宮城創

 特にこれといっためぼしい情報もなく、徒労に終わりそうな神影潜入作戦は、とうとう『ホール』までたどり着いてしまった。そこには、


「いらっしゃいませー」


 なんでお前がいるんだ。


「……小学生は今、学校にいる時間なの」

「ぼくは宮城きゅうじょうはじめ、またの名を終止符ピリオド。好きなほうで呼んでね!」


 名乗りに補足しておくと、この小学生にしか見えない少年は、俺の息子を自称する異常者だ。ニコニコと笑っているが騙されてはいけない。生年月日を訊ねられれば今なら「平成六年六月六日」を答える『男の子』だが、その平成六年はこの世界の平成六年ではない。別の時空に生まれて、この世界に干渉している。


 その能力は【抹消】で、――ああ、わかった。六道輝とその周辺の住民の、六道海陸に関する記憶を消したのはお前か。


霜降そうこう伊代いよと話がしたくてね」


 不審者に名指しされた伊代は、持っている拳銃の銃口を少年の頭に向ける。躊躇いなく引き金を引いてくれても構わないんだが。


「わたしは?」

秋月あきづき千夏ちなつ――ちなっちゃんとは、また今度会う運命だね。

「きゃうん!」


 千夏はその場でクルクルと二回転し、後ろに倒れ込む。とっさの判断で背中を支えに入った伊代のおかげで頭を打たずに済んだ。気を失っているようだ。


「何をした!?」

「言ったよね。、ってね。ぼくの話が終わったぐらいで目を覚ますから心配しないでね」


 能力による攻撃というのは明らかだが、ただ会話していただけだ。創は壇上で座っていて、伊代と千夏との距離もある。


「ここの人たちには消えてもらったから、二人とも好きなだけ調べ物ができたよね?」


 お前、神影の構成員まで消したのか。何もかもがやりっぱなしの状態で人間が消えていたのはお前の仕業か。……その状況を作り出せる能力者はお前ぐらいしかいないが。


「消えて、もらった?」

「ぼくは、ぼくの思いのままに物体や概念を消せるからね。そこから【必中】で撃とうとしているのなら、ぼくはその拳銃を消す。伊代は、その拳銃を紛失したら困るんだよね?」


 脅しだ。この拳銃は組織から貸与されているもので、伊代だけが特別に所持を許可されている。無くすなんて言語道断。即刻処分されても文句は言えない。


「消すのは一瞬で、元には戻せないからね」

「戻せない……ここで働いていた人たちも、ですか?」

「ここは影。それも、風車かざぐるま宗治そうじの眩しい【威光】によって生み出された影だね。その【威光】は消えてから九年。もうじき十年になるよね? 影だけでよくぞここまで残っていると思わないかね? ――いずれ消えるものなら、今日消えても誤差だよね」


 本気で消されかねない。伊代は拳銃をショルダーホルスターに戻した。


「私と話がしたいのなら、組織に来ていただければいくらでもお相手しますよ」

「ぼくは作倉さくらすぐるから嫌われているんだよね。受付で追い返されちゃうから、こっちで。ついでに神影ミカゲを壊滅させておこうと思ってね」


 これほどまでの能力者に組織が声をかけないわけがない。まあ、創はこんな破滅的な性格をしているから、組織には所属できないだろう。ただでさえも少ないメンバーを減らされたら困る。


「どうして私がここに来ると?」

「ぼくの知り合いに『アカシックレコード』を持っている女の子がいてね。そこに書いてあったから、先回りして待ってたんだよね」


 その『アカシックレコード』という単語は、篠原ささはら幸雄さちおとの会話で出てきていた。宇宙の始まりから終わりまで、この世界に起こる出来事を記した〝正しい歴史の本〟だ。


神影ミカゲのことを話してくれる人がいなくなっちゃったから、ぼくが代わりに紹介しておくと、神影は文字通り『神の影』として、唯一神たる風車宗治の誕生と同時に生まれて、風車宗治の人生を支えていた団体だね。唯一神のお世話をしながら、その【威光】の恩恵を受けていた」


 風車宗治の人生は【威光】と共にあった。自らの思うがままに世界を操る男のそばに、家族はいない。隣の家の氷見野ひみの雅人まさひとが、幼馴染として、対等な存在だった。


「神影が『能力者の開発』に乗り出したのは、唯一神亡き後の後継者を生み出すため。再び自分たちにとって都合のいいを作りたかったからだね。二〇〇〇年十二月二十六日、風車宗治の死によって拍車がかかり、その副産物として香春かわら隆文たかふみの【狼男】をある程度抑制する薬もできたね」


 急に知人の名前を挙げられて、伊代は目を丸くする。


「香春隆文を生み出したのは神影の息のかかった研究チームだね。知らなかったかね?」

「ええ、初耳です」


 神影の本部に資料室のような部屋はあったが、その『能力者の開発』についての証拠は掴めていない。決定的な、何か、一つでもあれば。


「信じてないみたいな顔をしてるね?」

「まあ……」

「そのうち香春隆文とも再会するんだから、その時にでも聞いたらどうかね。聞けるだけの状況ならいいけどね」

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