不幸を呼ぶ十字架

@kankouha

第1話

 私は、祖父の代まで神主をしていた。私自身は、神主でもなければ、坊主でもないただの人です。特に、霊感があるわけでもなく、これまで、不思議な体験すらしたこともありません。

 そんな私の実家には、稲荷神と氏神様を祭る小さな2つの祠があります。それぞれ、丘の中腹と入口に鎮座しているのですが、時々、昔からの知り合いがお参りに来ることがあるので、毎日の掃除は欠かせません。

 さて、そんなある日のことです。私がよく行く個人経営の古着屋があるのですが、そこの店主が、我が家に十字架を持ってきたのです。

「店主も遂に阿漕な商売をやめて、キリスト教に改心ですか?よい心がけです。少しは、そのせこい性格も治るのでは?」

「そんなわけあるか。俺は、昔から付き合いのあるお前の家の祠にこれを奉納しようと思ってきたのだ」

 稲荷神の横には、納札箱(場)があり、近所の人が時々、お守りなどを収めていくのです。時々、変わった物を入れていく人もいますが、どうやら稲荷様の力が強いらしく何事もなくどんど焼きで一緒に燃やしてしまいます。私の祖父や祖母が生きていたころは、ずいぶん遠くから来られる方もいたらしいのですが、今では、燃やすものと言えば、家で使った正月飾りぐらいです。

 そうそう、古着屋の店主が持ってきたのは、ずいぶん古めかしい小さな十字架でした。シルバーにキリストが彫られている典型的な十字架で、親指ほどの大きさでした。そういえば、ずいぶん昔に見たことがあるような気もしたが、似たようなデザインはいくらでもあるので、単なる勘違いだと思い、そのまま、店主との話をつづけた。

「残念ですが、金属は燃えませんので、お引き取りください。」

 私は、そもそも、燃えないだろうと思って、店主に言った。

「聞いてくれよ。とにかく、俺の話を」

「まー、聞かないこともない。」

 たわいもないやり取りをしていると、店主は、この十字架について話し始めた。

「この十字架を持っていると、必ず怪我をする。しかも、決まって右足。」

 店主が言うには、必ず、店主の店に戻ってくるそうだ。最初は偶然かと思ったのと、安く買って、高く売れていたので、ラッキーだと思っていたのだが、さすがに何度も続くと気味が悪くなり、持ってきたというわけだ。

「もっと大きな神社なり、教会なり、お寺なりの持って行っては。」

 私は、店主に言うと店主は、それができれば苦労しない。とのこと。

「だから、寺に持っていこうとすると、絶対家に忘れるんだって。」

「・・・・・・、ばかなの?」

「そうじゃない。今日こそは、とバックに入れたにもかかわらず、お寺に着くとないのよ。何度恥をかいたことか。わかるか、お前にこの気持ちが。」

「わかりかねますが。店主がバカなだけでは。」

「だから違うって。」

「でも今日は持ってこれたと。」

「それに、この十字架があると、売り上げが落ちるのだよ」

 店主は、十字架を店に出しているととにかく物が売れないそうだ。そして、十字架が売れるとまた、物が売れだすとのこと。

「やっぱり、バカなの?」

「だから、違うって。」

 このやり取りにも飽きてきたところで、そろそろ真面目に話を聞こうと十字架を手に取ってみると、ずいぶん古い物のようだが、どこか温かみのある、懐かしい感じのする十字架だった。

「じゃあ、あとは、よろしく」

「待て待て」

 と言ったときには、店主はすでに家を出て行ってしまっていた。

 十字架を預かって、数日が経ったが、私の身には何も起きなかった。そういえば、店主から、どのくらいで、効果?(怪我)をするのかを聞いていなかった。さらに数日が経ち、私が、十字架の存在を忘れかけたころに、また、店主が我が家にやってきた。

