第8話 精霊

 地上に戻った俺達はいつも通りリーアの娼館に来ていた。

 そして俺はそこでリーアと三姉妹になぜリスタージュに狙われているのかを説明した。


「つまりアシュリード商会の荷物を運んだせいなんだね」


「そうだ。だが俺はアシュリード商会と契約を結んでいるから頼まれれば運ばないといけない」


「じゃあ契約を切れば?」


「そういうわけにもいかん。ルルが危険になる」


「リーアに預かってもらえばいいじゃない」


「子供が店にいるのは私が困るね。そういった店って思われたらイメージが悪くなっちゃう」


 対処法が見つからず、全員が沈黙する。


「俺が今できるのは仕事が回ってこないように祈ることだ」


 結局、俺ができるのは祈ることだけのようだ。




 翌日もフィリア、フィリス、フィリルの三姉妹と奈落に潜っていた。

 潜ったのは前の奈落の魔素は吸収し終えたので別の奈落、B級の奈落だ。


 ランクに合わせ、魔物のレベルも上がっているが三姉妹が全員A級であるため苦戦することはない。

 心配事はエルフたちがどうなるかだ。

 リスタージュの介入により全滅したため戦力は増強されるはず。

 そうなれば前回は三姉妹がエルフたちを抑えることができていたが今回は難しくなるだろう。

 そしてその心配は現実のものになった。


 ★


 奈落の下層に着いた俺は前と同じように魔素の吸収を始めた。

 エルフに追跡されていなかったため、最初の方は妨害もなく、スムーズに吸収ができていた。

 だが開始してから1時間もするとエルフに居場所が特定されたようで、2人のエルフがやってきた。

 人数は減っているが前回の三人組よりも魔力の質がよく、波長も似ている。

 今回の相手は双子の実力者だ。


 双子という存在は魔法師の中では特別なものになっている。

 ほぼ同じ魔力の波長を持つ存在の双子にしかできない技である『ツインキャスト』と呼ばれる技を使うことができるためだ。


『ツインキャスト』というものは同じ魔力の波長を持つものが2人で1つの魔法を行使することを指す。

 これと似たもので『マルチキャスト』と呼ばれるものがあるが、これは多数で一つの魔法を行使することを指す。


『マルチキャスト』は単純に人が多ければ多いほど魔法式に注がれる魔力も増えるため、威力も上がる。

 他には一人のまりょでは足りないような大魔法を行使するときに使われるものだ。


 そして『ツインキャスト』は魔力の波長が同じものが一つの魔法を行使することを指し、こちらは2人だから二倍というわけではなく、魔力の波長が同じ者同士ならばその威力は十数倍にもなる恐ろしい技。

