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真木清明

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 ある日の夜、いっとう激しく輝く星があった。それは星空をまんべんなく照らし、そして消えた。彗星が接近したからとか、時空に穴が開いたからとか。あるいは、悪い宇宙人が襲来してきたから、だとか。超情報社会と化したこの二十一世紀。すぐさま根も葉もない憶測が飛び交ったが、本当のことを知る者はいない。

 その翌日だった。太平洋上に謎の大型建造物が確認されたのは。人類の知るどの建造物とも一致しない外観。強いて言うならば、船が一番近かったと言えるだろう。見ようによっては中世ヨーロッパの帆船にも見えなくもない。

 何か行動を起こしたりはせず、ただ波に流されるだけ。扉らしきものは見受けられたが、中の様子は全く伺い知れない。

「……さしずめ幽霊船、ってとこか?」

 誰かが口走った言葉が、とりあえずこの『建造物』の名となる。国連から調査隊が派遣されたのは、さらにその翌日のことだった。


「目標地点に到達。これより調査を開始する」

 隊長含め、全部で十人。その言葉を合図に、次々と隊員たちが『船』の甲板に降り立つ。彼らを乗せていたヘリは、流れるように離れていった。

 夕陽をその身に受け、海がワイン色に輝く。

「……隊長、ホントにやるんですか?」

「お上には逆らえんだろ」

 隊長が扉を開け放ったのを機に、部下たちもしぶしぶ中へ飛び込んでいく。十秒経つ頃には、甲板は人っ子一人いなくなっていた。

 サーチライトが一歩先を照らす中、慎重に歩を進める。予想通り中は薄暗く、そして入り組んだ構造だった。少しでも気を抜けば二度とこの闇から抜け出せない。そう信じ込ませてしまう力が――。

 その刹那、小さな悲鳴が響き、そして途切れた。

「隊長、ジェリドが、今」

 その声で隊員たちは、最後尾の隊員が『消えた』ことに気づいた。足跡も血痕も、何も残っていない。まるで切り取られたかのように消えていたのだ。

 即座に銃を構えた。恐怖を後回しにして、銃口を四方に向ける。振り回す。人の気配はしない。ここは長い一本道の通路なので、人が隠れられるスペースもない。それでは『敵』は一体、どこから、いつの間に?

「……ホントにいやがったのか」

 隊長は静かに悪態をついた。その照準の先には。

「幽霊って奴が」

 青白い、半透明の男の姿があった。やはり物理的な実体がないらしい。弾幕に晒されても『幽霊』は物怖じ一つせず、壁をすり抜け、沈むように消えていく。

 その矢先に、部下がまた一人『喰われて』しまう。青白い手に掴まれて、みるみるうちに体が薄くなっていく。『幽霊』と同じように。こうなってしまえば、隊の長に下せる命令は一つだけ。

「総員、退却」

 そう言い終わる間もなく、さらに一人『喰われて』いたのだが。調査も任務もどうでもいい。隊員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 『幽霊』はそれを、ただ不思議そうな目で見ていた。



「クソ、なんて……言えばいい……」

 甲板の上に座り込む男が一人。どさりと、重い音が響いた。

 『幽霊船には本当に幽霊たちが乗っていました』。『部下たちはどうやら全滅したようです』。

 この二十一世紀にそう言われて、信じて納得する奴がどこにいるだろうか。隊長の取れる行動は、頭を抱えるぐらいであった。

 ふと、夜空を見上げる。連絡はした。もうしばらくすれば救助のヘリがやってくるのだろう。この星の海をかき分けて。

「……で、『俺一人だけのうのうと生き延びました』、と報告するわけか。これから」

 部下たちの魂も、あの星屑のどこかを漂っているのだろうか。とりあえず、自分の命だけは助かったわけだが、これでは……。

 ぴたり。

 何かが肩に触れた。それはこの世のものとは思えぬほど冷え切っていて、軽くて、希薄で青白くて――。

 振り向いてみればそこには、二十人ほどの『幽霊』の集団がいた。そのうち半分は、どうやら先ほどの奴の仲間らしい。しかしもう半分は皆、見知った顔で。

 元部下といえど、彼らはすでに『幽霊』どもの仲間である。そしてそんな彼らに触れられればどうなるか。わかりきった絶望が、彼の体を襲った。

「……オイ」

 そこにあるべき質量が、体から失われていく。そうだ。彼らと同じなのだ。こうやって、自分が自分でなくなって……。

『ったく、まーた翻訳機つけ忘れやがって!』

『ごめんって兄ちゃん、あんまり珍しいもんだったからつい……』

「……は?」

 隊長は、次に出すべき言葉を見失った。『幽霊』たちの胸元にはペンダントのようなものがぶら下げられている。彼らが言うには、これはありとあらゆる言語をリアルタイムで翻訳可能な最新の翻訳機らしい。

『それよりどうです、その身体は。色々と軽くなったでしょう?』

 ……言われてみると確かにそうだ。まるで重い荷物を下ろしたような感覚。あらゆるしがらみに縛られていた彼にとって、今までにない体験だったと言える。

 できれば、生きているうちに体感したかったものだ。『幽霊』の一人の手を借り、隊長はゆっくりと立ち上がった。

「しかし、何も『幽霊にしてくれ』だなんて頼んだつもりはないんだが……」

『こっちの方が軽やかな感じがしていいでしょ。あなたの部下もそう言ってますよ? それに幽霊って……どっちかというとそっちが幽霊みたいなもんですけどね』

 ――ホントに珍しいんですよ、この百二十一世紀にまだ生身の肉体なんて持ってる人なんて。

 隊長の思考は、またしても凍り付いてしまった。

『えっ、そうでもない? まるで旧世紀人みたいなこと言いますね……』

 地球はもう、この電体じゃなきゃ生きていけないような星なんですよ。だから、まだ物理的肉体のある生物は早急に『保護』しなきゃならない……って話も、もしかして聞いたこと……ない?

『どこの未開部族ですおたくら……?』

 『幽霊』の集団、否。百二十一世紀人たちは信じられないものを見るような面持ちだった。


 また、星が輝く。そして消えた。障子が破れるように星空に大穴が開く。そこを伝って何かがその身を乗り出した。

 惑星サイズだろうか。クラゲに似た形状のそのあまりの巨体に、隊長たちも百二十一世紀人たちも言葉を失った。

【なんだあれは……百二十一世紀人の集まりか何かか? この時代にもなってまだ『我々』に統合されてない奴がいるぞ……!?】

 なんでも、彼らは全人類の精神を統合することで争いを無くし、一つの生命体として生きる一万二十一世紀人だという。

 そして彼らもまた百二十一世紀人同様、ここが二十一世紀の地球だと気づいていなかった。

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