3月14日 桂木羽亜人(はあと)の巻き返し


 勃起していた。

 こんな書き出しはフェアでもスタイリッシュでもないが、


 僕は特異体質で、女の人と話していて緊張して固くなると、


 勃起してしまう。


 その体質のせいで僕は水着になることが出来ない。

 中学や高校のプールの授業も心臓の病気と偽って、いつも見学に回った。


 勃起するからだ。


 遠くの校舎から、女子の声が聞こえる。


 勃起してしまう。


 僕はよくイケメンだと言われる。姉にも勝手に美少年ばかり所属している事務所に履歴書を送られて、すぐに面接することになってしまったが、断った。


 もしも面接会場に女子がいたら、


 勃起してしまう。


 それからも姉はあらゆるメンズコンテストに僕の写真と履歴書を送り、僕はそのすべてに合格するが、全部断った。


 勃起するからだ。


 普段の生活だって不便だ。

 電車の隣の席に女の人が座って、少し緊張する。


 勃起してしまう。


 女性の立場になってみれば、隣に座ってる男が、もの静かに勃起していたとしたら、気持ち悪いだろう。


 僕のこの特異体質のことを知っているのは、幼なじみで親友の翔太だけだ。


 翔太は俺に、

「お前、姉ちゃんや母ちゃんにも勃起するの?」と訊かれたが、


「しないよ、緊張しないから」


 家族以外の女の人と接すると緊張してしまうから、


 勃起してしまう。


 だから近所のコンビニで買い物をしてる時も、レジが女の人だと緊張してしまう。


「袋は要りますか?」

「は、は、はい」


 勃起してしまう。


「スプーンはつけますか?」

「は、は、はい」


 勃起してしまう。


 そのヴァレンタインデーの夜も、前髪がゆるふわで、モデルみたいにかわいい顔立ちをした女の人と、レジでそんなやり取りをした後、


 夜道を勃起しながら帰った。


 でもそのレジの女の人は、僕にレジ袋を手渡す時に、はにかむような恥じらうような、表情をした。


 どうしたんだろう?

 もしかして僕の勃起に気づいて恥ずかしがったのか?


 取り返しのつかないことをしてしまった。


 僕の勃起のせいで、店員さんに恥ずかしい思いをさせてしまった。これは客テロだ。おでんツンツンや、回転寿司なめなめした奴と変わらない。


 勃起テロだ。


 もしコンビニの防犯カメラに撮られていたら、ネットに晒されて、住所も通ってる大学名も、家族構成まで調べられてしまう。

 それはまずい。


 そんなことを考えながら家に帰ったら、買ってもいないものがレジ袋に入っていた。

 きれいにラッピングされた小箱と手紙だ。


 まず手紙を開封してみると、便箋に女の子らしい文字が書かれていた。


 勃起してしまう。


『こんな手紙を突然、それもレジ袋に入れてしまってごめんなさい。でも、どうしても気持ちをあなたに伝えたくて。毎日、あなたのことばかり考えてしまって夜も眠れなくて。


 あなたのことが好きです。いつも少しぎこちない笑顔で、でも優しく接してくれる、あなたがいつも心の中にいて、私はどうしていいかわからなくなって、こんな手紙を書いてしまいました。


 こんなにも素敵な人と付き合えるなんて思ってもいないです。高嶺の花だと思ってます。でもこの気持ちだけ伝えられたら、満足です。


 私のことに興味がなかったら本当にごめんなさい。私のことが嫌いでも、このコンビニには来てくださいね。わがまま言ってごめんなさい。


            片平心美』


 これは告られたのだ。

 あのレジにいた、モデルみたいにかわいい女の人に。


 勃起してしまう。


 僕はよく丁寧とか腰が低いとか言われる。

 でも本当は腰が低いのではなく、勃起してるから、どうしても腰が引けてしまう。それが女性に対して平身低頭して、丁寧に応対しているように見えてしまうのだ。


 この特異体質が治らないと、僕はあの子に嫌われてしまう。


 僕はすぐに親友の翔太に電話をして、居酒屋で会うことにした。


「マジか。そんなにかわいい店員が、こんなにも大胆なことをするんだ」翔太は驚いていた。


「でもさ、本気なのかな。冗談とかだったら傷つくよ」

「こんなこと冗談でするのは水曜日のダウンタウンくらいだぜ。お前、芸人じゃないしな」

「なら、どうしよう。あの秘密がバレたら嫌われるよ」

「でもなんとかごまかせないか? 別にすぐに水着になるわけじゃないし、ジーンズとか履いてればそんなに目立たないだろ?」


「そういうことじゃないんだ。彼女とフツーに話しているのに、フツーに勃起してる自分が嫌なんだよ。別に下心なんかないのに、ただ勃起してるんだよ。沼だよ、嫌悪感の沼にどっぷりハマってるんだよ」

「勃起沼だな」

「うるさいな」


「じゃあその特異体質を治せばいいんだよ。まだホワイトデーまで1ヶ月あるし。催眠術でも、心療内科でも、なんでもいいから通って直せばいい。お前はイケメン過ぎるほどイケメンなんだから、勃起さえ治せば嫌われないって。大丈夫だよ」


「治るかな」

「治るって!」


 僕は翌日、心療内科に行って、自分の悩みをすべて話すと、先生は気持ちをほぐしてくれる薬を処方してくれた。それを服用したら、あまり緊張しなくなり、勃起する頻度が少なくなった。でも薬が切れるとまた頻繁に、


 勃起してしまう。


 僕はテレビでたまに見かける催眠術師の事務所を調べて訪問し、事情を話して、いざという時しか勃起しない催眠術をかけてもらった。

 結構な代金を請求されたが、これは効いた。驚くほど効いた。


 もう女の人と話しても、薬の効果もあってそれほど緊張しなくなり、催眠術のおかげで勃起もしなくなった。


 僕はしかるべき時にしか勃起しなくなったのだ。

 やっと嫌悪感の沼から脱することが出来た。


 瞬く間に1ヶ月が経っていて、今日は3月14日だ。


 僕は勃起してた頃は股間が目立つからあまり着なかったブランド物のスーツを着て、後ろ手にバラの花束を隠して、心美さんのいるコンビニに行った。


 この赤いバラの花束は、彼女への返事だ。

 付き合って欲しい。心から。


 コンビニの扉の前に立つ。思わず緊張してしまう。


 でも大丈夫。

 僕は今、勃起していない。


 軽くタッチして、扉が開いた。

 レジ前にいた彼女の、笑顔の花が開くのが見えた。




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取り返しのつかないバレンタインデーと巻き返しのホワイトデー misaki19999 @misaki1999

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