32 一周年

 兄を殺して一周年!

 ……世間的に見ればめでたくも何ともない日である。しかし、僕にとって十一月一日は新たな門出なのだ。今となっては、だが。

 僕はリワークを受ける内に転職を決意。給料は下がったが、ストレスの少ない職場で働いている。

 兄の部屋も片付けて賃貸契約を解除した。行方不明者届を出し、七年経てば兄は死んだとみなされる。埋めた胴体や手足が見つからないよう祈るばかりだ。

 そして、兄。髪は一度も切らなかったのでずいぶん伸びた。そのおかげでいいことがあった。兄は髪を自在に動かすことができ、タッチペンを持てるようになったのである。


「兄ちゃん、もうすぐで帰るね」

「おう! 気をつけてな!」


 兄とスマホで電話ができるようになったのは嬉しい。用事もないのについ何度もかけてしまう。

 タブレットも自分で操作できるので、兄は観たい映画が自由に観れると毎日楽しそうだ。

 僕はまっすぐ家に帰り、額縁の前に置いていた兄を抱き上げた。


「ただいまー」

「おかえり奏太。ご機嫌だな」

「だって今日は生首バー行けるんだもん」


 世界は広い。探せば見つかるものだ。生首愛好家は世の中にけっこう存在していて、生首を連れていけるショットバーがあることを知ったのだ。

 生首バー「ミッドナイト・ストロベリー」には事前に審査があった。本当に喋る生首を飼っているのかどうか、映像通話で面接をしたのだ。無事合格を貰い、場所を教えてもらった。

 愛用のリュックサックに兄を詰め、電車に揺られる。兄のことを他の人に話せるだなんて。浮かれて鼻歌まで飛び出しそうだ。


「着いた……」


 予め教えられていた暗証番号を入力し、店に入った。薄暗い照明。カウンターの奥に見えるずらりと並んだボトル。バニラのようないい香り。


「いらっしゃいませ。ご予約の方ですね」


 マスターは女性だった。カウンター席に腰掛けて、早速兄を取り出した。カウンターに置くと、兄は挨拶した。


「奏太の兄の和登と申します。今夜はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします。和登さんは何か飲まれますか?」

「いえ……アルコールはあまり。奏太の分を一口頂けたらいいかと」

「生首の好みは首それぞれですものね。普段は何をお召し上がりに?」

「普段はですねぇ」


 僕は兄の口をふさいだ。さすがに初対面の女性にぶっちゃけないでほしい。


「あはっ、秘密です、あはっ」

「では……奏太さん、何になさいますか?」

「そうですね。ジントニックを」


 出来上がったジントニックを兄にも飲ませた。


「んー! 美味い!」

「よかった。連れてきた甲斐があったよ」


 マスターにこんなことを聞かれた。


「どうして和登さんは生首に?」


 兄が答えた。


「ああ、奏太に殺されて首を切られました」

「なるほど。自家製生首とは珍しいですね」


 僕は口を挟んだ。


「そうなんですか? 皆さんてっきり自分で殺すものかと」

「いつの間にか存在していたり、迷い込んだりということが多いんですよ」

「へぇ……」


 兄にとっては一年ぶりの僕以外の人間との会話だ。マスターは映画に詳しく、兄とずいぶん話し込んだ。僕は途中から話題についていけなくなったのだが、今日の目的は兄の自慢である。それが達成されたので、気持ちよくジントニックを頂いた。


「ふわぁ……飲みすぎた……」


 店を出て、僕はふわふわした気分で夜道を歩いていた。調子に乗って何杯も注文してしまったのだ。背中のリュックサックの中から兄の声がした。


「おい、ちゃんと帰れるか。職務質問とかされたらまずいぞ」

「大丈夫……大丈夫だよぉ……」

「この際金は気にするな。兄ちゃんの貯金まだあるから。タクシー乗れ」

「ふぁい……」


 兄の言いつけどおり、駅前でタクシーを拾って何とか家に帰ることができた。明日は仕事が休み。風呂に入らなくてもいいだろう。兄を抱っこしてごろりとベッドに寝転がった。


「ふふっ。兄ちゃん、今日は楽しかったねぇ」

「そうだな。また行こうな。でも今度は飲みすぎるなよ」

「兄ちゃん、ちゅー」

「んっ……」


 大好きな兄との生活は、これからも続く。

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兄の生首を飼う弟 惣山沙樹 @saki-souyama

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