決闘

 寮へと向かって進んでいると、多くの生徒が集まっている場所が目についた。


「ジャック、あれは?」

「あー、闘技場か。また誰かが決闘してるみたいだな」

「決闘?」

「この学園では、生徒同士がお互いに譲れないものを懸けて決闘する制度があるんだ。名誉、金、謝罪、女……そういったトラブルを解決するためのものだけど、その様子は闘技場で全校生徒が見る事ができる。だから校内に自分の名前を轟かせたいってやつらもこぞって決闘してる。ま、この学園における娯楽のひとつだな」

「へぇ……」


 ファンタジーな世界を舞台としたバトルものではド定番なワードだが、現代日本ではありえない文化の存在に、クロードはここが異世界なのだと実感する。

 

「せっかくだし、見ていくか?決闘してるやつらの魔導具を見てたら、何か思い出すかもしれないし」

「だね。魔導具についても、記憶が覚束無いし」

「おいおいマジか。お前の人生そのものに関わる問題じゃねーか。そうと決まれば、決着つく前に行くぞ」


 ジャックの言う通りだ。この世界の常識を身につけておかないことには、今後この世界で生きていく事は出来ないだろう。玄斗はこの先で待っているであろう光景に胸を躍らせながら、闘技場へと足を向けた。


 ◇◆◇


「お、やってるやってる」


 どうやら決闘は始まった直後だったらしい。向かい合った2人の青年が、互いに構えた武器で鍔迫り合っている所だった。

 片方は黒髪のハンサムな青年。自信に溢れた表情で、両手に握った大振りの双剣を巧みに振るう。

 そしてもう1人。赤髪の青年の手には緑色のクリスタルが嵌め込まれた、真っ赤なジャベリンが握られていた。こちらは荒々しい印象の風貌だが、獅子のような凛々しさを感じる。赤髪の青年の視線は、ただ真っ直ぐに黒髪の青年を見据えていた。


「2年のガストン先輩とグレン先輩か。道理で人が多い」

「あの2人、有名人?」

「ああ、2年生のツートップだ。両者共に名家の嫡男にして”在銘ネームド“持ち。どっちが強いのか、入学当初から議論されてたって話だ」

「へぇ……。ネームドって?」

「魔導具の中でも特に強い力を宿したものには、固有の銘が与えられる。それが在銘ネームドだ。貴族家には代々伝わる家宝になってるようなものまである。俺たち貧乏人には手の出ない代物さ」


 ジャックは自嘲気味に笑いながら、人の層が薄い場所をへとクロードを引っ張っていく。その間にも、闘技場の両者は激しい攻防を繰り広げていた。

 闘技場の天井近くには透明な板が設置されており、そこには2人の名前と色付きのバーが表示されていた。


「ジャック、あれは?」

「2人の魔力量だな。魔力を消費するほど減少して、色が変わるようになってる。緑から黄色、そして先に赤になったら敗北だ」

「なるほど。勝敗の目安になってるんだね」

「こうでもしないと怪我人が出るからな。それに第三者の目にも見えるからゴネられない」

「ああ……こういうの、ゴネる人は絶対出てくるよね」


 ジャックの説明に頷きつつ、クロードは周囲に座る他の生徒たちの方へと目を向ける。

 

「きゃ~!ガストン様~、頑張って~!」 

「グレンなんかコテンパンにやっつけちゃえー!」

「グレン先輩負けるなッスー!」

「そこだー!いけいけー!」


 飛び交う声援は、どうやらガストンの方に集まっているらしい。女子の黄色い声援を受け、ガストンは白い歯を見せて笑いながら、剣を掲げてアピールする。


「グレン!お前にだけは負けられない。今日、俺はお前に必ず勝つ!そしてお前が二度と彼女を──」

「御託はいい。パフォーマンスしてる暇があったらさっさとかかって来いよ」

「……いいだろう。双璧と呼ばれる日は、今日で終わりだ。猛れ、炎剣フラム!氷剣グラス!」


 掲げていた剣をグレンの方へと向け、ガストンは構える。武器の銘を叫んだ瞬間、彼の双剣に嵌め込まれたクリスタルが発光し、刃に炎と吹雪が迸った。


 次の瞬間、ガストンは床を蹴って加速しグレンに接近した。グレンは即座にジャベリンで防御の姿勢をとる。それぞれ交差するように振り下ろされた二振りの剣を、グレンはまとめて受け止めた。


「異なる2つの属性による同時攻撃、受け切れるか!」

「上等だ、受けて立つ!」


 右からは燃え盛る炎の斬撃が。左からは凍てつく氷の斬撃が交互に迫る。片や当たれば炎熱に襲われ、片や触れれば凍りつく。どちらも尋常ではない攻撃だ。


「うおおおおおおおおッ!!」

「フッ、ハッ、ぜやあああッ!!」


 炎が、氷が。縦から、横から、或いは斜めや交差した状態で。怒涛のように放たれる属性の斬撃。ガストンの武器は剣であるが、距離を詰めずに攻撃し続ける。

 その斬撃を、グレンはジャベリンを薙ぎ払い、振り回し、的確に対処していく。斬撃を切り裂き、或いは穂先で受け止め横に流し、交差する斬撃は棒高跳びの要領で飛び越えると、ガストンの頭上からジャベリンを振り下ろす。


 荒々しい風貌に反してテクニカルな戦法で、グレンはガストンを攻め立てる。だが、ガストンも負けてはいない。属性を付与した双剣は、遠距離に弱いという剣士の弱点を補える。ジャベリンを剣で逸らしながら後方や左右へステップし、リーチの外へ出ては斬撃を飛ばす。両者譲らず、一進一退の攻防が続く。