 それはたった2人で十数人の魔法師と同じ役割をこなせるということで、双子は昔から魔法師の中では特別なものとされているのだ。


『ツインキャスト』という双子が使うことができる技は魔法師の中では有名だが、アマゾネスのような魔法と関わってこなかった種族は知らない。

 そしてフィリアとフィリスの前衛2人がその技の恐ろしさを知ることになる。


 ★


 三姉妹は昨日と同じフィリアとフィリスを前衛に、フィリルを後衛に置く形でやってきた双子のエルフと戦闘を開始した。


 人数が減ったためフィリアとフィリスの二人でも十分攻撃を防げるようになった。

 そして三姉妹はフィリルの援護があるためより有利に戦局を進めていた。

 だがそれが続いたのは双子が『ツインキャスト』を使うまでの話だ。


『ツインキャスト』が使われたのは相手からの攻撃が減り、余裕が出たときだった。

 攻撃が減ったのは『ツインキャスト』を使うためで、今までと変わりない攻撃を防ごうとしたフィリアが思い切り飛んでいった。

 今までと同じように攻撃を防ごうとしたフィリアが攻撃を抑えきれずに負けたのだ。

『ツインキャスト』のことを知らないフィリルは原理はわからないが敵の火力が上がったことはわかった。

 そのため攻撃は相殺しようとせず、避けることにした。


 今まで避けた攻撃は少し地面を削るくらいだったが、今避けた攻撃は地面を抉り取っている。

 それだけで火力が異常に上がっていることがわかった。


 だがいつまでも攻撃を避けることはできず、フィリアが戻ってくる前にフィリスもやられてしまう。

 そのタイミングでフィリルは撤退を始めた。


「シン。契約通り私達は先に引くよ!」


「ああ。死ぬんじゃないぞ」


 フィリルが撤退するときに声をかけてくれたので俺はそのタイミングで吸収をやめ、戦闘態勢に入る。

 魔素の吸収の途中からやってきたため、敵の確認ができていない。

 まずは目視で二人のエルフを捉え、その後魔力を確認。

 二人は魔力の波長がよく、質も似ている。

 双子という事がわかったときに相手からの双子特有の技の『ツインキャスト』を使った攻撃が飛んできた。


「さて、試すか」


 丁度今まで吸収してきた魔素の実験に良い攻撃が来たので魔素を使った技を使う。


「魔装」


 右腕に魔素を集め声を出すと右腕だけが鎧に覆われる。

 そしてその右腕で敵の攻撃を真っ二つにした。

 だが攻撃を切ったあとすぐに魔装は解かれた。


「まだこれだけの魔素だと範囲も時間も少なすぎるな」


 全盛期に比べると今保有している魔素の量は雀の涙ほど。

 そのため昔のような使い方はまだできない。

 たとえ昨日のように順調に吸収できたとしても、全盛期に戻そうと思えば何年かかるかわからない。

 どうやら他の方法も考えないといけないようだ。

 現状の魔素の不便さを考えていると別の攻撃が飛んでくる。

 それは魔力を込めた腕で攻撃を防いだ。

 このまま相手との距離があれば防戦一方になるため急いで距離を詰めることにする。


 ─────


 距離が縮まるとその分敵の攻撃も早く自分の場所にやってくる。

 そのため敵の攻撃を最適に捌くことが難しくなる。

 なので戦闘の基本として敵との距離を縮めるときは敵の攻撃は避けろと教わる。

 そういった理由から双子のエルフは距離を詰められ始めたタイミングで敵への一点攻撃ではなく、避けにくくするために敵とその周囲を攻撃するものに変わっていた。


 戦闘の状況に応じて攻撃方法を変えるのは良いことだ。

 このような小細工でも距離をや詰めることが難しくなる。

 だがあくまでも小細工。

 シンヴォレオはそんなものが通用する相手ではなかった。


 ─────


 距離を詰め始めると双子の攻撃が俺への一点攻撃はではなくなり、周囲にも攻撃をするようになった。

 そのため避けにくくはなったが威力は分散される。

 なので俺は威力が弱まった場所を攻める。

 威力が弱い場所を攻めていることに気付いた双子は攻撃範囲を狭め、威力を上げる。

 ただ攻撃範囲を狭めると避けることが容易になる。

 わざわざ攻撃に当たる必要もないので攻撃を避けることにした。

 双子が攻撃に戸惑っている間に俺の目の前に双子がいる。

 まずは簡単に連携をできないよう双子を離すため片方の身体を掴もうとしたが何かに邪魔をされた。

 そしてその隙に双子から『ツインキャスト』を撃ち込まれた。


『ツインキャスト』はギリギリ威力を抑えることが出来たため、少しの怪我で済んだ。

 そのため今すぐにでも双子に攻撃を仕掛けた。

 だがまた何かに邪魔をされる。