「どうだ?怪我した。」

 満面の笑みで私にそう尋ねた店主だった。

「すいません。あいにくと怪我は、しておりません。」

 どこにしまったか忘れかけていたが、そういえば、仏壇に供えていたので、とってこようとしたが、店主に止められた。

「いや、いいよ。持ってこなくて、それよりも、その十字架の持ち主という人から連絡があってな。見たいそうだ、十字架を」

「そうなの、いつ?」

「明日の10時に着くって。」

「それは、えらい急だな」

「まあ、元の持ち主に返るのなら、それに越したことはないからな」

「売るんじゃなくて、返すんだな」

 どうせ、この店主のことだ。弱みに付け込んで、高値で売ろうとしているに違いないと思った私は、念を押すように言った。

 そして、次の日、私は仏壇から例の十字架を取ると、そのまま、ハンカチに包んで、ポケットに入れた。

 店主との約束では、古着屋の隣にあるファミレスで落ち合うことにしているとのことだった。

 ファミレスの前はバイパス道路で、結構広めの交通量の多い道路になっていたが、信号と横断歩道があるおかげで、安心して渡れるようになっていた。その時、事件は起きた。

 私が赤信号のため横断歩道の前で待っていると、急に右足首に激痛が走ったのだ。そして、思わずしゃがみこんだところへ、頭上僅か3cmのところを車が通り抜けていった。まるで映画のようだったが、私はそれどころではなくぼんやりと飛んで行った車を見ていた。そして、気が付くと、うそのように右足首の激痛がなくなっていた。周りは大騒ぎになっていたが、私には何ともなかったし、救急車や警察もすぐに来たおかげで、救急車に乗せられ、警察にも事情聴取をされ、結局、ファミレスに着いたのは、2時間後になってしまった。

「すごかったな!」

 私が到着するなり、店長は声をかけてきた。すでに店についていた店主は、事故現場を見て、興奮している様子だった。私としては、命が救われたことよりも、さっきの痛みの方が気になっていた。

「持ってきたよ。」

 と私は、席に着くなり、ハンカチに包まれた十字架を店主に見せた。店主は、嬉々としていた。私が助かった時に左足を押さえるような仕草をしていた姿を見ていたのだ。

「やっぱり、呪いがあるんだよ。」

「俺、死んでないし。」

「確かに、寧ろ、命が助かっているわけだから、不幸なのか?」

 店長は、頭を捻りながら、勝手に唸っている。そこへ、店長のスマホに着信があった。例の外国人からの連絡だ。

「HELLO。Yes、wait、もう来るって」

「店長、意外なんですけど、英語、いけるんですね。、意外でした。」

「日常会話ぐらいは、できるよ。商売人なら誰でも。今時おじいちゃんやおばあちゃんだって話ぐらいできる。」

 そんな話をしていると、そこへ、イギリス系の外国人が店のなかに入ってきた。私は、良くこんな分かりにくいたどり着けたなと思いつつ、頭を下げた。

 彼は、リヴァイ ジョーンズと名乗った。

「はじめまして、りばい、です。」

 リヴァイさんは、片言の日本語で自己紹介をしてくれた。私は、英語が少しは、わかるのでそのまま、英語で返した。

「私は、少しは英語がわかります。お互い片言で話をしましょう。」

「おk、賛成です。」

 語学留学のために来たわけではないので、別に英語であろうと日本語であろうと問題ない。

 私は、再び、十字架を取り出すとリヴァイさんは、嬉しそうにそれを手に取った。

「これは、私の祖父のものです。」

私は、リヴァイさんの祖父のものという証拠がなんであるか腑に落ちないところだった。

 しかし、リヴァイさんは、まるで自分の失せ物が出てきたかのような喜びようだった。この十字架がもし高価なものであったら、彼を疑ったかもしれないが、この十字架が高価そうには、見えない。

