31 クリスマス・イブ

 リワーク施設に通い始めてからもうすぐで一ヶ月だ。

 外出する習慣がつき、職員さんや他の利用者さんと話すこともでき、僕は順調に社会復帰に向かっている。

 兄との生活は変わらない。ベッドの定位置にいて、行ってらっしゃいとおかえりなさいを言ってくれる。例え生首でも、待ってくれている存在がいるというのはいいことだ。

 僕は予約の用紙を握り締め、ケーキ屋へ向かった。今日はクリスマス・イブ。世界が一番賑やかになる日だ。


「兄ちゃん、ただいま」

「奏太、おかえり」


 僕はケーキをローテーブルに置いた。それから、買ってあったアロマキャンドルに火をつけていった。兄にサンタ帽をかぶせると、彼は言った。


「おおっ、雰囲気出るなぁ」

「でしょう?」


 本当は、飾り付けられた街中を兄に見せてやりたい。けれど、生首を持ち歩くのは世間じゃ一般的ではないし、我慢するしかない。その代わりに、部屋の中で楽しむのだ。


「リワークで作った毛糸のツリーもあるよ」

「小さくて可愛いな」


 僕は兄をベッドからローテーブルに移した。箱を開け、ケーキを取り出した。イチゴとサンタクロースの飾りの乗った生チョコレートケーキだ。


「はい、兄ちゃんあーん」


 僕はクリームを指ですくいとって兄に舐めさせた。


「甘いな。奏太、これ食い切れるのか?」

「大丈夫だよ」


 このために夕飯は少なめにしておいたのだ。僕はイチゴから食べ始めた。好きな物は最初に食べる派である。

 サンタクロースはチョコレートでできていた。僕は身体だけをかじった。


「見て兄ちゃん、お揃い」

「おいおい、生首にするのは兄ちゃんだけにしておけよ」

「うん。人間を解体するのってけっこうしんどかったしね。兄ちゃん以外はもう殺さないよ」


 兄の身体は見つかっていないままだ。このまま土の中で骨になってくれることを祈っている。

 もし僕が捕まったら、兄はどうなるのだうと考えることはある。被害者本人として法廷に出るのだろうか。あの、証言台みたいなところに置かれるのだろうか。想像するとおかしい。


「ふふふふふーん……」


 兄がジングル・ベルを歌いだした。僕はそれを聴きながらケーキを平らげた。兄がぽつりと言った。


「ごめんな奏太。兄ちゃんは生首だから、プレゼントとか用意してやれなかった」

「いいんだよ。兄ちゃんが側にいてくれれば、それで」


 それから一緒に湯船に入り、髪を洗ってヒゲを剃ってやった後、兄をお腹の上に乗せて眠った。


 シャンシャンシャンシャン……。


 奇妙な音が聞こえてきて目が覚めた。身を起こすと、赤い服に白いヒゲをたくわえた大柄な男が立っているのがわかった。


「えっ……」

「メリークリスマス!」


 男は軽く左手を挙げた。背中には白い袋を担いでいるのが見えた。


「一体どうやって……」

「ほっほっほ。良い子供にはオモチャじゃろう。悪い大人にはこれじゃ」


 男は袋の中身を見せてきた。いくつもの生首がパンパンに詰まっていた。


「どれでも好きな生首を選ぶといいぞ」

「ええ……」


 兄にも友達が居た方が楽しいだろうか。僕は壁際に転がっていた兄を起こした。


「兄ちゃん、兄ちゃん。生首くれるって」

「おい奏太。兄ちゃん以外の生首を飼う気か?」

「生首って多頭飼いダメなの?」

「兄ちゃんは嫌だ」

「じゃあ要らないです」


 僕がそう言うと、袋の中の生首たちが一斉にすすり泣き始めた。可哀想だから一首くらい、とは思ったのだが、兄とケンカをされても困る。


「そうか……残念じゃのう。来年また来るわい」


 兄が叫んだ。


「来なくていい!」


 男は窓を開けて出ていった。僕はすっかり目が冴えてしまった。あぐらをかいて足の間に兄を置き、頭を撫でた。


「変なクリスマスだったね、兄ちゃん」

「あれ、他の悪い大人のところにも配り回っているのかな」

「あの生首たちがいい暮らしをできるといいね」


 僕は兄を持ち上げてキスをした。これからも、幸せな日々が続きますように。

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