第5話 終幕

 目的の基地に辿り着き、格納庫を見つけると、川崎と長岡はそれぞれ旧式に乗り込んだ。


 そこで川崎は自分の足が震えているのに気付いた。久しぶりの戦闘だからかと思ったが、違った。旧式は父親が乗っていた戦闘機であったのだ。実際の旧式を見て、父親の事故を思い出した。自分が見ている前で亡くなった父親の最後の絶叫が耳にこだまする。


「僕は怖いのか……?」


 そしてやっと、自分が怯えていることに気付く。事故の原因を整備不良と聞き、そんなことは二度と起こさせまいと整備科に転科したが、本当は戦闘機に乗るのが怖くなっただけではないかと。川崎は見て見ぬふりをしてきた本音に偶然だが強制的に目を向けさせられ、自覚するしかなかった。


「クソ、こんな時に!」


 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。そう思い、川崎は自らの震える太ももを叩いた。


『大丈夫か、川崎! 行くぞ!』


 機内通信が入り、長岡の声が聞こえる。


「大丈夫だ、すぐに行く」


 川崎はそう返すと操縦桿に手をかけた。その手は震えている。

 死ぬのは怖い。だが、何もせず、白川が死ぬのを待つことなんて出来ない。

 川崎は覚悟を決め、ひとつ深呼吸をすると、操縦桿を握りしめた。


「……絶対に助ける!」


 長岡と川崎の乗る機体は大空へと飛翔した。

 少し遅れて立花も基地に着くと、すぐさま旧式を起動し、後を追いかける。機内通信を繋ぐと3人は崖を目指した。


 崖に着くと、下にリュウの姿が見えた。セーフティボックスがリュウの手元にないことから、恐らく傷つけることが出来ず、諦めたのだと推測する。

 戦闘機の音に気づくとリュウはその体をうねらせながら頭を上げてきた。


『俺が正面から行く! 2人は援護に回ってくれ!』


 このメンツでは自分が一番だと思った立花が指示をし、他の2人はそれに従う。


『こんな時で悪いけど川崎、お前と白川には謝りたい。ごめん。助けたらもう一度謝らせてくれ』

『俺もだ。すまない』

「分かった、それはまた後で聞くよ。今は助けよう」

『分かった』


 立花と長岡はそう言うと、持ち場についた。川崎も操縦桿を握りながら目の前のリュウを睨みつける。だが、リュウに待つ気はなく、大きな口を開けて仕掛けてくる。


『行くぞ!!』


 立花がそう叫び、戦闘は始まった。


 戦闘の序盤は順調であった。立花が囮となって真ん中でリュウのヘイトを買い、横から長岡と川崎がリュウの体にミサイルを打ったり、連続射撃を浴びせる。だが、想定よりリュウは硬く、ダメージの通りが悪かった。しかも、リュウは学習し始め、立花を狙うふりをして長岡や川崎を攻撃しようとしたりしてくるようになった。だがそれでも2人は戦闘機を操り華麗に避け、継戦している。

 川崎のその動きに立花は内心驚いていた。直近で訓練していないのに、持ち前の操縦センスと攻撃タイミングの感覚でここまで戦えている。技術面で不安はあったがこれなら心配ない。そう確信するも、長引くと不利だと思った立花は大きく仕掛けることを決めた。


『聞いてくれ、俺は奴の弱点が顎の下だと思う。確か教科書にそう書いてあった』

「昔に読んだけど、多分合っている」

『外側で倒せるならわざわざ近づく必要はないと思ってたけど、このままじゃ埒があかねえ。俺がブレードで斬りに行く! 2人は囮を頼む!』


 そう言うと立花は戦闘機の横に搭載してあったブレードを取り出し、前で構える。


『よっしゃ、行くぜ、3! 2! 1!』


 掛け声と同時に長岡と川崎が前に出てリュウの気を引く。そして釣られたリュウが首を伸ばしたその時、立花は喉元に飛び込んだ。


『うわああッ!! やられたッ!! まずい!』


 だが、その瞬間、機内通信で長岡の焦った声がする。急いで振り返ると、長岡の機体にリュウの伸ばした爪がかすって、破損しているのが見えた。尚も追撃しようとするリュウに対し立花は急速で長岡との間に入り込み、ブレードで爪を叩きつけた。ひるんだリュウは川崎の方へと狙いを変える。


『大丈夫か! 長岡!』

『ああ! 助かった、ありがとう! 大丈夫だ、機体の操作はなんとか出来る。だがここから離脱する』

『ああ、そうした方がい──ッ川崎!! 何してる!!』


 立花の目にはリュウの爪が間近に迫っても動かない川崎の機体が映った。川崎の機体は立花の声に反応して動き始めたが遅い。川崎はさきの長岡の声に父親の叫びを重ね、あの時のトラウマがフラッシュバックしてしまい、恐怖で身がすくんでしまったのだ。

 この距離では助けに行っても間に合わないと立花は思い、川崎もやられると目を瞑った時、一筋の光とともに金属がぶつかったような重低音が響いた。 


『──郡司ッ!!!』


 そこにはリュウの爪をブレードで弾き返した旧式の姿があった。通信はなかったが、立花には中にいるのが郡司だと分かった。あの速さで機体を操り、リュウと川崎の間に体を滑り込ませることが出来るのは郡司しかいない。


「ありがとう、助かった」

『これで許されるとは思っていない。だが、俺の憧れたお前はもっと強かった。俺も心を決めた。だからお前もちゃんとしろ。白川を助けるぞ』

「ああ。もちろんだ」


 そう言うと川崎はもう一度深呼吸をしてリュウと対峙した。


 郡司の参戦により戦況は驚くほど好転し、長岡は離脱したが、残りの3人でリュウを翻弄。最後は郡司がブレードで顎を叩き斬った。







 

 ──1ヶ月後。

 結局、郡司、立花、長岡の3人は新人戦には出れなかった。それは規律違反による謹慎処分のせいであったが、操縦士としての技量が戦闘ログから評価され、謹慎明けに操縦士への復帰が認められた。これは慢性的な人員不足のおかげかもしれない。実はこの恩恵を受けた人物はもう1人いるのだが。

 こうして操縦科では郡司達の話題で持ちきりだった。が、もう一つの噂もひっそりと出回っていた。

 それは、操縦科の中で御伽噺のようなカップルが誕生したという噂だ。一人はかつて最強と呼ばれた男。もう一人はに攫われた姫だそうだ。

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かつて最強と呼ばれた操縦士とリュウに攫われた姫 和泉 @awtp-jdwjkg

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