「リヴァイさん、どうして十字架のために日本まで来たのですか?失礼ですが、そんなに高価なものでもないでしょう。」

 私がそう言うとリヴァイさんは、その理由を話し始めた。

「そうですね。私は、戦争、第2次世界大戦、日本名で大東亜戦争に従軍していました。」

 ずいぶん古い話だなと思いながら、私は、リヴァイさんの話を聞いた。

「祖父は、ビルマのラングーンで守備隊の一歩兵だったと聞いています。その時のことです。弾薬も食料も尽き、あとはナイフだけという状態だった私の祖父は、ある建物に隠れたそうです。そこへ、一人の日本人兵士が入ってきたそうです。その時、祖父は、日本人はデビルのような性格をしているから、きっとこのまま殺されるだろうと思っていたのですが、日本人兵士は、『ここには、誰もいない。』と言い、私の祖父を逃がしてくれたそうです。逃げるときに、私の祖父は、その日本人兵士に首に下げていたこの十字架を彼の手に渡したそうです。」

「そんな話が、あったんですね。」

 私は、その話を聞きながら、遠い昔、私の祖父から聞いた話を思い出していた。

 ”そういえば、似たような話をおじいちゃんも話をしていたような気がする。”

ちょっと感動的な話に割り込んできたのは、店長であった。

 「この十字架が、あなたの祖父の物っていう証拠がない。」

「あります。この後ろに」

 そういうと、リヴァイさんは、十字架の後ろに小さく名前が彫られていることを教えてくれた。

―ジョーンズ家に幸運をーと刻まれていた。私は、不意に祖父の言葉を思い出した。

「私の祖父もラングーンで戦争に参加していました。航空通信兵でしたけど。最初は、勝ち続けていたからよかったが、1年もするとだめだ。みんな死んでしまった。祖父は運良く戦傷を負い、生きて帰ることができましたけど。右足首に今でも破片が入っているそうです。祖父は、一等傷なんて言っていましたけど、本当に帰ってこれてよかったと言っていました。」

「あなたの祖父もラングーンで戦っていたんですね。」

「はい。そんな祖父も数年前に亡くなりました。」

すると、リヴァイさんも答えました。

「ワタシの祖父も同じです。だから、祖父のたどった道を知りたく、アジアを旅しています。祖父は、まめな人で、日記を書いていました。おかげで、どこで何をしていたのか、ある程度はわかるんです。そういえば、祖父は、一枚の布切れを残してくれました。その助けられたときにその日本人が祖父の足の傷に当ててくれた布なんですが。」

 そう言って、リヴァイは、20cmほどの古い布切れを取り出した。その布には、すでに茶色になった血のシミと千人針がびっしりと縫われていた。さらに、そこには祖父の名前が書かれていました。

「あっ、これは、私の祖父の名前です」

「え!なんという偶然でしょうか。神様、祖父を助けてくれた恩人の子に会えるなんて」

 リヴァイさんは、私の手を握り、何度も頭を下げた。

「私の祖父は、戦傷を負って、病院に送られ、そのまま、終戦を迎えました。あのまま、もし、戦傷を負わなかったら、部隊と一緒に死んでいたと祖父から聞かされました。」

 私は、祖父から聞いた戦争の話を思い出しました。

 祖父は、酒に酔うと大体この話をし、その中に、外国人を助けたという話もあった気がする。思い出せない。

すると、突然店長が、机をたたき立ち上がった。

「ど、どうしたんすか、店長、やめてください。」

 急に店長が大きい音を出したおかげで、周りの注目を浴びることになって、すごく恥ずかしい思いをした。

「この十字架は、怪我で人をピンチから救う奇跡の十字架に違いない。」

「いやいや、私とおじいちゃん以外、誰も幸せになっていないっすよ。」

「確かに、俺もけがをしていない。」

 すると、リヴァイさんが、口を開いた。

「この十字架は、あなたに会いたかったようです。私にはわかります。だから、十字架が売れてもすぐにあなたの店に戻ってきたと言うわけです。」

 妙に納得させられるリヴァイさんの言葉に、私は、うなずいた。そこへすかさず、店長がすべてをぶち壊す一言を放った。

「お前、この十字架、買え。」

 私に言ってきたのだ。店長に言わせると店の売り上げを下げる不幸の十字架だからこそ、今こそ、損失をカバーしようと考えているせこい。せこすぎだろう。

 私は、十字架を買わず、そのまま、家に持ち帰った。以来、リヴァイさんとは、頻繁に連絡を取り合う中となった。そして、店長は、毎日、私に代金の請求をするようになったのである。

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