第五十七話 生きる意味
「ん……?」
レイはゆっくりと目を開くと、どこか朧気な様子でむくりと上半身を起こし、辺りを見回す。
そこは、いつも使っている自室だ。
レイはそこのベッドに寝ていたのだ。
そして、レイのすぐ横には人影があった。
その――男は椅子に腰かけたまま、コクリコクリと居眠りをしている。
「……バラック……さん?」
段々と意識が覚醒してきたレイは、その男――バラックの名を呼ぶ。
すると、バラックはばっと意識が覚醒するとともにバランスを崩し、「うおっ!?」と声を上げて地面に倒れた。
「な、なんだ!?」
「どうしたどうした」
部屋中に響き渡ったドン、という音で、次々と部屋に人が入ってくる。とは言っても、広さの問題で数人ほどしか入れないが……
彼らは床に転がるバラックを見て、どこか呆れたような目をすると、次に上半身を起こしてキョトンとするレイに視線を向ける。
そして――
「レイが目を覚ましたぞー!」
誰か1人がそう叫ぶ。すると、それに呼応するように、皆次々と喜びの声を上げた。
「良かったーマジで良かったわ」
「マジであの時はありがとな! お陰で死なずに済んだ」
「いやーもう頭が上がらんわ」
そして、皆口々に礼を言う。なんだか収拾がつかなさそうだ。
すると――
「はーいはい。そんぐらいにしてね。レイ君目覚めたばかりだから。後は俺たちに任せてくれ」
パンパンと手を叩きながら群衆の波をモーゼのように引かせ、レイの下へ歩み寄ってきたのは――ルイ。そして、その横にはノイズがいる。
ルイはキョトンとしているレイに笑いかけると、口を開いた。
「ありがとう。君のお陰で、俺たちは助かったよ。本当に、ありがとう」
ルイは心の底からレイにお礼を言うと、頭を下げる。
「え、えっと……あ」
いきなりルイに頭を下げられ、混乱する――が、そこで何がどうして自分がこうなったのかを理解する。
(ああ。そうだ。あの時、僕はあれを使ったんだ……)
レイははっと目を見開くと、俯く。
すると、諸事情(笑)で地面に転がっていたバラックがばっと起き上がり、皆と同様に歓喜の声を上げた。
「レイ! 良かった! 目覚めて良かった~」
バラックは立膝をつき、レイが寝るベッドに顔を埋めると、おいおいと泣き始める。
(ああ。守れたんだなぁ……)
そんなバラックを見て、レイは心穏やかにそう思った。
その後少し経ち、全員落ち着いてきたところでレイ、バラック、ノイズ、ルイの4人はルイの部屋に集まった。
「さて、色々あったけど、取りあえず聞きたいな。レイ君。君が使った魔法って何?」
両手で頬杖をつきながら、ルイはどこか嫌な予感がしつつもそう問いかける。
そんなルイの言葉に同意するように、バラックとノイズも小さく頷くと、レイに視線を向けた。
「はい。僕があの時使った魔法は
シーンと、その場が静まり返る。
レイを除く3人は理解が追い付かないと言った様子で固まり――頭の中でその言葉を何度も何度も反芻する。
そして、ルイが頭を抱えながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「ちょっと待って。何か色々と凄い言葉が流れて来たけど……いや、
バラックとノイズの思いも代弁するように紡がれたルイの言葉。
レイは顎に手を当て、少し考えるように唸った後、重くなった口を開く。
「詳しい年数は分からない。だけど、少なく見積もっても5年は確実に減ってる。10年……は無いと思うけどもしかしたら……」
あの力の代償としては重いのか軽いのか、それは人によるだろう。だが、少なくともここにいる4人は全員、かなり重い代償だと判断し、顔を暗くする。
「マジかよ……」
バラックは乱暴に頭を掻きながら、どこか後悔するように俯く。
「そうなのか……」
ノイズさえも、今回は天井をただ茫然と見つめていた。
2人共、自身の弱さを嘆いているのだ。もし、自分たちが強ければ、レイがそんな無茶をすることは無かっただろうと……
「そうだね。俺たちが不甲斐なかったよ。本当に、すまない」
すると、ルイが哀愁漂う雰囲気で頭を下げた。頭であるルイが頭を下げることを、レイは見たことが無い。それはバラックとノイズも同様だ。
そのことに内心驚きつつも、レイは少し沈黙した後、言葉を返す。
「いいよ。それに、それは僕も同じだ。僕がもっと強ければ、あれを使わずに済んだんだから。だから、この話はこれで終わりにしよう。暗い話は、したくない」
だが、そう言われても気は晴れない。
何とも暗い雰囲気が流れ――
「うん。分かった。じゃ、違う話にするぞー」
……無かった。
ルイは持ち前の明るさで、気楽そうに話題を変える。
そんな変わり身に速さに、バラックとノイズは「ええ……」と完全に引いてしまった。だが、そんな視線は知らんとばかりにルイは口を開く。
