色彩【ガールズラブ/テーマ:モノクロ/舞台:ファンタジー】

私の世界は暗闇だった。ずっとずーっと。

 

私の目は何も映さず何も感じず。光さえ感じなかった。

 

貴方に会うまでは。



 頭上から感じる湿り気で、これから雨が降ることを察した。

 目が見えなくても不便なことはない。大体のことは残りの感覚で判断できる。音が、匂いが、手が。私に全てを教えてくれる。

 ここには私以外の人間は誰もいない、と思う。私は目が見えない。

 昔は見えていたと思うけど、でも見えていたころの記憶さえ曖昧になってしまった。私の周りには人間どころか生き物さえ滅多に現れない。

 ざわざわと何かが動いている音がする。風の音かと思ったけれども、少し音が違う。何かが動いている音に近い。

 警戒して耳を澄ましていると、上から突然ズササササと落下音が聞こえた。

「いててて……」

 突然現れた何かに驚き、大きな声を出してしまう。

「だ、だれ!?」

「こ、こんにちは……?」

 背後から聞こえたのは女の子の声だった。なんとか音が聞こえた方へ振り向き、声をかける。

「どうしてこんなところに?」

「道に迷っていたら足を滑らしちゃったみたいで……。ここって、どこかわかりますか?」

 答えようとして言葉につまる。そういえば、ここってどこだったっけ。長い間ずっとここで過ごしていたせいで、自分がどこにいて、どうしてここにいたのかわからなくなってしまった。周りの世界がどうなっているのかも、もうわからないということに気づいた。

「ごめんなさい、私目が見えなくて」

「そうだったの!?」

 ごめんなさい、と彼女から呟かれた声は、姿が見えずともしょんぼりと落ち込んでいるのが想像できた。わかりやすい彼女に、思わずくすっと笑ってしまった。

「気にしないで。貴方は悪くないのだから」

 彼女を慰めようと彼女の肌に触れる。たまたま触れたのは手であった。彼女の手はひどく冷たくてざらざらとしていた。

「それより貴方、怪我はしてない?」

「大丈夫!ここの落ち葉のおかげでなんとか」

 彼女の手が地面を叩いたのか、下からぽふっと音が聞こえる。気づかなかったが、結構落ち葉がたまっていたということに気づいた。

「近くに大木があったからその葉っぱかな。あんなに立派な木初めてみたかも!まあ、あの木を目印にしようと近づいて落ちちゃったんだけど」

「それほど大きいの?」

「大きいよ!だからかな、ここの落ち葉も大きい気がするよ」

「そうなの?普通の葉っぱはどれくらいなの?」

「普通の木の葉はねえ、」

 彼女は私の手に触れて、実際に葉っぱに触れながら教えてくれた。「普通はこれくらいしか大きさないよ」とか、「もっとつるつるしてるよ」とか実際に手に触れて教えてくれた。

 そのほかにも彼女は、自分の知らない世界について色々教えてくれた。私の質問に彼女はなんでも答えてくれた。自分の知らない世界について知るのがとても楽しかった。

 そうしているうちに甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきた。きっと夜になったのだろう。

 暗いままだと危ないので彼女は一晩私と過ごすことになった。雨にぬれると大変だから端っこで身を寄せ合って、私たちは眠った。



 翌朝、目覚めると雨は降っていないようだった。無事を確認した彼女はくぼみから出ていった。別れる前に彼女は名前を教えてくれた。ルシャというらしい。シャノン、という私の名前と少し似ているような気がして、少しうれしかった。

