第15話 魔族は蔑称

 木の間隠れの月を肴にして、程よい焼き色の熊肉を肉汁と共に口に運ぶ。抵抗なく喉へ通すとクラミナの顔が綻ぶ。


「んー! 何回行ったか忘れましたけど、カズム君本当に料理上手ですよね。

「兄貴と自分の体づくりの為に料理してたからな。フィーリングで作れる。ってかクラミナが料理オンチなのってどうなのよ。錬金術って料理みたいなもんだろ」

「最悪生肉でもお腹壊す程度でしょの精神だったもんで。いやぁ、カズムママの女子力高くて助かります」

「あんた、今日まで良く生き残ってこれたな……」


 本来、女房はキャッチャー側の筈なのだが。

 串刺しにしたウォーベア肉の焼き加減を観察するママこと和夢は、緑色が器用に残ったクラミナの皿を睨む。


「それよりクラミナ。肉ばかり食べ過ぎだ」

「うぐ」


 肉汁に塗れたフォークを口に含んだまま、疚しさに満ちた顔を逸らす。


「山菜も食べろ。あんたの“鑑定”によれば毒もないんだろ?」

「もう……君は私のオカンですか」

「さっきママって言ったの誰だよ。バランスは大事だ。スポーツ選手においても、学者においてもな」

「ところでカズム君。私の山菜と君の肉を交か」

「却下だ。あんたには致命的に食物繊維が足りない」


 ウォーベアの肉を喰らう横で、クラミナがしょぼんと俯く。

 野菜嫌いの偏食家故に手をこまねく子供を見て、「あー、そうだ」とわざとらしく和夢が話題を支配する。


「ちなみに野菜食べると胸が大きくなるって、俺達の世界では言われてたぞ」

「ああっ!?」


 はち切れんばかりに血走った眼を開く。

 同時、心臓発作でも起きたように、悲しいまな板な胸元を握りしめながら。


「こういう野菜には往々にして“0P-π”という成分を含んでるそうだ。葉っぱは多少踏まれても平気だろ? それは“0P-π”という成分が修復細胞の成長を促してるからだ。その“0P-π”は、女性の乳房の成長を促進する事が、俺達の世界の権威によって証明されてる。だから周りの女性たちも、野菜を愛してたな」

「そ、そんな……信じられません……私の“鑑定”でもそんなの見つからなかったのに」

「“鑑定”とは観点が違うって事だ。ポイントは、肉もちゃんと食べる必要があることだ。あくまで土台として成長させるのは肉に含まれる成分だからな。“0P-π”はそれを促進するに過ぎない。組み合わせとなると、あんたの“鑑定”でも判別しづらかったんじゃないか?」

「む、むむ……」

「貴族のスタイルがいい理由を知ってるか? あれは庶民に比べて物を食べてるから……じゃない。献立を考える料理人の手によって、野菜も肉も、栄養バランス良く、そして多く食べてるからなんだ」


 皿で食べて欲しそうに待っている山菜たち。それを眺めて、クラミナは意を決して訊く。


「男性諸兄は……おっきい方が好き、ですよね」

「ああ。ボインの方が好きな人が多いんじゃないか?」

「カズム君は?」

「俺は野菜を食べる人が好きだ」

「私に惚れたって言ってくれましたよね?」

「前言撤回するかもしれないな」

「う、うおおおおお!」


 暫く旅している中で、和夢はクラミナの事が分かってきた。

 “天才と馬鹿は紙一重”の擬人化のような少女の事が分かってきた。

 本来、こんな苦しい生活をしなくても済むような“天才錬金術師”であることも。

 一方で、「今からでも間に合う、今からでも間に合う」と呪文を唱えながらガツガツと野菜を食べる、単純な子供であることも。

 でも、そんな子供のような女性だからこそ、夢にひたむきなことも。


 そんな彼女の夢が叶うように流れ星を探していると、ふと別のものを探さないといけない事を思案する。


「俺達に必要なのはパトロンだな」

「本当にそれは痛感してます。研究するにも、生活するにも先立つは金ですからね」

「それか、何かしらの研究機関に所属するってことは考えないのか? 流石に各錬金術師が単独で研究してる、なんて事はねーだろ」

「その通りです。でも、研究機関は基本モーニンググローリー家に抑えられてます」


 そもそもモーニンググローリー家は、貴族ではない。

しかし錬金術と、更に金貸しによって数世代前から成りあがってきた一族なのだ。

今や一国の王さえ簡単には逆らえず、国を超えて世界中に拠点を置く彼らは、当然錬金術を始めとした研究機関やアカデミーの最上位にさえも君臨している。


「ただ、心当たりがなくもないです。私を“実験マウス”にしようとしているのは主にモーニンググローリー家です。裏を返せばモーニンググローリー家に対抗する勢力に近づく事は一つのプランとして考えてます」

「顔色を見ると、そのプランも一筋縄じゃいかないようだな」

「ええ。名高い研究機関は、モーニンググローリー家に負けず劣らず曲者ばかりで……」


 会話が途絶える。火の粉が爆ぜる音。木々の僅かな揺らめき。虫の鳴き声。

 夜にお似合いの静寂に、和夢も濁りを感じた。


「何か聞こえませんか?」

「……人の声?」

「それも激しかったり、悲鳴だったり……」


 足音。


反応した和夢とクラミナは立ち上がり構える。

 和夢は備え付けのポケットから野球ボールを取り出す。

 クラミナはウォーベアを切り分けていた包丁を携える。


「恐らくは人です。野盗の類か、私の“鑑定”で見極めます。合図したら先手を」

「承知」


 だが次第に姿が明らかになるにつれ、和夢の目が訝しげになっていく。

 少女だった。襤褸布を纏った、痩せぎすの弱弱しいからだが特徴的だった。

 だが、疑念を感じざるを得ない理由が、隣のクラミナから発せられる。


「“魔族”……!?」


 言われて怯えた傷だらけの少女は、頭から角を生やしていた。


「いや、殺さないで……助けて……!」

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チート級の二刀流野球選手、異世界に登板する~物理法則無視の魔球と、宇宙まで伸びる特大場外ホームランは魔術ですら説明がつかないらしい~ かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0

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