エピソード35 この世界の真実
函館、五稜郭。
札幌で、念のために一泊と、バイクの整備、給油をして、翌日には函館に向かった2人。
午後には函館の五稜郭に着いていた。
五角形の形をした、空から見れば綺麗な五芒星に見えるこの遺跡は、元々、砲撃の際に死角を作らないように、五角形に造られたという。
戦後、ずっと敷地内には何もなかったが、近年、中心部に箱館奉行所の跡が再現されて造られた。
その箱館奉行所の跡が、今回の目的地となった。
湖上と呼ばれる男の手紙には、
(五稜郭に行け)
としか書かれていなかったが、美宇は直感として思ったのだ。
(五稜郭で一番目立つ、ここに何かある)
と。
そして、バイクを降りて、歩いて五稜郭中心部に向かった2人。
函館が「箱館」と呼ばれた江戸時代に造られた、箱館奉行所。
その中に入る。
中は、畳敷きで、箱館戦争の展示品などが置かれてある、一種の博物館だが、そこに本来あるはずがない物があった。
スクリーンだった。
大きなスクリーンで、映画や記録映像などを投影するのに使われる物で、一般的な博物館などに存在する物と変わらない。
そのスクリーンの前で立ち止まる美宇。翼はさっさと動いて、別の部屋に行く雰囲気だったが。
「何してるの、美宇?」
問いかける彼女に、美宇は一歩も動けずにいた。
そして、近づいてくる翼も足が止まっていた。
電気もなく、人気もないこの場所。
不思議なことにスクリーンが明滅し始めた。
「なに、これ。怖い」
美宇にしがみつくように、この怪異現象に恐怖する翼。
「しっ。黙って見てろ」
美宇に言われて、恐る恐る目を向けた。
そしてそこには、不思議な物が投影されることになる。
彼女たちは、ちょうど畳敷だったことを利用し、畳みの上に座って鑑賞をする。
最初に出てきたのは、60がらみの白髪交じりの男で、教会で使われるような上下一体型のような細長い黒色の衣装をまとっていた。
「ついにたどり着いたね、翼くん、美宇くん」
「誰、この人。私、知らない」
「恐らくは……」
翼の質問に、美宇が予想していることを発言しようとするも、その前に、
「私の名前は湖上」
向こうから名乗っていた。
「君たちが私のことを知らないのも無理はない。だが、君たちの記憶を改ざんしたのは私だ」
「な、何だって、このヤロウ!」
と、ただの記録映像に向かって、翼は吠えていたが、男は続け、美宇は黙って聞いていた。
「すべての真実を、今伝えよう」
そうして、彼が語り出した「真実」は恐るべきものだった。
北海道で戦争が起こる前のことだ。
日本国内では、急速な「少子化」が加速していた。
少子化というのは、「少母化」と同じである。つまり、子供を産める適齢期(一般には35歳以下)の女性が子供を産まなければ、その次の世代は必然的に減る。
減った次の世代は、母となるべき女性の絶対数が減るから、さらに少子化が加速する。
こうして「負のスパイラル」に入ってしまうと、政府がいくら「少子化対策」と言って補助金やら助成金を出しても、「人が増えない」のだ。
これは構造的にそういうものだ、と言えるし、統計データ的にそうなる。
そこで、あろうことか、政府はとんでもない「施策」をここ北海道で極秘裏に試みた。
それは、
「適齢期の女性の記憶を奪い、隔離。強制的に妊娠させることで、無理矢理人を増やす」
というもので、人道的観点も、倫理的観点も、すべてを無視した「女性の人権無視」の時代遅れ以上の愚策だった。
だが、政府がそれを慌てて実施に踏み切ったのは、近い将来、隣国が「北海道に攻めてくる」と聞いたからだ。
つまり、そのための「兵士」が欲しいため、ここで「兵士となる子供」を無理矢理作っていた。
実はこれには、「自衛隊の人員不足」も絡んでおり、少子化によって、自衛隊の応募数に対し、募集数が圧倒的に少なくなっていた現状、要は自衛隊も人手不足だった。
そこで、政府と自衛隊幹部が、徹底的な情報封鎖の元で、これを実験的措置として、極秘裏に実施。
だが、ここで美宇には疑問が残る。
(人がいない理由は何だ)
ということだ。
その理由についても、湖上は語った。
「放射能汚染と、電磁波破壊兵器のデマだよ」
集団はデマに弱く、ましてやSNSが普及した現代社会、そして日本人の「流されやすい」特性を最大限に悪用したのだ。
北海道に戦争が起こるという噂と、さらに泊原発から放射能が漏れたというデマを流し、その上、電磁波破壊兵器という嘘まで流したという。
さらに、用意周到にも北海道内にある、電波塔や携帯電話施設まで極秘裏に破壊。
慌てた民衆には、
「ただちに北海道を脱出して下さい。危険です!」
という、思いっきり「危険を煽る」情報操作をやったという。
結果、2年前には北海道から一斉に人が出て行った。
ただし、札幌浸礼教会ほか、複数の教会に強制的に隔離されていた女性は除いてだが。
それから数か月後には、北海道に隣国が戦争を仕掛けてきて、蹂躙。
予想より早い侵攻に、政府は慌てたが、計画が露見することを恐れ、女性たちはそのまま放置されたという。
しかし、攻めてきたという某共産の国の兵士すらも全然見かけない理由については、彼の口から語られず、不明だった。
もっとも、この彼の言うことが「正しい」とする保証すらなかったが。
つまり、運良く地震によって、助かったが、そうでなければ翼も美宇も死んでいたことになる。
「だが、それだけのことをしたんだ。連れ去られた女性の夫や親が、何とも思わないはずがない」
美宇の主張ももっともだった。
それについても、神父から説明が下される。
「女性については、隣国が特殊工作部隊を使って、女性を拉致したと、デマを流し、拡散した。また、これによって隣国への
「なんてことだ」
知ってみれば、まるで「
美宇も、そして翼も、唾棄すべき物を見るように、スクリーンを睨みつけていた。
「やっていいことと、悪いことがあるよ」
根が優しい翼が吠えていたが、それでも彼女の言はまだ穏やかなものだった。
「もう行こう、美宇」
だが、それでも彼女が「怒って」いたことに違いはなかった。
彼女は美宇の袖を引く。
美宇もまた、これ以上、聞くつもりはなかったから、足を動かし、立ち上がると、スクリーンに背を向けた。
「知ってみれば、実にひどい話だな」
「まったくだね。女性を何だと思ってるの」
「あんな湖上なんて野郎のこと、私は知らん」
「私も。それよりこれからどうするの、美宇?」
「そうだなあ」
箱館奉行所の建物を出て、夏の青空を見上げながら、美宇は考えていた。これから先、どうやって生きて行くのかを。
そもそも「隣国の特殊部隊に拉致された」と思われているのだ。
帰るべき場所もないし、記憶もない。
北海道から出る手段もない。
しかし、理由はどうあれ、敵国の兵士がいないことは真実だった。
つまり、北海道は政府に「見捨てられた」のだ。
ならば、考える手は、彼女には一つしかなかった。
「翼。北海道のこと、気に入ったか?」
「えっ。うん。あの映像の事実はひどいけど、北海道自体はね」
「そうか。じゃあ、また気ままに回ろう」
「そうだね。このバイクがあれば、どこでも行けるし」
彼女たちは、意を決して、歩き出した。
その先に、「人がいなくなった」北海道があっても、この大地をまた走りたいと思い直して。
(完)
終末の北海道 秋山如雪 @josetsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
バイクトーク/秋山如雪
★21 エッセイ・ノンフィクション 連載中 79話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます