銀曜日
川谷パルテノン
子熊
買ったのは卵とミルク。作るのはケーキ。出来上がったのは喋る子熊。私は不器用。喋る子熊は適当に部屋の中を歩き回った後、今からの予定を聞いてきた。私はケーキを作るつもりで、それが子熊になった時からその先のことを考えていない。彼は卵とミルクとあと寸分の砂糖で出来ていたはずだけれど喋ってしまうのが不都合だ。食べるに食べられない。予定はないよ今のところね。子熊は不服そうにしゃがみ込んでため息をつく。甘い香りがした。子熊は机の上に置いてあったトランプを指差して、といっても器用に曲がらないので脚を向けたのが正しいけれど、とにかくそれに興味があって、予定もないなりにブラックジャックでもどうですかと私から。私は子熊にひととおりルールを説明した。質問はなくわかったと一言。カードを配ると子熊はそれが手に持てない。卑怯じゃないかと怒りだすので先にやろうと言ったのは君だよと返す。私は少し笑ってしまう。それが頭にきたのかバタバタと前脚後脚で床を叩きつけるのだった。よくみると細かいスポンジが落ちている。ケーキのスポンジだ。君はもしかしてケーキでもあるのかい。ただこのままではバラバラになってしまうよと私は子熊をなだめた。もともと子熊だけに熊にしては小さなからだが暴れたせいでもうひとつ縮んで見えた。君に名前をつけようかね。私はよくないと思いつつも深入りしていく。子熊は言った。名前なんていらないよ。どうしてと私が聞けば子熊は自ら片脚をごそっと捥いでずっと一緒にはいられないからねと一言付け加えた。その声は遠い日々。ずっと一緒にはいられないんだ。はなればなれになった父の最後のことば。私なりに乗り越えてきたつもりが些細なことで元通りだ。君ってもしかして。質問の途中で窓がひとりでに開く。私の注意は吹き込んだ秋の風に惹かれて振り返る頃にはお皿の上にのったケーキがひとつ。不思議なことがあるものね。歪なケーキはフォークを通すとポロポロと崩れて、ケーキというよりはビスケットみたいだった。私の不器用さに似ている。不器用ながらそれだけに分量を守ったはずの塩がしょっぱくて、淹れた紅茶がちょうどいい。
銀曜日 川谷パルテノン @pefnk
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