一環である。此処は息苦しい校内において、最も自室に近しい環境だった。

 パソコンは無い、フィギュアも無い。背景を彩るは年度別に並べられた参考書だ。フルメナさんと魍魎の激闘により生まれた傷跡が視野に入ると、あの日のことが脳裏に駆け巡る。あのようなことはもう二度とごめんだ。

 しかし明かりが無い、音も無い。暗くて静かな環境は俺の心を安らげてくれた……昨日までは。


「やっぱり原作の絵が上手いと、映像化しても不満が残るわよねー。比較して見てみたけど、漫画版の方が躍動感を感じられたわよ」

 このヴァンパイアガールの口は吸血ではなく、アニメを批評する為に付いているようだ。

 クラス親睦会を終えてからフルメナさんは数学準備室に出没するようになっていた。


「待て。なんで此処で話すんだ?」


「こんな話、教室でできるはずがないじゃない」

 フルメナさんは当たり前のように言うと、また堰を切ったように辛口のレビューを語り始める。


 クラス一、いや外見だけなら県内一と言ってもいい美貌を持つフルメナさん。その中身が四年ものの引きこもりである俺を軽く上回るアニメオタクだと知られれば、表モードで積み上げてきた今の地位に少なからず影響が生じるだろう。

 そんな彼女にとって数学準備室は、素の自分でいることができる貴重な場所なのかもしれない。フルメナさんの立場になって考えてみれば、此処は本当の自分のまま、好きなことを好きなだけ語ることが出来る寄り合い場のようなものだ。

 しかし俺から言わせてもらえば此処は自身の鼓動の音さえ響くような静寂に満ちた、俗世から隔離された空間だったのだ。自らの欲求を満たすために俺のユートピアを姦しく荒らさないでほしい。


 俺はフルメナさんの話を適当に聞き流していた。内容が退屈というわけではない。先日のクラス会帰りでは彼女の熱に当てられ、俺もついつい多弁になってしまった。ただこの場所数学準備室では、俺は孤独と二人きりになりたいのだ。

 フルメナさんから距離を取るために、別の場所を探そうか?

 配食のクリームパンを口に運ぶ。滑らかな甘味が舌に絡みついた。


「ちょっと。真面目に聞いてるの?」

 あぁ、独りになりたい……。

 俺はパイプ椅子に浅く座り天井を見上げた。

 しかしその祈りは儚く破れ去る。毎日を怠惰に消費する八十億分の一俺ごときの願いを叶えてくれるほど、神様は暇ではない。


 結局フルメナさんの口を塞いだのは予鈴のチャイムだった。聞き疲れて疲労の溜まった身体には授業中の睡眠を約束しよう。

 二人並んで教室に戻ると、段ボールの子猫を見守るような妙に温かい視線を方々から感じた。俺とフルメナさんが恋仲にあるなどというあらぬ誤解は未だ続いているのだ。クラス内で初めて誕生したカップルの行方にみな興味を隠せないらしい。

 やれやれ、俺がクマムシなら恋愛という甘い噂を求めるクラスメイトはさながらクマバチのようだ。そしてフルメナさんの狂暴性はヒグマに匹敵する。且つヴァンパイアでアニメオタクという本性を知れば俺を羨ましいなどとは誰も思うまい。


「あ、フルメナちゃーん」


「本山りこさん。おはようございます」

 休み時間になると、俺と同い年ながら真逆の社交性を持つ本山さんがフルメナさんの席にやってきた。隣の席に座る俺は自然と二人のやり取りが耳に入ってくる。


「連絡先教えてー? カラオケのとき交換できなかったからさ」


「あ……すみません。また忘れてしまいました」


「そっかー。じゃあ持ってきたら声かけてよ」


「はい、必ず」


 なんてことのないやり取り、ここにフルメナさんの弱点その一が隠されていたのだ。

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定時制のヴァンパイアガール @hujirujurujuru

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