白き美しきものを手に入れる

月白輪廻

白き美しきものを手に入れる


 鬨の声が上がる。―――これは戦いだ。



 俺は数多の兵に囲まれつつも、彼等彼女等を払い除け、時には押しやり、敵兵の隙間を縫って進む。



 敵の肘が、俺の頬を抉った。

 これは連中も同じであったが、皆退かない。


 俺も時折やり返しつつ、前進する。

 罵倒を浴びせられ、足の甲を先の尖った鋭いもので突かれ、背後から体当たりされもしたが、それでも俺は1人、脇目も振らずに行軍した。


 しかし目の前に強敵が現れる。

 赤子をおぶった女戦士だ。


 戦場に子連れで来るとは、卑怯な女め……!


 彼女の周りに敵の姿は少ない。

 しかし女戦士の恰幅の良さは、俺の前に大きな壁として立ち塞がる。

 赤子がこちらを振り向き、目が合った。

 微笑む赤子に決心が揺らぎそうになる。しかし、



(許せ、これも戦いだ……!)



 俺は赤子の無垢な瞳から逃れるように、母親たる女戦士に果敢にも突撃した。

 女戦士の隙を突いて何とか身体を滑り込ませ、他の兵士にもみくちゃにされながらも、俺はようやく目的のものを手に入れた。

 奪い取られそうになるのを必死で抵抗し、何とか懐に抱え込むと、素早く戦線を離脱する。



(手に入れたぞ……俺の、至高)



 まさに死闘を繰り広げ、ようやっと手に入った白き美しきもの。

 透明なケースに入れられたそれは、俺の両のたなごころの中に神々しく鎮座していた。


 敵の手から命からがら守りきった、その白き美しきものを胸に抱き、俺は関門を抜ける。

 背後ではまだ戦闘が続いていたが、俺にはこの1つだけあれば良い。……決して、味方がいないことへの負け惜しみではない。


 英雄の凱旋だ。

 俺の姿を認め、城の門が自ら開く。

 そして宝を持ち帰った俺を出迎えたのは観衆達の歓声、出るとこ出た華やかな美女達の黄色い声でもなく、冬の気配が色濃くなった冷たい木枯らしだった。



(何てな……)



 白き至宝は、1枚5円のスーパーのレジ袋に入れられた、1パック198円の卵へ早変わり。

 所謂「お一人様1パックまで」の、安売りセールだ。

 独り身は悲しいことに1パックしか手に入れられない。なので寂しく夕飯にTKG(卵かけご飯)を食べ、この物悲しさを癒そうと思う。


 輝かしい勝利を得たにも関わらず、俺の背中はどこか敗者の如き哀愁を漂わせていた。


 そうして普通に生き残った俺は、普通に家に帰って来た。




白き美しきものを手に入れる 完

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