「凄い……」


 クロードは目を奪われていた。両者の武器が描く軌跡に。激しくぶつかり合い、火花を散らす様子に美しさすら感じていた。両者の技にも目が行くが、それ以上に彼が見とれていたのは魔導具そのもの。転生したのはつい先程だが、彼は既にその造形に心惹かれていた。


「悪いなグレン、これで終わりだ!」

 

 やがて、ガストンが突き出した双剣の片方を手前に引いた。反り返った形状の刃、その先端がグレンが持つジャベリンの柄を引っ掛け、ガストン側へと引っ張られる。

 グレンが体勢を崩すかと思われたその瞬間、ジャベリンの柄が突如として消えた。


「な……ッ!?」

「甘いぜガストン、うおぉらああッ!!」


 ガストンの表情が驚愕に染まり、グレンが右腕を振り上げる。その右手には直剣……いや、柄が短くなったジャベリンが握られていた。詠唱の直後、グレンの右腕は凄まじく加速した。


「クッ……魔力障壁ガード!」


 ガストンに触れる直前、ガストンの周囲に半球状の障壁が発生。ジャベリンの刃先は衝突音と共に宙で静止する。

 しかし、グレンはそれを見越していたかのように追撃する。その左手には、右手の直剣に比べて短めの剣が握られていた。ジャベリンの石附だった部分である。


「うおおおおおおお!!」


 先程の加速力をそのままに、二刀流による連撃がガストンを襲う。一撃ごとにガストンは後退り、障壁には亀裂が走っていく。天井の板に表示されたガストンのバーは、一気に黄色から赤へと近づいていた。


「出た、グレン先輩の加速連撃!近場で見るとすげぇ迫力だな」

「なんて速さだ……あんな動き、人間が出来るものなのか!?」

「ああ、あれは加速魔法ブースト。動きを一瞬だけ加速させる身体強化魔法。グレン先輩はそれを刺突や打撃に特化させて使ってるんだ。その上、本人もかなり鍛えてるもんだから、攻防どちらにしても反応速度が半端じゃない。あの人じゃなきゃ、同じ魔法を使っても武器の重力に振り回されて自滅するだろうな」

「魔法?呪文とか詠唱してるようには見えなかったけど……」

「魔導具には、予めいくつかの魔法を付与しておく事ができる。これは魔導具の常識だな。んで、付与された魔法は無詠唱で発動できるから、戦闘を有利に働かせることが出来る。自分が使う魔法とは別で併用できるから、戦術の幅が広がるってわけ」

「なるほど……」


 魔導具の特徴と魔法の存在を説明されながら、クロードは決闘の様子を注視し続ける。ガストンは3回ほど魔力障壁で攻撃を受けた後、バックステップで後退する。


「逃がすかよ!これで終いだ!」


 グレンはここで終わらせると言わんばかりに、剣の柄を素早く合体させジャベリンの形へと戻す。そしてそのままジャベリンを大きく回し、投擲の構えを取った。


 その時、クロードの目にはジャベリンの一部から、小さな火花が散ったのが見えた。


 (あれ……?なんだ、今の?)


 違和感を抱いたその直後、グレンが叫ぶ。


「奥義発動!魔槍・螺旋突貫グングネィル・フォラーレ……ッ!?」


 ジャベリンを投擲するグレン。だが、その瞬間である。ジャベリンに嵌め込まれたクリスタルが輝きを失い、ほんの一瞬、グレンのフォームが崩れた。

 即座に立て直すグレンだったが、僅かな隙が生じてしまう。その隙を突くように、ガストンは双剣を1つに合わせ、弓の形状へと変形させた。


「奥義発動!双弓剣・火水合一射ミスティルテイン・ハイブリッドシーセン!」


 火と氷が矢の形となり、放たれた直後に混ざり合う。その瞬間、凄まじい熱と蒸気が爆発音と共に広がった。


「ぐああああああッ!!」


 グレンが勢いよく吹き飛ばされ、闘技場の端の壁に激突する。受身は取れているものの、バーの色が赤になっている。どうやら決着はついたようだ。

 

「勝負ありだ、グレン・ライオネル!」

「俺が……負けた……」


 直後、歓声が上がった。ガストンを応援していた生徒たちは拍手と口笛で彼の勝利を喜んでいた。対照的に、グレンを応援していたと思わしき生徒たちは悔しげに項垂れる。勝利を手にしたガストンは、弓を双剣に戻して納刀すると、拳を掲げて勝利をアピールしていた。


「グレン先輩が負けちまったか~。あの状況から逆転するなんて、予想もしてなかったぜ。クロード、お前はどうだった?」

「……なんだ、さっきの……?」


 グレンの動きが止まった僅かな時間。魔導具に何か異変が生じていたように見えた事が、クロードには引っかかっていた。

 

「クロード?」

「ジャック、グレン先輩の様子おかしくなったか?」

「んん?そうかぁ?確かに奥義のタイミングが一瞬遅かった気がするけど……」

「うーん……?」

「それより、何か思い出せたか?」

「いや、何も。でもジャックのお陰で色々分かった気がする。ありがとう」

「おうよ。んじゃ、決闘終わったし、寮戻ろうぜ」


 違和感は残るものの、確信に至るだけの情報や根拠は無い。後ろ髪を引かれるものの、クロードは闘技場を後にした。まさかこれが、後の出会いに繋がる事になるとは知らず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学園最弱の魔術師に転生した特撮オタクは、追放された貴族嫡男と手を組み最強を目指します。 金城章三郎 @Emmyhero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