クラス親睦会(3/3)

「じゃあまた月曜日に!」


 別れの挨拶を皮切りに皆がそれぞれの帰路に就く。今日という日を通じて、このクラスは一致団結に一歩近付いたようだ(約一名を除いて)。

 一刻も早く帰りたいのは俺も同じだ。自室を求める気持ちはこの場にいる誰よりも強い。

 心労に犯された身体はまるで魍魎に取り憑かれたかのような倦怠感だった。これから重くなったこの両足に鞭を打ち、自転車のペダルを何度も何度も何度も何度も漕がなければならない。

 待ち受けている暗い未来を思うと足取りが重くなるが、すると帰宅が更に遠退く。背中に羽が生える奇跡もおこるまい、諦めて進むしかないのだ。


「穹翔ー」

 俺をこう呼ぶ女性は、お母さんを除くと一人しかいない。さっそく下の名前で呼んでくるとは、達人級の間合いの詰めようである。

 声のする方を向くと本山さんと高見沢さんが、さも嬉しそうに口角を上げていた。

 そんな二人に挟まれているフルメナさん。"表"の微笑みで取り繕いつつも、どこか顔がひきつっている。


「ごめんね、フルメナちゃん取っちゃって」


「……は?」


「二人で一緒に帰るんだよね~?」


「は!?」


「フルメナちゃん、また月曜日ね~」

 二人は満足げな表情を浮かべて夜の闇に消えていった。彼女たちの脳内では、自身が恋のキューピッドにでもなったつもりなのだろう。色恋沙汰に身を焦がしたいのならば、他人を出しに使わずに恋人を作る努力をすべきだ。俺とフルメナさんが恋人同士だというあらぬ誤解は、やはり解けていなかったようだ。あの対応なら当然である。

 あの場での釈明に失敗した最大の原因は、フルメナさんが俺に話を合わせなかったことだ。しかし当の本人は、俺に非があるかの如く鋭い視線を向けていた。

「……フルメナサン、サヨウナラ」

今の彼女は三日間何も食べていない野良犬のようなものだ。目を合わせれば俺が怪我を負うことは目に見えている。刺激すれば帰宅の時間が遅れるばかりか、無駄な疲労感が蓄積され貴重な土日を回復に当てることになってしまう。

フルメナさんが放つ雰囲気に気付かないフリをして帰ろうとすると、首根っこをむんずと掴まれた。


「せっかくだし、お話しながら帰りましょう?」

 振り向くとアルカイックスマイル。こうなると蛇と蛙である。俺はフルメナさんに連れられどこに向かうでもなく、足を動かしながら会話を交わす。


「ちゃんと親睦会に参加しろって言ったわよね。なにサボってるのよ」


「そっちこそ人を追い詰めるような真似をしておいて、その言い方は無いだろう。立って自己紹介するなんて聞いてないぞ」


「それぐらいのこと、あんた以外のクラスメイトは簡単に出来たわよ」


「…………」

 返す言葉もございません。

 俺が口をつぐむとフルメナさんは付け上がった様子で更に言葉を続けた。


「クラスの輪に入るチャンスだったのに棒に振って馬鹿みたい。あんた何しに来たわけ? あんたが今日楽しかったことって何?」


「……俺との関係を疑われて挙動不審になってるフルメナさんは見てて面白ォ痛ッ!!!」

 がら空きの脇腹に白い手刀が突き刺さる。少し反撃しようとしたらこれだ。


「私に協力しなさいって言ったわよね。あんたがクラスに馴染む努力をするのも、その内の一つよ」


「フルメナさんみたいに、嘘をついてまで輪に入ろうとは思わないがな」

 ずきずきと疼く脇腹を擦る。この痛みのお返しに、俺はどうしても彼女に一泡吹かせてやりたかった。


「嘘なんかついてないわよ?」


「おいおい、フルメナさんが十六歳なはずがないだろ」

 俺は自己紹介のときに抱いた疑問を聞かせてみせた。


「あー、あれは嘘じゃないわ。正しい年齢を忘れただけよ」


「年齢を忘れた……?」


「ヴァンパイアは不老不死なのよ?

 正しい年齢なんか覚えてないから周りに合わせたの。

 私は協調性があるのよ、誰かさんと違ってね」


「一言余計だ……。日本語が上手すぎるのも考えものだな」


「上手いに決まってるじゃない。私、日本生まれだし」


「……は?」


「いろんな国に住んでたのは本当。ただ出身は関東だけどね。今でいう埼玉の辺り」


「埼玉県……」

 自己紹介ではエジプト生まれだと言っていたはずだ。

 年齢が嘘、出身も嘘……。俺たちは何を聞かされていたんだ?


「……もしかして趣味も嘘か?

 本当はアニメもゲームも大好きなんだろ? コスプレで通学してるくらいだしな」

 俺の指摘を受けたフルメナさんは足を止めた。横を向くと、目を丸くして俺を見つめている。


「その制服、陵桜学園高等学校だろ?」


「……よく知ってるじゃない」

 自分の耳を疑う。

 それは、フルメナさんの口から初めて出てきた褒め言葉だった。


「で、あんた今期は何を追ってるの?」

 その表情は表モードの作った笑顔でもなく、アルカイックスマイルでもない、自然な微笑みだった。

 やはり俺の予想は的中した。あの自己紹介は全てが嘘だったのだ。「嘘じゃなくてキャラ作りよ」という戯言をへいへいと聞き流し、俺たちは公園のベンチに腰掛ける。LEDの街灯に照らされながら、俺たちはお互いの知識を存分にぶつけあった。


 今期放送枠から過去の名作まで、俺が培った十八年を存分に披露する。我ながら驚くほどの饒舌に脳が酸欠を起こしそうになった。

 しかも話し相手は外見だけなら誰もが振り向く絶世の美少女である。フルメナさんはさすが不老不死といった知識量で、こうなると意地を張りたくなるのはオタクの性だ。共鳴するかのごとく互いに熱を上げ、立ち上がり、唾を飛ばす。

 とうとう体力の限界が訪れたのは俺の方だった。背もたれに身体を預ける。火照った身体を夜風が癒してくれた。やはり楽しい時間はすぐに過ぎてしまうのだ。

 フルメナさんはまだまだ語り足りないらしい。俺のことなどお構いなしにアニメ論をまくし立てる。彼女の白い肌はほんのりと火照っていた。

 俺は合間に力の抜けた相槌を返すも、疲れきった脳はその内容をほとんど聞き取れなかった。覚えていたのは、フルメナさんが星空を見上げて言ったこの台詞だ。


「私もこんな風に楽しい学校生活が送りたいって、日本のアニメを見て思ったのよ。不老不死の私が千年先も覚えていられるような、素敵な思い出を残したいの」


「今日のこと、誰にも言うんじゃないわよ」と別れ際にしっかり釘を刺された。

 俺はその背中を見送りながら、フルメナさんの不思議な内面について考えた。

 完璧超人の仮面を被り、暴力ヴァンパイアとして強気に振舞い、不老不死のオタクでもある。

 そんな彼女が時折こぼす本音は一際目立って聞こえ……やはり俺は協力する気にはなれなかった。

 あくまでも俺自身の身を守るために、正体と趣味のことは黙っておいてやる。しかし学校生活に参加するつもりは更々ない。フルメナさんの綴る青春の一ページには、出演NGを突きつけさせてもらう。

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