表向きは理想社会のようでありながら、その実態は政府によってあらゆるものが管理されている――これがディストピア小説の基本だが、本作はそこに高齢化社会の問題を組み込んでいる点が面白い。
主人公の戸叶儀康は、80歳の高齢ながらも、都市開発会社の現役経営者。この世界ではアンチエイジング技術が発展し、人間は100歳を超えてもバリバリ働けるのだ。しかし、そんな儀康にもある弱みがあった。それは10年前に患った認知症だ。高度な医学の発達によって認知症の治療には成功したものの、ちょうど認知症だった時期の記憶が失われている。儀康は、この失われた記憶の期間に何が起きたのかを探ろうとするが……。
人間の価値が政府による等級で決められ、等級の低い人間や反政府的な人間は太平洋沖の人工島「姨捨島」に追放されるという退廃的なアイデアが次々と出てくるのがたまらないが、本作の大きな特徴は、弾圧される側ではなく、弾圧する側を主人公にしている点だ。
社会に適合しない人間を容赦なく断罪するまでなら、よくあるキャラクターだが、物語のラストで、自身の記憶の秘密に気づいた儀康が見せる決断には、かなりの凄みがある。
この一作でも短編として完結しているが、この世界を舞台に、この男を主人公にした物語をもっと読んでみたいと思わせる作品だ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)