海へ行った観覧車

みずえ

第1話 完

街外れの丘に、遊園地がありました。

ずっとずっと昔からある、小さな遊園地でしたが、たくさんの人がここで、遊んだ思い出を持っていました。

おじいさんの、そのまたおじいさんの、もっともっとおじいさんが、子供の頃からあった遊園地です。

くるくる回るティーカップ。

白い木馬のメリーゴーランド。

コットンコットンのんびり走る小さな電車。

チューリップの形をした空中ぶらんこ。

揺り籠みたいに優しくゆれる飛行船。

それから、大きな大きな観覧車。

観覧車の窓からは、街の景色を見渡す事が出来ました。


「僕の学校が見えるよ」

「私のお家も見えたよ」

「あっ、お父さんが働いている工場だ!」

四角いガラスを通して子供たちは、自分の知っている小さな世界を探しました。


「いつかこの街を離れ、もっと都会に暮らそう」

「あの山の向こうには、何があるんだろう」

「僕は、なんてちっぽけな存在なんだ」

若い人たちは、まだ知らない世界を、体を乗り出すように覗き込みました。


「ああ、昔この観覧車に乗った事があるよ。まだ子供だった頃にね」

「懐かしい。この風がとても好きだった」

「時間が止まったみたいだ」

穏やかに年を重ねた人たちが、幾つかの思い出と出逢いました。


観覧車は人々の言葉を聞きながら、毎日決まった速度で、ゆっくりゆっくり回っていました。自分はここで、ずっと、街の景色を見下ろしながら、人々の思いを見つめているのだと思っていました。

ところが、ある朝の事です。遊園地の園長さんがきて、

「みなさん、長い間ご苦労様でした。この遊園地は閉鎖される事になりました。残念な事ですが、しかたがありません。隣の街に大きな遊園地が出来てしまったのです」

と、力なく言いました。

ティーカップも、メリーゴーランドも、観覧車も、みんな動くのを止めてしまいました。

それからトラックやブルドーザーがきて、大きな音を立てながら、遊園地を壊していきました。

たくさんの人のいろいろな思い出が詰まった場所が、形を失ってしまったのです。もう、子供達の楽しそうな笑い声は聞こえてきませんでした。観覧車はそんな様子をじっと見つめていました。

ある晩、メリーゴーランドの木馬が、観覧車の所にやってきて言いました。

「私達は明日、山の向こうの、ずっと遠くの街の遊園地へ、引越しをする事にしました。長い間いろいろありがとう。あなたもお元気で」

その次の夜は、電車が突然動き出し、

「さよなら、僕は一人で旅にでます」

と言い残し、黄色いお月様に向かって走り出しました。

その次の夜は、チューリップの形をした空中ぶらんこが、お花畑に行くのだと言い、飛行船は、ふわふわした羊雲を追いかけて旅立っていきました。


長年一緒に働いてきた仲間達は、どんどんいなくなってしまいます。

「私は、どうしたらいいのかしら」

観覧車は戸惑いました。そして目を閉じて、いろいろな思い出を探ってみました。

「そうだ、海へ行こう。いつか男の子がお母さんと話していた、海へ」

そして満月の夜、人々が寝静まった頃、観覧車は海へ向かって歩き出しました。

ガシャーン ガシャーン

ギィ ギィ ギィ

ガシャーン ガシャーン

ギィ ギィ ギィ

観覧車が海にたどり着いたのは、東の空に金星が、ひときわ美しく輝く頃でした。

観覧車は砂の上にたって、潮風を浴びながら、サワサワというやさしい波の音を聞いていました。

「ああ、なんて心地よい風なんでしょう。波の音は、まるで子守唄のようだわ」

観覧車は呟きながら、じっと砂浜にたたずんでいました。

しばらくすると、

「ねえ、あなたは誰? どこからきたの?」

と、小さな声が聞こえてきました。観覧車はその声に向かって、

「私は観覧車。丘の上の遊園地からきました」

と、答えました。

「観覧車ですって! なんてステキなのかしら。私達をのせてくださいな」

ゆらゆらゆれる波の間から、二匹の黄色い魚が、ひょこんと顔をのぞかせて言いました。

「いいですとも。よろこんでお乗せいたします」

観覧車はうれしそうに答え、寄せ来る波に向かって、歩き出しました。そして、一番下のゴンドラが海水に潜った所で止まり、魚達を乗せました。

それからは、遊園地で働いていた時と同じように、ゆっくりゆっくり回り始めました。

二匹の黄色い魚は、四角い小さな窓から、初めて見る海の向こうの遠くの景色を見つめました。

海岸近くの街並や、色とりどりの車。

海にはない種類の音や、匂いや、色。

いろいろな種類の生き物がそれぞれの方向に動いています。

「いろんなのがいるね」

「海の中と一緒だね」

二匹の黄色い魚は、

クプクプクプ クプクプクプ

と、楽しそうに笑いました。

その笑い声は、風に運ばれ海の中にとけこみ、波に漂い、他の魚達の耳に届けられました。

次の日から、観覧車の足元には、いろいろな魚がよってきました。

赤い魚。

青い魚。

縞々の魚。

水玉模様の魚。

タコもクラゲもヒトデたちも。

海の中には、観覧車に乗る為の、長い列ができました。

そしていつの間にか、観覧車の噂は世界の海に広がって、遠くの海に住んでいる魚達もやってくるようになりました。


今では、観覧車は、世界中から集まってくる魚達の話を聞きながら、やさしい海風の中を、ゆっくりゆっくり回っています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海へ行った観覧車 みずえ @wpw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