「でね。今の状況なんだけど、君のお陰で死者はゼロだよ。いやー流石は
あ~凄いな~とルイは腕を組みながら感心したように言う。
「そうなんだ……良かった」
ルイの言葉に、レイはほっと安堵の息を吐く。流石にあの状況では、誰かしらは既に死んでいてもおかしくないと思っていた。だが、ちゃんと生きててくれてたようだ。
「でさでさ。君ってあの中の……リック?って人と知り合いなの?」
「うん。友達だった。でも、今は敵。また来るのであれば、容赦なく……殺す」
ルイの言葉に、レイは平然とそう言ってのける。
レイにとってはもう、リックは友達ではなく、自身の命を奪おうとした――敵だ。
だが、もっとも親しかった人ということもあってか、レイの顔には一瞬だけだが迷いが見えた。
その迷いを敏感に察知したルイは、けらけらと笑う。
「まーリックって奴はマジで理不尽の塊だったからね~。次会ったら、
そして、最後に薄ら寒い笑みを浮かべた。
「でもよーあれは流石に反則じゃねー? 何でレイと同じぐらいの年で上級魔法を完全無詠唱できんだよ。で、最後っ屁にえげつない魔法使ったしさー。あれ、何て魔法だ?」
「ああ。俺の目と耳が正しければ、あれは神級風属性魔法、
「な、マジかよ……」
「嘘だろ……」
ルイの言葉に、バラックとノイズは目を見開き、思わず言葉を失う。
一方レイは、神級魔法を知らないが故に、何故3人が驚いているのか分からず、首を傾げた。
すると、レイの疑問に応えるようにルイが口を開く。
「最上級魔法の更に上の魔法。それが神級魔法だ。天災とでも言うような魔法で、1発で街が余裕で滅ぶ。まあ、あの子が使ったのはその簡易版みたいなものだからそこまでじゃないけど。でも、本来高位魔法師が100人ぐらい集まって、長ったらしい詠唱をして、ようやく起動できるやつを個人で――それもあんな短時間で発動出来るだなんてヤバすぎる。多分、世界でも片手で数えるぐらいしかいないんじゃないかなー?」
「そうなんだ……」
レイはリックが成した偉業に、どこか自信を無くしたように俯く。
(僕はとても強くなった。だから、リックとの距離も大分縮んでいたのかと思ってた。だけど、実際はまだまだ遠かったのか……)
でも、いつかリックを超えられる。
そう信じて、今は歩き続けるしかない。
「……んじゃ、ここで話すことはここまでかな。実は、もう出発の準備に入っててね。レイ君が起きようが起きまいが、今日中にはここを出るつもりだったんだよ。脅威であることがバレた以上、この周囲一帯には居られない。ずっと遠くに行かないと」
「ああ。因みにレイは俺が担いで連れて行くつもりだったな」
「そうですね。では、そろそろあいつらも準備が終わった頃でしょう。少し見てきますか?」
「あーいいよいいよ。皆で行こう」
そうして話を終えた4人は部屋を出ると、不要な物だけが散乱した洞窟を歩き、外へと向かう。
「……そろそろだね」
洞窟の外に出ると、そこには荷物をまとめ、いつでも出発する用意が出来ている仲間たちの姿があった。
彼らは口々に洞窟から出て来た4人に挨拶をすると、レイには頭を下げ、助けてくれた礼を言う。
多くの仲間たちから礼を言われ、レイはどこか気恥ずかしい思いになり、頭を掻きながら視線を横逸らす。
「はははっ 子供っぽいなぁ」
そんなレイを見て、ルイは微笑ましそうに言う。そして、その言葉にバラックとノイズも頷いた。
一段落着き、落ち着いてきたところでルイが皆に出立を伝える。
「よーし。行くか」
「おいしょっと」
彼らは次々に重そうな荷物を背負うと、森へ入って行く。道中魔物と遭遇することも多いだろうが、それは頭であるルイと、3人の幹部が相手をするので、心配はいらない。
「じゃ、俺は先頭、バラックとノイズは真ん中らへん、レイは後方を頼むよ」
そう言って、ルイは先頭へ向かって走り出した。バラックとレイ、そしてノイズもそれに続く。
すると、バラックが唐突に立ち止まり、レイの方を向いた。
「レイ。本当に使ったことに後悔はないのか?」
何を、とは言わない。だが、何かは考えるまでもない。
レイは迷わず答える。
「思うところはあるよ。だけど、後悔は無い。大切な仲間たちを守れたんだから」
そう言うと、レイはどこか晴れやかな表情でバラックを見る。
「そうか。変わったな」
バラックは嬉しそうに笑うと、くるりと背を向け、歩き出した。その後に、ノイズも続く。
「……うん」
レイは笑みを浮かべて頷くと、雲1つない、澄んだ青空を見上げる。
「お父さん。生きる意味が増えたよ」
1つはお父さんの言葉。そして、もう1つは”黒の支配者”の仲間たち。
「おーい! 何やってんだー! 早く行くぞー!」
「あ、今行くよー!」
レイは声を上げると、仲間の下へ向かって走り出した。
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