 今回は邪魔をされることがわかっていたため隙を晒すようなことはしなかったが、変わらず身体に触れることはできなかった。

 ただ二度目で昔も似たようなことがあったことを思い出した。

 それは前回の契約者、エルフの小娘といたとき。

 そしてそういうときの対処法も教えてもらっている。


「我は精霊を統べるもの。姿を隠した精霊達よ、眼前に姿を現せ」


 そう唱えると目の前が突然光りに包まれる。

 光が収まると双子のエルフは気を失って倒れており、目の前には見覚えのある精霊かいた。


「俺の邪魔ができるとはどんな精霊かと思えばお前か、グリンカムビ」


「久しいなシンヴォレオ。お前なら気付くと思っていた」


 目の前に現れたのは金色こんじきに光る鳥。

弱そうな見た目だが精霊の中では一番格の高い存在であり、その役割は世界樹の守護。

そして世界樹に選ばれた者の守護だ。


「お前に聞きたいことがある。なぜお前がいながら反乱軍に負けたのだ?お前と小娘の力があれば反乱軍など皆殺しに出来たはずだ」


「それに関してはユリに聞いてくれ。私はもちろんユリと世界樹に仇なす者は皆殺しにしようとした。だが彼女に止められたのでな」


「小娘は会話で解決しようとしたのか?」


「いや、そういうわけではない。ユリは戦った。だが元から負けるつもりだったようだ」


「何故だ?」


「私にもわからない。ただあの子は『天理の神眼』を持っている。何かが見えたのだろうな」


───


『天理の神眼』

それは圧倒的な魔力と魔法技能を授け、極地的な未来を見ることができる特殊な眼。

世界樹に選ばれた者は何かの神眼を開眼させるのだが、その中でも一番特別な眼だ。


───


「ほぉ…。私が居なくなった後にそんなものを授かったとは。それでその眼で何かを見てお前をここに寄越したのか?」


「いや、私がユリに命じられたのは魔素の塊であるこれを持っておくことだけだ」


そう言って取り出したのはどす黒い血の入った小さな瓶。

ただそのからは計り知れない魔素が感じられる。


「これが必要になるときが来ると言っていたが、こういうことだとはな」


投げられた小さな瓶を俺は受け取る。


「それを飲んでユリを助けてくれ」


「なぜ俺がまた小娘を助けなければならんのだ。なんのメリットがある?」


今は小娘とは別の契約者がいる。

そのため助けるのならば何かメリット、もしくは俺が被るようなデメリットがなければ助ける必要はない。


「それは私にもわからない。だがその瓶を開ければわかるはずだと言っていた」


俺はグリンカムビに言われた通り瓶を開ける。

そして中から出てきた気配から何がメリットなのかがわかった。


「そういうことか、いいだろう」


俺は瓶に蓋をし、懐にしまう。


「小娘の救助には手を貸そう。ただ今の契約者の方が優先度は勿論高い」


「手を貸してくれるだけで有り難い。私も出来るだけ手を貸そう」


俺は適当な用紙に今住んでいる場所を書き、グリンカムビに渡す。


「そこが私の拠点だ。何かわかれば伝えてくれ」


「わかった。ではまた会おう」


容姿を受け取ったグリンカムビは双子のエルフとともに消えていった。

俺は魔素を吸収してから奈落を後にした。




「大丈夫だった!?」


娼館に戻った俺はフィリルに会った途端心配された。


「俺は大丈夫だ。それより二人は?」


「死ぬような怪我ではないみたい。けど数週間は安静にしておかないとダメだって」


「そうか。ならしばらく奈落に行くのは中断しよう」


「私だけならついて行けるよ」


「フィリルも二人が心配だろう。治るまでは面倒を見てやれ。俺も少し別件ができたからな」


別件というのは勿論前回の契約者の小娘、エルフの女王ユリの救助のこと。

今の魔素の状態では救助するのには少し不安が残る。

だがグリンカムビから渡された瓶があれば話は変わる。


グリンカムビから渡された瓶の中身は超高濃度の魔素の液体。

それもかなり特別なもの。

これを完璧に無駄なく吸収できれば俺の魔素は大幅に増加する。

だがそれをするには期間がいるのだ。

一度で血を摂取するのではなく、一日で吸収できる限界を見極め、少しずつ摂取する必要がある。

なのでフィリアとフィリスが動けない数週間というのは俺からすればありがたいものなのだ。


「そう。ならよかった」


「たまにここにも顔は出す。今まで世話になったな」


俺は娼館を去り、自分の家に帰った。

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俺と私の契約期限 @Chaden

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