第二話 or ...

「あー楽しかったー! 後輩クンも最後盛り上がってたねー」

「盛り上がりはしましたけど、最後やっぱり怒られたじゃないですか……」

「しかもよりによってあの激怖の下川辺先生だなんて、後輩クンは運が無いねー」


 下川辺とはこの学校でいちばん怖いと言われている体育科の教師だ。

 あのままそれなりのスピードで校内を駆けていた僕たちは、曲がり角で下川辺と激突。無事、説教を喰らう羽目になった。

 もちろん、先輩も怒られた。


「でも楽しかったからいいじゃん!」


 先輩は何事もポジティブに捉える人だ。滅多に落ち込む姿を見たことが無い。


「先輩って、落ち込むことあるんです?」

「後輩クン私のこと何だと思ってるのさ。私だって、人間なんだからちょっと元気ない時だってあるよー?」

「例えば?」


「最近、勉強がなかなかうまくいかなくてさ。判定も良くならないしねー。何だかなーって感じだよー」


 先輩の志望校は偏差値の高いところであることは知っていた。

 そもそも僕たちの高校もレベルはそれなりに高い。学校側から求められるレベルもそれに釣られて当然高くなってくる。


「大丈夫です、先輩ならいけますよ」


 普段から先輩が勉強してる姿は、生徒会室でも自習室でも目にしていた。

 普段とはかけ離れたすごい真面目な顔をして参考書と向き合う先輩の姿は、こう、胸を熱くするものがある。


「あははーありがとね後輩クン。何か励まされちゃったなー」


 太陽はもうすぐ「おやすみ」と眠りに落ちる。

 今度は月が「おはよう」と柔らかい光を届ける。

 一気に空気は冷たさを増し、風はひゅーと肌を攫う。


「ここまでで良いよ、ありがとね」


 先輩との帰り道の分岐点。

 先輩は優しい声色で、さらりと髪をなびかせた。


「分かりました。暗いので気を付けてくださいね。あと体を冷やさないように」

「お母さんみたいなこと言わないでよー」


 言われてみればそんな気がしてきて、二人でくすくす笑い合う。


「じゃあ、最後にこれ、もうちょっとだけもらってよ」


 そう言って取り出してきたのは、これまたトリックオアトリートで得たお菓子なのか、でもやけに包装が綺麗にされているチョコのようなものだった。


「分かりました。貰っておきます」

「おそらくそれ、ポロポロ零れやすいから、家に帰ってからにした方がいいよ」

「了解です」

「じゃあまたね後輩クン。今日はほんとにありがとう。残りの一ケ月もよろしく!」

「はい、こちらこそです」


 何だか今の先輩は少し寂しいような表情をしていたようで。

 でももう帳は落ち始めている。

 うまく先輩の感情を読み取れないまま、彼女は僕に背を向けた。

 

 先輩と別れてからしばらくあるいていたのだが、どうにもこのお菓子の中身が気になって、言いつけを破って、包装をの中身を確認してみた。

 すると明らかに市販じゃないチョコレートがラップに丁寧に包まれていて、そこには「手作りチョコあげる!」と丸っこい、いかにも女子のような文字が書かれていた。


「まったく先輩は……直接言えば良いものを……ん、おいしい!」


 味が気になって思わず一口。確かに零れやすい。

 でも先輩は一生懸命に作ってくれたんだろう。

 試行錯誤する姿が目に浮かんだ。

 これもトリックオアトリートの一環なのかも知れないと思いつつ、ふと、一緒に入っていた紙を見つける。


「なんだこれ……?」


 不思議に思って、幾度となく折られた紙を丁寧に開いていくと……



 ――好きだよ、しょう



 ずるい。

 ずるすぎる。

 先輩はいつだってずるすぎる。

 僕がドキドキしてるのを分かった言動をする。

 それでいて僕の反応を見て楽しむ。

 ずるい。

 でも――


「ヒナせんぱーい……っ‼」


 もと来た道を急いで駆ける。

 残陽だけが残っている。

 パレットに色んな種類のオレンジ色を混ぜて、最後にちょっと赤を足したような色。

 でも、今の僕にはそれだけでも充分だった。



 僕がヒナ先輩に見つけてもらうんじゃない。

 僕がヒナ先輩を見つけるんだ。



 彼女が卒業する前に、生徒会を辞めてしまう前に、家に帰ってしまう前に。


 この溢れそうで溢れそうで仕方なくて。

 でも溢れてしまったらダメだと言い聞かせていた自分の想いが、もういっぱいで。

 今はただ、この熱だけを届けたくて。

 僕もずるくなりたい。


「ヒナぁー‼」


 風が冷たい。

 体が熱い。

 心臓がうるさい。

 

「ヒナ……先輩……っ」


 やっとの思いで彼女に追い付く。

 もう、胸がいっぱいで。

 張り裂けそうで。

 でも、気分だけは最高に心地よくて。


「後輩、クン……?」


 驚いたように振り返る先輩。

 でもなんで自分が名前で呼ばれているかを考えたのか、すぐに理解した様子だった。


「読んだの……?」


「……はい」


「それで……返事……してくれる、の……?」


「……はい」


 この暗さでも分かるくらい、先輩の頬はピンクに染まっていて。

 でもそれは多分、僕も同じで。

 もじもじする先輩に僕はどうしようもない感情を抱いて。


「僕も、ヒナ先輩のことが好きです。大好きです。付き合ってください」


「……っ‼ …………うん! うんっ!」


 二人で同じ景色を見ていたい。


 隣にいるのはヒナであって欲しい。


 ヒナの笑顔は僕がいちばん近くで見ていたい。


 ――トリックオアトリート


 つくづく、魔法の言葉だ。


 今なら、どんないたずらだって、受け入れたい。


 今だけはずるくいたい。


 そういう想いで、僕はヒナ先輩を抱きしめた。


 すっぽりと僕の腕の中に入り込む。


 僕の胸板に先輩の顔が埋もれる。


 強く、強く、抱きしめる。


 今この瞬間は、彼女の背丈が愛おしくて仕方がなかった。



「とりっくおあとりーと!」


 先輩は可愛い仕草でそう言った。


「幸せにしてくれなきゃいたずらしちゃうぞ」

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魔女になりたい僕の先輩 堅乃雪乃 @ken-yuki

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