第2試合:ファウスト、メフィストフェレス

第14話 魔球は無限進化する

「金が尽きました……」

「いきなり終わったな」

「仕方ないので直ぐに素材を調達し、錬金術で商品を作りましょう。で、街で強く当たって、あとは流れでお願いします」

「八百長でもする気か?」

「何言ってるんですかカズム君、私は錬金術師ですよ? 野菜の商才は皆無ですよ?」

「八百屋じゃねえよ」


 という訳で、散々歩いた足で日も暮れ始めた頃、“スクランブル山脈”という素材の宝庫を登りだした男女がいた。


「素材はざっくり三種類に分かれます。一つ目は剣や魔導器などの素材になる鉱物、二つ目はポーションや薬の素材になる薬草、三つ目は魔物から採取できる魔物素材って所ですね。特有の自然魔力が流れてるのがあれば、魔術の媒介に好まれるので高値で取引できるんですが……」


まだ少女にしか見えない小さな体で研究用具等を乗せた荷台の車輪を回しながら、眼鏡越しに“鑑定”を光らせた瞳で、自然の要塞を見渡すクラミナ。その隣で、同じく荷台を引っ張りながら、暮れなずむ茜空を和夢が見上げる。


「にしたって、何も夕方から動かなくて良かったんじゃないのか?」

「何を言いますか! 夜食べるものも無い状況なんですよ!? すきっ腹にこの寒さは死にます」

「一日くらい食べなくても生きていけるって。それに、こんな夜にゴブリンとかに襲われたら一溜りもないぞ。かなり魔物が多い場所なんだろ?」

「御心配には及びません。冬近くの夜では、魔物たちとて中々縄張りから出てこないのですよ。私達が縄張りに入らない限りは大丈夫です」


 “鑑定”は縄張りに入ってないか、という索敵にも使えるんですよ、とクラミナが勝ち誇った顔で胸を張る。


「あと、他の冒険者もあまりいない点がメリットですね」

「魔物の盗伐や、素材の獲得を生業とする連中だっけ?」

「彼らも食べるのに必死ですから、どっちが先に見つけたとかで、素材の取り合いになって面倒なことになるんですよ。あと私、冒険者ギルドに登録してる訳じゃないですし」


 ほら、私指名手配中ですし、と悪びれる事もなく言うと『おっ、いい薬草発見です』と草を何個か引っこ抜いて、荷台に投げ入れるのだった。

 話の通りなら、領分を冒してるのは俺達じゃないか? と僅かばかりの疑問が芽生えた。こちらも生活が懸かってるので声には出さないが。


『こんな素材が欲しい、あんな魔物が怖い』という狙いを持つ依頼者。

『こんな素材を獲得する、あんな魔物を倒す』という仕事を持つ冒険者。

 そのプロセスを管理する、“冒険者ギルド”という仲介組織に登録するからこそ、利益が得られる仕組みである。裏を返せばこの冒険者ギルドに入らないと言う事は、依頼者がどのような素材を求めているかもわからず、冒険者としての利益も保証されない茨の道だ。

 とはいえ、そんなアウトローな商流プロセスでクラミナは数年間、逞しく生きてきた。それは、彼女が優秀な錬金術師というアドバンテージを有する事にも一因があるが。


 なぜ彼女が、賢者の石イェヒオールを目指したのかは分からない。

 いつからこんな根無し草の生活をしているのかはわからない。

 しかし夢に邁進するこの少女は、和夢には強く感じられた。

 自分のような“壊れた夢を未だ抱き続ける存在”にならない為に、何が出来るだろうか。


「おーっ! あの薬草には綺麗な自然の魔力が流れてますよ、なんと美しい!」


 松明が必要になる程の薄闇で、蛍のように仄々と瞬く青があった。鑑定も要らない、特殊な薬草である事は和夢にも一目でわかった。


「ほら、和夢君もこっちに来てくださいよ! こんな薬草中々、滅多に見れませんよ。おそらくエリクサー草ですね、珍しい……」

(かぐや姫の竹を見つけた翁の気分だな)


 と不思議な景色に心を奪われていると、不気味な影がクラミナの背後を汚した。

 辺りの樹に匹敵する巨体。エリクサー草の青い光は、本能に従いクラミナを食わんとする熊をも明らかにしていた。


「げっ、ウォーベア! やばっ」


 硬直するクラミナ。完全に不意を突かれた。索敵能力を有する“鑑定”も、宝物を前に眩んでいた。

 小さな体が器用にウォーベアの攻撃を避けながらこちらへ走ってくるが、潰されるのも時間の問題だ。仲間の緊急事態に、和夢は専用ポケットから野球ボールを取り出す。


「クラミナ伏せろ!」


 冴え渡る指示の通りにクラミナが俯せになったのと同時、大きく振りかぶって――投げた。



「“剃刀魔球カットボール”」



 無抵抗になったクラミナへ飛び掛かるウォーベア。

 少女と熊の間に、白い球が伸びてくる。

 ただし、黒い体毛を斬るように、野球ボールは直角に折れ曲がる。


 外したボールか? と嫌な予感が過った時だった。

 野球ボールが掠った箇所――腰のあたりから、


「千切れた!?」


 素っ頓狂な声を出しながら、重々しく零れ落ちる肉塊をクラミナが避ける。


「う、ウォーベアーを真っ二つって……冒険者も逃走が当たり前の、防御力にも優れた魔物なのに……」


 一流の剣士に討たれたような綺麗な断面図と、それを実現し得た野球ボールを交互に見るクラミナ。

 改めて“鑑定”しても、ただの革とゴムの集合体でしかない。熊どころか、人を斬れる要素なんて一ミリも有していない。

 

(やはり、未知の何かをボールに付与している……一種の錬金術ですね。でもその何かとは一体)


 “第一の魔王”についての知識を深く有していない事を悔やみながらも、御礼に向かったクラミナの前で、和夢は自分の手をまじまじと眺めていた。

 一番驚愕しているのは和夢だった。


「魔球……進化してる、のか」


 以前は熊を真っ二つにするほどの鎌鼬は出せなかった筈だ。

 ウォーベアだって、真っ二つに出来るとは思ってなかった。せいぜい削って戦闘不能に出来ればいいと思った程度だ。


 一応、この異世界に来てからも野球のトレーニングは欠かしていない。だが設備や練習環境が整っている地球と比べれば、寧ろその実力は減っていても不思議ではない筈だ。

 それでも、和夢の魔球は進化している。

 地球にいた時よりも、明らかに成長している。

 この異世界には、もう野球なんて無いのに。応援する夢しかないのに。


「あっ、このビックベアでジビエ料理とか出来そうですね。ね、ジビエ料理とか出来そうですね」


 ウォーベアの残骸を見ながら、クラミナがふと提案する。


「なんで繰り返した」

「ジビエ料理とか出来そうですね!」

「なんで急に可愛い子ぶったポーズで目を輝かせてんだよ」

「ジビエ料理とか出」

「分ぁったよ、肉とか丁度食べたいと思ってたしな」

「やったー! カズム君だぁいすき!」


 ちなみに、料理担当は和夢である。

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