 初めて私と仲良くしてくれた彼女、ルシャのことを考えながらいつものように過ごした。いつもと変わらないはずなのに、少し寂しかった。

 ある日、彼女はまた私のところまで遊びに来てくれた。今度はお花や食べ物も持ってきてくれたのだ。

「わざわざ私のために?」

「そうだよ!」

 彼女は一つ一つ私の手に触れながら教えてくれた。彼女が教えてくれる世界は私と知っているものと違って優しく楽しいものだった。

 彼女と共に過ごしていると見えない暗闇の世界に色が灯るように感じた。はじめて、時間が早く過ぎませんようにと願った。



 ある雨の日、私は変わらずいつものように過ごしていた。

 雨に濡れては大変だから、端っこに身を寄せる。すると何かが通る音が聞こえた。またルシェが来てくれたのかと思ったが、聞こえたのは複数人の男の声だった。


『おい、最近来ねえと思ったら久々に自殺願望者が来たのか』

『そういう話だぜ?いつか死体を回収するために確認しなきゃいけねえらしいけど、誰も行きたがりやしねえ』

『呪いの贄に近づきてぇやつなんかいるかよ』

『てか都合の良すぎる話じゃねえか?不死身の女を儀式のくぼみにぶち込んどけば豊穣の恵みが得られるなんてよ。その女が生きてるかもわかんねえのに』

『でも近づいたら呪われるんだろ?確認するにはリスクが高すぎる』

『だからさ、いっそ燃やしちまったらいいんじゃねぇか?』

『おい寝言は寝てるときに言えよ!どんな祟りが来るかわかんないのに』

『そんなの殺すまでわかんねえだろうが。やってみなきゃわかんねえだろ。そもそも、あんな得体もしれねえ、飯も食わねえで生きてるかどうかもわかんねえ奴を何十年とあそこにおいておくのが悪いんだよ』

『まぁでも、─はねえよな』

『だろ?だから───』

『──────』



 翌日、ルシャが私の元へやってきた。

「雨の中やってきたの?大丈夫?」

「大丈夫だよ!あまり降っていないから」

 いつも通りの声で元気に話す彼女に本題を切り出す。

「貴方、死ぬためにここまで来たんでしょう?」

 彼女の体が動いているのを感じた。きっと急いでこっちを振り替えたのだろう。

「な、なんでそのことを」

「私ね、目は見えないけど耳はいいのよ。だからね、誰かが話しているのを聞いちゃったの。『久しぶりに自殺願望者が来てた』って。ここ最近私のところまで遊びに来てくれたのは貴方だけだもの」

「で、でも、だから何よ」

「はやく、ここから離れて。貴方は貴方の生を過ごすの」

「そんなの絶対に嫌!私はシャノンと一緒に過ごすの」

「どうして?」

「だって、離れたくない。実は初めてなんだよ?こんなに誰かとお話ししたの。初めて友達だって思えたの。だから離れたりなんてしない」

「じゃあ友達の私を置いて死なないで」

 彼女の頬に触れる。頬が少し濡れていた。

「わざわざここまで来ていたならわかるでしょう?私の近くにずっといると死んでしまうの。お願い、私を置いて死なないで。お友達の願いよ。おねがい、聞いて」

「いや、ぜったい」

「じゃあ私のわがままを聞いてちょうだい。私の代わりに世界を見てほしい」

 彼女に語りかけるように、ゆっくりと話していく。

「私は一緒に行けない。私が、みんなにどう影響を与えてしまうのかわからないもの。初めて世界を愛したいと思ったの。だから傷つけたくない。私は大丈夫よ、死にはしないのだから、ね?」

 触れる彼女の肩が震える。怒りか、涙なのかはわからないけれど。

「私の代わりに世界を見てほしい。私の代わりに世界を愛して。お願いね」

 私の最後の言葉を聞いた彼女は、私の手から体を離す。無事にくぼみから脱出したみたい。きっと彼女は二度とここまで来ないだろう。よかった。これで安心して眠ることができる。

 彼女がどうして死のうと思ったのかわからない。でも、それでも、どうか、この世界を愛してくれますように。ただそう願った。

 嗚呼、でも。もし、彼女と共に世界を見ることが出来たら、どれほどよかっただろうか。ふと心に湧いた願いは炎に熔けた。



私の視界はモノクロだった。貴方に出会うまでは。


死を決意した先で出会った貴方は、やさしさと温かさに包まれた人だった。


何が呪いだ。よりこの世界のことが憎くなった。


でも貴方とお話するために、貴方に世界を伝えるために、目に見える世界を一生懸命観察したの。


貴方を中心に、世界に色彩がうまれた。


とても憎かった世界なのに。でも貴方が愛している。


そう思っているだけでとても愛しく思えるの。


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どこかのだれかの物語集 秋宮 @akimiya01

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