Day30 雲壌/天地

「さ、行きましょうか。朝食が待ち遠しいわ」

 遭が黒鬼を持ち上げる。昼間よりも多少勢いをつけて抱え込んだ頭部はすんなりと、遭の腕へ収まった。短い黒髪がぱさりと乾いた音を立てる。

「改めて、これからよろしく頼むよ、遭」

 くぐもった声は布地のせいだろうか。遭は黒鬼を抱え直し、その顔を覗き込んだ。黒鬼とは違う長い黒と金の髪が落ち、刹那、世界を区切る。翡翠は未だ諦念をたたえているがすぐに溢れることはなさそうだった。

 救世主であるはずの悪魔は、

「あなたは何を食べたいかしら、黒鬼」

 微笑む。

「私のところに来るんだもの、食べ物に関しては不自由させないわ。天地神明に誓ってもいいわよ。私が食べてからだけれど」

 黄金の悪魔と呼ばれたこともあった首も、

「そうだな。今は、遭と同じものを食べてみたい。海苔は食べたことがあるが炙りたてはないし」

 微笑みを返す。

「あと、そうだ。君が食べ終わるまでは邪魔しないようにするよ、食べられてしまいそうだし。特に何かへは誓えないが、約束する」

「そこは当然ね。破った時点で対話はなしよ」

 遭は顔を上げ、首を振って黒髪を後ろへ流すと屋敷を出るべく歩き出す。黒鬼は腕の中から部屋を見渡した後、真っ直ぐに前を見据え、もう視線を動かすことはなかった。

 朝がもう、そこにある。

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救いと黄金 朝本箍 @asamototaga

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