第6話
謎の地震による倒壊事件の後、オレとセリスは街の守衛に宿泊施設に見送られた。宿泊地にはウィルさんが戻っており、守衛は事のあらましを説明した。
ウィルさんはオレたちに気をかけたが、怪我すらしていないオレ達はただ無事を伝えた。
何となくオレたちは口数が減っていた。地震の恐怖だろうか、人が死ぬかもしれない状況を目の当たりにした衝撃だろうか、それとも初めて魔法を見た驚きか。
恐らく全てだ。全ての感情が混ざり合い、言葉が減っていた。
翌日、ウィルさんは商人の組合があるとかでまたオレたちは時間を得た。そこでセリスと共に昨日のマリーの魔法屋に顔を出すことにした。
マリーの店にたどり着き、早速ドアを開けようとしたがドアは動かなかった。押しても引いてもガタガタと音を立てるばかりで開こうとはしなかった。よく見るとクローズの札がかかっている。驚いてセリスと目を合わせると、後ろから声がした。
「やっぱり来たんだね二人とも」
そこにはマリーの姿があった。
「昨日はあの後事情聴取やら何やら色々あって、疲れたから今日は店は休もうかと思ったんだけど、君たちが来るかもと思って見に来てよかったよ」
マリーは少し疲れた笑顔を見せた。
「とりあえず中で話そうか」
マリーに招き入れられオレたちは中に入る。
オレはたまらずマリーに尋ねた。
「昨日の人はどうなったんですか?」
マリーはまたもつかれた笑顔を見せて答えた。
「店の主人なら、大丈夫だよ。あの後守衛に保護され適切な治療魔法を受けたそうだ。一日は様子を見るそうだがすぐにでも働けるようになるだろうってさ」
オレもセリスも安どのため息を漏らした。
「昨日は図らずも水魔法の有用性を示す結果になったね。レイン君も少しは参考になったかな?」
マリーの問いにオレはこう答えた。
「マリーさん。オレに昨日の魔法を売ってください」
昨日の光景を見てからずっと思っていた。
水魔法の強さ、美しさ、何より人を助ける力。オレにもこんな魔法が使えたらと心から思った。
「あー、うん。ええっと言いにくいんだけどね……」
マリーは口よどんだ。
「昨日の様な事は購入型の魔法には出来ないんだよ」
マリーは申し訳なさそうに言った。
「魔法には習得型と購入型があってね。昨日のは習得型。状況に応じて水球を操作し、瓦礫を操作するいくつもの魔法とコントロールが必須。つまり魔法の学校で勉強して、自分で反復練習の末使えるようになるものなんだ」
「対してこの店の様な所で買える購入型は呪文さえ唱えれば誰でも魔法を使えるようになる代わりにその威力、スピード、効果なんかはその殆どが予め定められていて変更は出来ないんだよ」
「そんな……」
オレは俯いてしまった。
「こ、購入型も悪くないんだよ? あんまり応用が利かないだけで状況に応じた魔法を使えれば自衛にも使えると思うし……」
オレは答えられない。オレは昨日見たあの魔法、あの光景に憧れたのだ。
「じゃ、じゃあ魔法学校行ってみる? 確か子供でも入学できたはずだよ? お金は結構かかるけど……」
不可能だ。魔法学校がいくらかかるか知らないが、何の後ろ盾もなく家族ももう居ないオレには。コレから生活の心配をしなくてはならない程なのに。
生活の心配? いや、違う。オレには使命があるのだ。世界を救うという使命が。今はまだその使命は現実感が無いが、いずれ逃れられなくなる宿命の様なものを感じる。だったらこれくらいの事でへこたれてはいられない。無理だと言われて諦める。駄目だと言われて道を変える。そんな劣弱な歩み出なくて強い一歩を踏み出さなくてはならない。強引でもいい。強く確かな一歩を。
「マリーさん! オレを弟子にしてください!」
オレは声を上げ、マリーをまっすぐ見つめた。
マリーは目を丸くして固まった。
固まって数秒した後、目を色々な方向に動かし、あー、とかうー、とか唸り声をあげた。これは……ダメな奴だ。断る口実を探している時の人の顔だ。
「悪いけど―――」
「なんでもします。店の手伝いも、雑用もしますから!」
オレは再び頼み込んだ。
「ごめんね」
マリーは少し悲しそうに言った。
「君に問題があるわけじゃないがそれは出来ないんだ」
「そもそもこの店はもうすぐ閉店する予定でね。だから店の手伝いも雑用もそんざいしない」
「そんな……」
意外な答えにオレは言葉を失った。
「恥ずかしい話、この店は経営が全くと言っていいほど立ち行かなくてね。だから店を閉めて私も働き口を探さなちゃいけないんだ。だから弟子なんてとてもとても」
そうだったのか。確かにこの二日間オレたち以外の客を見ていない。魔法屋とは儲からないのだろうか?
「あの……」
セリスが恐る恐る手を挙げた。
「魔法屋ってある程度収益の見込める店だと思うんですけど、なんで経営が傾いているか聞いてもいいですか?」
そういえばセリスは商人の子供だ。まだ八歳ながら商売については思うところがあるのだろう。
「それが私にも分からないんだ。私の作った自信作を置いてるんだけどね。商品を見ても買ってくれる人が殆どいなくて。というか店に入ってくる客もほとんどいないしね」
何やら雲行きが怪しくなってきた。それは何か根本に問題があるような気がするが……。
「どんな魔法があるか見せてくれますか?」
セリスがそう言うとマリーはおもむろに、商品リストを取り出した。
・虹色の炎を出す魔法
・水粘土を作る魔法
・鼻歌を記録する魔法
・コップの水を回転させる魔法
etc…
「何これ……」
「これらは私の長い研究の末作り出した魔法だよ」
「虹色の炎って強いんですか?」
オレは尋ねた。
「これは威力は全くないよ。でもとっても奇麗だよ」
「……水粘土っていうのは?」
「モチモチで冷たくて肌触りが良いよ。こねてると癒されるよ」
「…… ……」
オレもセリスも言葉を失った。
マリーは自信ありげな顔をしている。いわゆるドヤ顔というやつだ。
「私がこの店の経営を立て直します!」
セリスがたまらず叫んだ。
神の天秤 文月ゆき @hudukiY
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